23 強襲する暗躍牙
休憩を終えた俺たちは再び洞窟内を進行し始める。
時折現れる魔物に阻まれるも、ブランカはもちろんドリアやワイルドボア(大猪)でも十分に対抗できた。
「全然楽勝ね、この洞窟」
「むふふ、あたいらの敵じゃないぞ!」
戦いの勝利に元気よくハイタッチを交わすブランカとドリア。
微笑ましいその光景を見て心が和む一方でーー
ーーこのまま行けるだろうか?
俺の心には不安が広がっていくのだ。
惨毒蛇ヴェノマムという魔物は聞いたことがない。
ただ、ボスの話を聞くにそころへんにいる魔物とは危険度が段違いだそうだ。
左手に持っている『魔物図鑑』を開き俺は惨毒蛇ヴェノマムの項目が書かれていないかを確認する。
だが、図鑑には欲しい情報は書かれていない。
図鑑というのは知らないことを知ることが出来るものであるはずだ。
だが、『魔物図鑑』は俺が見た魔物の情報しか記載されない。
本来の図鑑としては未完成品。
事前に未知の魔物について予習することには使えないのだ。
『魔物図鑑』の欠点と言えるだろう。
俺が小さくため息をつくと、
「ナイト! ちょっとこっち来て!」
前を歩いていたドリアが突然地面を指差し大声を出した。
ドリアの元へ駆け寄った俺とブランカ、そしてボスは、
「…………マジか」
「ふーん。まぁまぁね」
「…………ぬぅ」
三者三様の反応を見せる。
抜け殻だ。
ドリアが指差す先には白い蛇の抜け殻が置かれている。
長さはおおよそ20メートルだろうか? 太さはだいたい直径1メートル。
白い川のように地面に置かれた抜け殻を前に俺とボスはしばし呆然としてしまった。
「うーん。この臭いからして脱皮したのは3日前くらいかしら」
ブランカが鼻をひくつかせる。
「ブランカ。もしこのサイズの蛇が襲いかかって来たら倒せそうか?」
「うー、勝てると思うよ。ドラゴンに比べたら全然だろうし」
「そりゃあ、ドラゴンと比べればそうだろうよ」
「ただ。毒の種類によっては面倒かも。あとは戦う環境かな? 暗闇での戦いになったらすぐには倒せないかもね。蛇って暗闇でも正確にこっちの居場所が分かるみたいだし」
つまりは油断は禁物というわけだ。
「出来れば戦闘にはなりたくないな。おっさんはどうやってヴェノマムに対抗したの?」
「ロックリザードで足止めしつつ、俺の土魔法で道を塞ぎながら逃げた。戦うなんてとんでもない」
「なるほど。というかおっさんどうした? 急に素直に話してくれようになったじゃん」
「ふん。俺は今自衛できんからな。お前らにヴェノマム退治は任せる。奴に関することだけは話してやるよ」
惨毒蛇ヴェノマムという不安要素はあったものの、俺たちは洞窟内を進むしかない。
一歩ずつ道に迷いながらも俺たちは着実に洞窟を進んでいった。
一体どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
おそらく3日は経過していると思うが、洞窟を進むにつれていよいよ時間の感覚がなくなった。
疲れては休み、眠くなったら寝るの繰り返し。
本能に従い自分たちの体調を管理するしかない。
「ブランカも休め。お前1回図鑑に戻ったきり休んでないだろ?」
「大丈夫、大丈夫。それに私がいないとヴェノマムに対抗できないかもよ? どうしても疲れたら図鑑の『回復』で疲労も癒せるじゃん」
ブランカの言うことは事実だった。
事実、盗賊団をコントロールするためにルナアウル(月梟)たちは出しっ放し。その上能力をずっと使わせている。
普通なら魔力切れになるところだが、図鑑の『回復』機能によって問題なく運用できていた。
「ブランカがそう言うならいいけどさ。無茶はしないでくれよ」
「はいはい。というかドリアはいいの? あの子もずっと戦い続けているでしょ?」
「休めって何度も言った。でも平気だって言い返してくるんだよ。ドリアもお前と一緒でほとんど休憩してない。こんな日光のない環境で植物を操るなんて相当な魔力が必要なはずなのに。なんで休もうとしないんだろう?」
「うー。そりゃあ、ナイトの役に立ちたいからじゃない? ドリアったらナイトに褒められるのが嬉しくてしょうがないって感じだし」
「嬉しい言葉だけど、倒れられたら困るぜ」
軽い食事とわずかな休憩を挟みながら、俺たちは松明と魔法を頼りに闇の中を行進する。
ふと洞窟の壁を見るとじんわりと水が染み出していた。
下へと流れ落ちる水によって足元には時々水たまりができている。
「なんか水が染み出てるな。地下水か?」
「……変だな。前回はこんなに水なんて出てなかったぞ」
俺の言葉におっさんが首を傾げる。
「洞窟なんだから地下水が染み出てもおかしくないか。ところで小僧、お前洞窟を抜けたら俺たちをどうするつもりだ?」
「ん? どうするって別に何もしないけど? おっさんと仲間は解放するよ。報復されないようにしばらく動けないようにはさせてもらうけどさ」
「ふん。地の果てまでも追いかけて復讐してやる」
「おお、怖い怖い。でもどうなの? 何年かぶりに故郷へ帰ってこれるんだぜ? おっさんとしては俺らにちょっとくらい感謝してもいいんじゃないの?」
「無理やり従わされてるってのに感謝なんかするか。いけ好かないガキだな。大体まだ無事に洞窟を抜けてもおらん。そういう事はここを攻略してから言え」
