24 惨毒と決断
「ブランカっ‼︎」
「わんわんっ‼︎」
俺とドリアは叫びながら、それぞれ大蛇に向けて攻撃を放った。
俺の光弾とドリアの植物杭が大蛇の頭部と顎へと直撃する。
攻撃に驚いたのか大蛇の動きがわずかに鈍る。その隙に、
「はああああっ!」
右脇腹を噛まれていたブランカが大蛇へと反撃した。
ブランカの左腕が強化魔法によって光り輝く。魔力を込めた左腕からの一撃を受け大蛇はようやく口を離し、素早くブランカから距離をとった。
俺は『魔物図鑑』を取り出すとロックリザードを召喚した。
岩の竜に擬態したロックリザードがその巨体を生かし、大蛇と俺たちの間に入り壁となった。
「ぶはぁっ!」
ブランカが吐血しながら地面へと倒れた。慌てて俺が駆け寄ってみると、ブランカの右脇腹には大蛇の牙が一本刺さったまま。
俺は魔法鞄を漁り盗賊団から奪った剣を2本取り出した。俺はその剣を両手に持つと蛇の牙を挟み勢いよく引き抜く。
牙を抜くことは出来たが、じゅーという音と共に牙に触れていた刀身がゼリーのように溶けてしまった。
「なんて毒だよ……ブランカ! 大丈夫か?」
俺が問いかけると同時にブランカの体が白く輝き始めた。
力強く洞窟内を照らす白い光。
強力な魔力がもたらすその光はまるで太陽のようで、近くにいるだけで温もりと底知れぬエネルギーを感じさせられた。
ブランカは俺の問いには答えない。歯を食いしばり、両手の拳を強く握っていた。
俺は図鑑を開き、狼人間(純血)ーーブランカのページを確認してみた。
『狼人間(純血)
強化魔法を最大出力で使用中。自己免疫機能を限界まで強化。戦闘不能。
状態:重症度ーー極高。命の危険。回復力を毒の威力が上回っているので、20分以内に死亡する可能性99%。』
書かれている内容を読んで俺はしばし言葉を失った。
なんだよこれ。もう少しで洞窟を抜けられるっていうのに。ここでブランカがリタイア宣告だと。
冗談じゃない。
「ナイト! わんわんは大丈夫なの?」
ドリアの大声が聞こえてくる。
声の方を見ると、ドリアは必死で大蛇の攻撃を防いでいた。
大蛇は縦横無尽に広間を動き回っている。ロックリザードが俺たちの壁になるが、動きが鈍重なため足元がどうしても隙間となり、そこをめがけて大蛇は攻撃を仕掛けていた。
その度にドリアが木の壁を出現させ隙をカバーしている。
植物杭と荊の鞭で攻撃もしているようだが、大蛇の鱗はかなり硬いらしく目立ったダメージを与えられていない様子だ。
「ドリア、そのまま攻撃を防いでいてくれ。ブランカは大丈夫だ。すぐに『回復』させる」
俺は図鑑のページ下部ーー操作項目へと指を伸ばし、『回復』と書かれた楕円形を指で軽く押した。
初めてブランカと出会った時も腹部の傷を一瞬で回復させた図鑑の機能だ。
ーーそうだよ。この機能があるんだ。これで大丈夫なはずだ。
『回復機能ーー使用不可
図鑑内の魔力が不足しています』
「………………は?」
楕円形のマークに浮かび上がった説明文に対し、俺は間抜けな声を上げてしまった。
考えて見れば当たり前の話なのだ。
油がなくなればランプの火は消える。
食べ物を食べなければ人間だって魔物だって死ぬ。
燃料も、代償も無しに機能するものなんてない。
それは宝具『魔物図鑑』も例外ではなかった。
ただ単に、持ち主である俺が勝手に『魔物図鑑』を万能と思い込んでいただけ。
つまりは俺という人間の稚拙さが招いた事態なわけでーー
「小僧! ぼさっとするな!」
聞こえてきた声にはっとし、俺は顔を上げ立ち上がった。
数メートル先にいる盗賊団のボスが俺に向かって吠えたのだ。
その声で俺はこちらに接近しようとする惨毒蛇ヴェノマムに気づくことが出来た。
大口を開けて迫るヴェノマムに対し、俺が使ったのは魔法『封魔の鎖』。
紫色の鎖がヴェノマムの首に巻きつき、鎖の両端が地面へと打ち込まれる。
一瞬鎖がヴェノマムの首を締め上げ、大蛇の動きが止まった。
時間にして多分5秒ほど。
『封魔の鎖』が消え、再びヴェノマムが俺へと攻撃して来るが、
「オオオオオッ!」
ロックリザードの攻撃がヴェノマムを食い止めた。
岩の竜の前足がヴェノマムの頭部を踏みつけたのだ。
「ドリア! ヴェノマムを締めつけろ! 動きを止めるんだ!」
俺の指示を受け、ドリアが地面から無数の植物を生み出した。
グネグネと動く植物たちは頭部を抑えられ動けないヴェノマムの胴体へと巻きつき、締め上げ、硬化していく。何重にも重なる植物によって、ヴェノマムの姿が見えなくなった。
「おっさん、ありがとう。助かったよ」
ボスへと礼を言いながら、俺はブランカを『魔物図鑑』の中へと収容した。
「馬鹿野郎。ヴェノマムを前にして呆然としているなんてお前死にたいのか?」
「そうだな。悪かったよ」
「まぁいい。それより狼の嬢ちゃんはどうしたんだ? まさか噛まれたのか⁉︎」
