2 月下の出会い
住む場所を失った俺にとって早急にやるべきことは仕事探しだった。
校長によって渡された路銀は銀貨数枚。
最低ランクの宿を借りれば春までは過ごせる額だ。
当然だが安心できる金額じゃ無い。
死ぬつもりはないからお金を稼ぐ必要がある。
ただ、卒業生が学校の支援を受け働き口を見つけるのに対し、追い出された俺は自力で仕事を探すしかない。
俺は道具屋や薬屋など魔法使いを求めていそうな場所を訪ねて回った。
卒業証書のおかげで身分は理解してもらえるのだが、いざ俺が魔法を使ってみせると、
「悪いけど魔法使いの従業員は足りてるから雇えないね」
「せめてこれくらいの薬が作れるのなら良いのだけどね」
どの店の人からも断られてしまった。
やはり魔法の力が弱い俺を魔法使いとして雇ってくれる場所は無さそうだ。
日が傾き始め通りを歩く人の様子が変わり始めた。
酒を飲み顔を赤らめる人。子供の手を引き家族で買い物をする人。
そんな中で俺は空腹に耐えかねて適当な料理店に入った。
一番安いシチューを注文した俺は周囲の客に見られないように注意しながら宝具を出現させる。
現れた黒い本をテーブルに乗せると、俺はぺらぺらとページをめくった。
一般に宝具は強力な魔力を宿している。
物によってはドラゴンを撤退させるほどの力を秘めていることもあるそうだ。魔法の力が弱い人間にとって、宝具が切り札と呼ばれるのも仕方のない話。
だが、俺の宝具であるこの本は際立って高い魔力を持つこともなく、そして宝具らしい特殊な力も持っていない。自由に出したり消えたりするのは宝具ならば当然の力なので、今のところ俺の宝具に強みらしいものは一切ないと言える。
白紙のページに何か書き込めるのではないかと考えたこともあったが、インクを垂らしてもページは白紙のままだった。使い方が書いてあるわけでもないので手探りで力を調べるしかない。
魔法使いとしての俺は悔しいが出来損ないだ。明日から仕事を探すときは魔法使いではなく、一般人として仕事を探すべきだろう。
だが、白紙のページを捲りながらどうしても考えてしまう。
親友が言ったように、この宝具には何かすごい力が秘められているのではないか、と。
その力で上手く生きてはいけないだろうか、と。
「お前はどういう力を持っているんだ?」
本に向かって訪ねてしまう。ここ4年ほどで染み付いてしまった俺の癖だ。
料理が運ばれ食事を進めていると、ふと隣のテーブルに座る男たちの会話が聞こえてきた。
「しかし狼人間が紛れ込むとは『石畳の国』も物騒になったもんだ」
「でも心配ないだろ。昼間にあの『七色の風』がこの国に来たそうだ。彼ら冒険者パーティーなら明日にでも狼人間を仕留めてくれるさ」
男たちは酒を飲みながら談笑している。
『七色の風』という言葉は聞いたことがあった。色々な国を旅しながら各地で活躍する冒険者の一団。名前の通り7人の男女で構成された精鋭パーティ。しかも4人が宝具持ちであり、黒い森のドラゴンを倒したなどと噂される人たちだ。
数ある冒険者パーティの中でも人気実力ともに一番で、ホルスも確か彼らを目標にしていると以前話してくれたっけ。
ーーそれにしても狼人間が国に紛れ込んでいるのか。珍しいな。
俺がいるこの『石畳の国』は周囲を城壁に囲まれた小国だ。周辺に魔物が住む場所も少なく安全な国であるので流通や商業が他国に比べて安定していると言われている。魔法学校が俺のような孤児を養えるのはひとえにこの国の安定さにあると言えるだろう。
そんな国に狼人間が紛れ込んだ。確かに話題にはなるな。
決して強力な魔物というわけではないが、倒すためには魔法や宝具がないのなら銀が必要な厄介さ。
噛まれればその人も狼人間となるたちの悪い性質。
人間と変わらぬ外見をしていることも多く、見つけ出すのが困難であることもあり一般人には十分脅威な存在だ。
もし目の前に狼人間が現れたら俺も逃げるしかない。魔物との戦闘なんて俺の魔力では無謀だ。
ーーでも『七色の風』が噂通りなら狼人間くらい問題じゃないだろうな。
食事を終えた俺は宿を探すために店を後にする。
空を見上げると夜空に浮かぶ満月が見えた。
食事を終えてから4時間ほどが経過したが、俺は未だに宿を見つけられずにいた。
どの宿も部屋はいっぱいだと断られてしまったのだ。
「すまないな、兄ちゃん。『七色の風』に護衛されていた商人の一団様たちが多勢泊まっているんでね。悪いんだが他のところに行ってくれ」
最後に訪ねた宿屋にそう説明され、俺は通行人のいない通りを歩き始めた。
左手には宿屋の主人から貰った地図が握られている。
赤丸でチェックされているのはオススメの宿屋の場所だ。
タイミングの悪い話だ、と思うが文句を言ってもしょうがない。
この辺りの宿屋にはすべて断られた。他の宿屋はここから数キロ離れた城門付近までいかないと無いそうだ。