おっさんが呆れたように言い放つと、
「あっ、外の匂いだ」
不意にブランカがあげた言葉に俺たちは歩みを止めた。
「わんわんどうしたの? 鼻がぴくぴくしてるぞ」
前方を歩くドリアがブランカへと問いかけた。
「匂いよ。森の匂い。微かだけど草木の匂いがするの。空気も澄んできたんじゃないかな?」
「本当! じゃあもう少しでゴールってこと?」
多分ね、と言いながらブランカは鼻をひくつかせ始めた。
「ブランカ。その匂いって辿れそうか?」
「うん。でもかなり集中しないと嗅ぎ分けられなさそう。私、先頭を歩くね」
「分かった。ブランカ、『風魔の鎖』に魔力をある程度足しておいてくれ。俺とおっさんの護衛にはワイルドボアを使おう」
陣形を入れ替え俺たちの行進が再開した。
外の匂いを捉えたという情報は朗報だ。自然と俺たちの足取りも軽くなる。
やがて俺たちはかなり広い空間へと出た。
盗賊団たちのアジトの広間ーーそこと同程度の広さだ。
ランプと俺の灯火の魔法に照らされるその空間は半球型で、天井からは尖った岩が氷柱のように垂れ下がっている。
そして、その奥には大きな穴が空いていた。
「……ここは知ってるぞ。西岸地方から洞窟に入って最初に見つけた広間だ。出口は近いぞ」
おっさんがやや興奮した様子で奥にある穴へと指差した。
「あの先はほぼ一本道。30分も歩けば出口だ」
「本当かよ、おっさん」
「嘘じゃないさ。俺が……最初に調査を行った場所だからな。もう何十回も来た場所なんだ」
おっさんの体が震えている。見るとおっさんは涙を流していた。
「あの先に祖国がある……帰ってこられたんだ……」
服の袖で涙を拭うとおっさんは歩き始めた。やや遅れて俺はその後をついて行く。
「なんだ。やっぱり嬉しいんじゃん。俺に感謝しなよ、おっさん」
「ふん。やかましいわ、小僧が。とっとと行くぞ」
「元気になっちゃって。さっきまでヴェノマムに怯えてたくせにさ」
「こんなに地上に近い場所にヴェノマムは現れんよ。もう平気だろう。ふぅ、やっと安心できる」
「ふーん、そーなのか」
おっさんの言うように確かにこの広間にはスコップなど採掘のための道具が転がっている。
そのどれも長い間使われている様子がない。どうやらおっさんたちに続いてこの洞窟を調べようとした奴は現れなかったらしい。
「ところで小僧。今更だが何でお前は西岸地方に行こうとしているんだ? こんな危険なルートを選んでまで進もうと言うのは正気じゃないぞ」
出口が近いことが分かっておっさんも余裕が出たのか、不意にそんなことを質問して来た。
「ん? いやぁ、それがさ。『七色の風』に追われてるんだよ。そこのブランカが連中に襲われててさ。それを俺が助けたんだ」
「お前、そんな大物に追われてたのか!」
「声がデカイよおっさん。いや、追われているっていうか。俺がブランカを匿ったと疑われてるっていうか。うーん、正直な話、俺が勝手にビビって逃げてだけなんだけどさ」
「なるほど。西岸地方に逃げれば確かに『七色の風』はすぐには追えないだろうからな。合点がいった。狼の嬢ちゃんが狙われていたのか。『七色の風』は魔石が狙いかもしれんな」
「魔石?」
魔石とはすべての生き物が持つ魔力の源と呼ばれる臓器だ。
体のどこかに存在し、この質が高いほど強力な魔法が使えるとされている。
「あの狼娘はかなり強力な魔物だろ? 宿している魔石も相当な質のはずだ。だとすれば宝具を強化する目的で狙われる可能性は高いだろうな」
「宝具を強化? そんな話初耳だけど。魔石で宝具が強化できるのか?」
「俺はそう聞いているぞ。『七色の風』ほど強力な連中が追うというのなら、あの狼娘なら最高ランクの魔石かもしれん。連中も簡単には諦めないだろうな。時間がかかっても追いかけてくるかもしれんぞ」
「マジかよ」
肩を落とす俺へニヤリとおっさんが笑みを浮かべた。俺への意趣返しのつもりらしい。
「おーい、ナイト。早く行こうよ」
「そうだぞー。あたいもそろそろお日様の光を浴びたいもんねー」
前方から声を上げるブランカとドリアに手を振っている。
ーーまぁ、時間稼ぎができたと思えばいいか。
気持ちを入れ変えようと俺は2人に手を振り返した。
不覚だったとしか言いようがない。
ゴールを前にして気持ちが緩んでしまったのだ。
高原でピクニックを楽しむような気の緩み。
自分たちが今いる場所が魔物の巣食う場所だと言うことを忘れ呑気に手を振る俺たちの近くに、そいつはいたのだ。
2人へと手を振り返した瞬間に俺の視界に飛び込んで来たのは大蛇だった。
毒々しい紫色の鱗に覆われた大蛇が、ドリアへと襲いかかる。
声を上げることも出来ないドリアと俺に対し、ブランカの反応は早かった。
早かったが、結局はダメだった。
ドリアへと襲いかかる大蛇に対し、ブランカは攻撃をしなかったのだ。
ブランカの顔が後悔に染まる。自分が判断ミスをしたことに気づいたのだろう。
でも、俺はそれを責める気にはなれない。責められるわけがない。
ブランカはドリアを庇ったのだ。
母が子を守るように、大蛇とドリアの間に入り、ドリアを包むように抱きしめた。
そしてーー
大蛇の毒牙はブランカの脇腹を強襲した。
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