ああ、と返事をしながら俺は再度狼人間のページを確認してみた。
ページには2頭身で描かれたブランカが顔を真っ青にして横たわっている図が描かれている。
魔法で毒に対抗しているが、長くは持たないだろう。
「ヴェノマムの毒はこの世で5本の指に入る劇毒だ。まともに食らって生きていられるのはドラゴンだけなんて言われているぞ」
「おっさん。回復魔法とか使えない? もしくは解毒用の魔法薬とかない?」
「無茶言うな。俺がどうこうできるような毒じゃない」
ボスの言葉を受け、俺は図鑑のページを検索する。目的のページは見つかった。
『種族名 惨毒蛇ヴェノマム
危険性 極高
毒性 極めて危険。ほんの僅かな量でもほとんどの生物にとって致死量となる。
解毒手段 マンドレイクを主とする最上級の妙薬。
捕獲条件 「毒牙を破壊」「毒液を枯渇させる」以上を満たした後に「気絶させる」
状態 極度の空腹。興奮状態。捕獲条件未達成』
正攻法の解毒手段については諦めるしかない。
マンドレイクなんて年に数個収穫できる希少素材だ。こんな洞窟にあるわけがないし、仮にあったとしても薬を作りるのに時間がかかり過ぎる。
そうなると頼りになるのは『魔物図鑑』の「回復」機能なわけだが、
『回復機能ーー使用不可。
図鑑内の魔力が不足しています。
魔力回復方法
所持している魔物を全て図鑑内に収容し、図鑑を休止させる。時間とともに魔力が回復します。
妖精とロックリザードは内蔵魔力が高めなため、収容した場合、図鑑の魔力回復が早まります。
注記 狼人間(純血)は極限状態のため図鑑の魔力回復には使用できません』
「嘘だろ……」
突きつけたれた条件に思わず内心の動揺が口に出た。
ヴェノマムを前にして全ての魔物を図鑑に収容するだって?
それはつまり、俺が丸腰になるってことだ。
それだけじゃない。
ルナアウル(月梟)たちを収容すれば盗賊連中の催眠も解ける。
そうなった時に果たして彼らが俺に味方するかは甚だ疑問だ。
無理やり使役されて、危険な洞窟を進行させられたのだから俺に報復して来るかもしれない。
だが、刻一刻とブランカは図鑑の中で死が迫っている状態だ。
「ぬ! マズイぞ!」
ボスが再び叫んだ。
見ればヴェノマムを踏みつけている岩の竜の前足が変色していた。
岩石が徐々に紫色に染まっている。
紫色の浸食はどんどん進み、ついに前足の岩が崩れ、その中からヴェノマムの頭部が出現した。
こいつの毒は鉱物すら溶解させるのか。もはや毒の領域を超えている威力だ。
「くうぅ! ナイト! あたいの植物も枯らされる! こいつ鱗からも毒を出してるよ!」
ドリアの言葉通り、腐敗臭とともにヴェノマムを包む植物が黄土色に変色していた。
ヴェノマムの尻尾が姿を見せると、力強く震えながら植物の包囲網を破壊していく。
眼前に広がる恐るべき光景。
聞きしに勝るヴェノマムの毒の威力に生まれて初めて背筋が凍った。
ーードリアとロックリザードがいなくなれば、この化け物に正面から対抗する手段がなくなる。
それは死刑判決を受けたに等しい過酷な状況だ。
走馬灯なのか俺の脳内を様々な映像が飛び交った。
ブランカに噛み付いたヴェノマム。
催眠をかけられ、不気味に従う盗賊団。
道中に出会ったゴブリンや巨大なムカデや魔物達。
魔物達を倒したドリアの頭を撫でるブランカ。
犬呼ばわりを嫌がりつつ、牛肉を頬張るブランカ。
「ナイトに付いていく」と微笑んだ彼女の笑顔。
ーー迷っている場合じゃないな。
俺は図鑑のページを開くと、
「ドリア。終わったら宴会しよう」
自慢の妖精へと呼びかけた。
ドリアが返事をする前に俺は彼女を図鑑へ収容する。
同時にロックリザードを始め、全ての魔物を図鑑へと収容し、
「これで良いんだよな?」
『魔物図鑑』を消した。
「お、おい、小僧なにしてるんだ? 魔物を消したらお前は……」
俺はボスへと指差した。
ボスを縛っていた『封魔の鎖』が粉々に砕ける。
驚くボスの後ろには催眠を解かれた盗賊団がヴェノマムの姿を見て、
「「「うわああああああっ!!」」」
絶叫していた。
ヴェノマムはまだ満足に動けないようだが、大口を開き威嚇している。恐ろしい光景だ。
「逃げろ! 出口はあっちだ。あんたらの祖国に繋がってるぞ!」
俺は恐怖に震える盗賊団へとほとんど怒鳴りながら説明した。
反射的に盗賊団は俺が指差した方向へと我先に駆け始める。
俺への恨みなど感じられない余裕なき姿。
それだけ以前の洞窟探索で彼らはヴェノマムに恐怖したということか。
「さてと。時間を稼がないとな」
俺は呟きながら大蛇へと振り返る。
植物と岩の拘束を抜け出し、ヴェノマムは自由を取り戻していた。
その双眸が俺へと注がれたが、俺は一歩前に出て中指を立てみせる。
「来いよヘビ野郎! 遊んでやるぜ!」
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