「野宿か。はぁ」
俺がため息をついた時だった。
遠くにある建物の影から上空へと色とりどりの光の線が飛び交い始めたのだ。
花火かと思ったが、直線だけでなく曲線を描いて蛇行する光から察するに魔法攻撃らしい。
その量と光の強さから強力な魔法使いによる攻撃と見受けられる。
俺が歩みを止めると同時に光が発射されている地点あたりから煙と火が見えた。
なにやら騒動が起こっているようだ。
あれだけの火力をもつ魔法使いなんてそういないはず。噂に名高い『七色の風』所属の魔法使いだろうか。
だとしたら先ほど聞いた『狼人間』を見つけて戦闘状態になっているのかもしれない。
「それにしても大袈裟だな。狼人間相手にそこまで強力な魔法が要るのか?」
俺が呆れていると、頭上から物音が聞こえてきた。
上を見上げた俺は通りに並ぶ家々の屋根ーーその上にいる少女の姿を捉えた。
何でそんな場所に女の子がいるのか、という疑問が浮かぶ前に少女の姿を見て俺は目を見開く。
長い黒髪を夜風になびかせる少女。その頭には人間ならばあるはずのない三角形の突起ーー狼の耳が生えていた。
魔物の登場に俺が驚いていると、狼人間はぐらりとバランスを崩し屋根から落ちてきた。
国名の由来にもなった石畳の道へと体を打ち付ける狼人間の少女。
見た感じでは受け身も取っていない。頭を打ったんじゃないだろうか。
俺は狼少女へと近づいた。
「うぅ……」
石畳の上で横になる彼女は痛みに小さく呻き声を上げていた。
狼少女は怪我をしていた。腕や足には火傷のような跡がある。腹部から出血しているらしく、彼女の着る服へと赤い染みが広がっていた。そして、彼女の左肩にはぼんやりと黄色に輝く矢が刺さっている。
仮にも魔法使いである俺はその矢が狼少女の魔力を乱し、苦しめていることを察した。
俺は狼少女の前で屈むと、彼女へと手を伸ばした。
俺の存在に気づいた狼少女が威嚇のつもりなのか唸り声を上げる。ただ、体を動かすことは出来ないらしい。相当なダメージを受けているようだ。
俺は狼少女に刺さっている矢を手に取ると、一気に抜き取った。
「ああっ!」
狼少女が一瞬だけ苦痛の悲鳴を上げる。
「大丈夫だって。この矢は魔力にだけ干渉してる。体への傷はないよ」
俺は狼少女へと声をかけた。抜き取った矢はしゃぼん玉のように俺の手の中で弾けて消えた。
狼少女が体を起こした。とは言っても魔法の矢によって魔力を乱された効果は続いているらしい。ふらついている。上半身だけを起こし俺へと向け彼女の視線には敵意が消え、代わりに困惑しているように見えた。
「なんで私を助けたの? 君、人間でしょ? それとも人間じゃないとか?」
「驚いたな。人間の言葉が喋れるのか」
「200年も生きれば人語くらい喋れるもん」
「200年? 狼人間ってそんなに長生きじゃないだろ?」
「私は狼人間から生まれた生粋の狼人間だからね。色々と君らの常識とは違うんだよ。それより質問に答えて欲しいなぁ。君もあの魔法使いや剣使いと一緒で私を殺そうとしているんじゃないの?」
狼少女から再度質問され、俺はそこで言葉に詰まった。
ーーあれ? 何で俺はこの魔物を助けたんだ?
魔物は人間の敵。
これは世間の常識だ。俺だって理解している。俺自身いつか自分の魔法で魔物を退治してやるんだと意気込んでいた時期だってあったくらいだ。
それなのに俺は人間の少女に接するのと同じ感覚でこの魔物に接し、あまつさえ魔法の矢を抜くという手助けまでしている。
狼少女が頭部の狼耳以外は普通の人間と変わらない外見をしているからだろうか。
「うーん。そう言われると自分でも説明が出来ないんだよな。可哀想だったからかな?」
「うーん、怪しい。人間が魔物に優しくするときは下心があるって聞いたことある。君もそうだな。なんかすごい力を感じるし」
どうやら信じてもらえないらしい。ん? というかこいつ今何て言った。
「聞き間違えか? 俺からすごい力を感じるって言ったか?」
「言った言った。君何か隠しているな。私には分かるぞー。君の中にすごい力を感じる。どんどん強くなってるぞ。何を企んでる?」
狼少女が牙を見せる。指を突き出し、その鋭い爪と血管が浮き出た腕も見せつけてきた。
臨戦態勢なのだろうが、立ち上がることは出来ないようだしそれほど脅威には感じられない。
ーー冗談を言っているようには見えないな。俺の中から力を感じる? それって……
俺は宝具を出現させた。
中空に現れる黒い本。だが、その外見が少し変わっている。
表紙に描かれた五芒星の上に文字が現れていた。
『魔物図鑑』
その文字を見た俺は慌ててページをめくって見た。
俺の手が止まる。
4年間白紙だったはずのページが変化していたのだ。
「感想」「ブックマーク」は創作の励みとなります。
面白いと思ったら、ぜひ評価してください。