11 妖精注意報
宿屋の食堂。
俺は首長を名乗る中年女性とテーブルを挟んで座っていた。
宿屋主人がコーヒーを俺たちの前に配膳し去っていくが、話に興味があるのかチラチラと厨房奥からこちらを覗いてくる。
「こんな朝早くから訪問してしまって申し訳ないわね。でも、市場であなたのことを聞いてもしかしたらと思って来たのよ」
首長はコーヒーを啜った。
「市場で? 今朝の資源を売ったことが関係するんですか?」
俺の問いに、首長は頷いた。
「夜の森を歩いてあれだけの資源を集めるなんて、お若いのに大したものだわ。普通は魔物に襲撃されるか、そもそも資源を見つけられないかでリタイアする人が多いもの。市場の知り合いが『きっと凄腕の魔法使いだ』と私に連絡して来たのよ。こうして対峙すると、昔出会った大魔法使いと似た空気をあなたに感じるわね」
「ご冗談を。俺は一昨日学校を卒業したガキです。昨晩の資源集めも運良く強力な魔物に遭遇しなかっただけのことですよ。過大評価です」
「あらあら謙虚なのね。でもぜひお願いしたいのよ」
「……妖精退治と聞きましたけど。妖精ってあの『妖精』ですよね? 手の平サイズの羽が生えた小人姿の魔物」
「えぇ、そうよ。あらゆる魔物の中でも比較的危険性が低い、というよりは武器なしでも一般人が倒してしまえるような最弱の種族。その妖精のことで合っているわ」
最弱。素手で戦っても勝てる魔物。
妖精という存在はそう評価されている魔物だ。嘘か本当かは知らないが、どこかの国では『妖精鍋』なんて郷土料理を楽しむところもあるそうな。
大きさは人間の手で包めるほど。大体は子供の姿をしていて、自然豊かな場所に多く存在する。
どう考えても『退治』なんて言葉を使われるような相手ではないはずだ。
にも関わらず『妖精退治』とはよく分からない。
「『麦の国』の北側にとある木々が生えている場所があるの。その木は特殊な加工を加えることで香木になるものでね。我が国の重要な輸出品目なのよ。『香木の国』に改名しようかという議論が起こるほどこの国にとっては財産。ところがね」
そう言って首長はこめかみを押さえてみせた。
「その木が採れる場所の近くに1匹の妖精が住みついてしまったのよ。住み着くだけなら良かったのだけど、その妖精は悪戯好きでね。木を切ろうとすると妨害してくる。もう2ヶ月伐採作業が出来ていない。そういうわけで何人かの男たちだったり、冒険者や旅人に退治を頼んだけれど、誰1人として妖精を追い払えなかった」
「それで魔法使いの俺に頼もうと考えたわけですか」
「そうよ。魔法使いにはまだ頼んだことがなかったからね。期待しているわ」
まだ依頼を承諾していないにも関わらず、首長は期待に満ちた笑顔を俺へと向けてきた。
「で? 結局依頼は引き受けましたと」
お昼を過ぎ、おやつの時間に迫ろうという時間。
俺とブランカは首長に渡された地図を頼りに香木の生えているエリアへと歩いていた。
横を歩くブランカが前報酬として俺がもらったチキンの揚げ物をかじりながら話しかけてくる。
「報酬として銀貨2枚と鞄の魔具をくれるって話だからな。悪くない話だ」
「その鞄の魔具って何? 今使っている鞄と違うの?」
ブランカの問いに、
「簡単に言えば見た目以上に物を収容できるアイテムだな。多分、魔法の心得がある職人が作ったものだよ。入手できればこれからの旅がぐっと楽になる。何を入れても重さは鞄1個分だそうだ。貴重な品だぜ」
「ふーん。『魔物図鑑』の荷物版ってことか。理解理解。でもそんな珍しそうな道具をくれるなんて、その妖精ってかなり強いのかな?」
「信じがたいけどな。でもブランカなら問題ないだろ。いつもみたいに瞬殺を期待しているぜ」
「まっかせなさーい!」
そうこうしている内に俺たちは目的のエリアへとやってきた。
原っぱの1箇所ーー不自然に木々が集まる場所だった。
小さな岩を中心にそれを囲むように白樺のような木が10数本生えているだけ。
岩の一番上からは水が吹き出ていて、天然の噴水と呼べそうな光景を作り出している。
岩からは一本道が俺たちのいるところまで続いている。
たぶん『麦の国』の人々が整備した道だろう。
そして、岩と俺たちの間に話題の妖精はいた。
「むむむ! 人間だ! あたいにボコボコにされに来たんだな! 相手してやるぞ!」
緑色の丈の短いドレスを来た幼女が、両手を腰に手を当て俺たちへと元気よく呼びかけて来た。
「あの子かな? 人間の子供にしか見えないけど」
ブランカが首を傾げるのも無理はない。
幼女の大きさは10歳前後の人間と同じくらい。
つまり、妖精の常識から考えればありえない巨大さだった。
よく見ると背中から半透明な4枚の羽があるのが見える。妖精であることは間違いない。
俺は『魔物図鑑』を取り出した。ページが追加されている。
『種族名 妖精
巨大化している妖精。
記事、未完状態。
危険性 高
個体名 ?????
能力 ?????
捕獲条件 勝負に勝ち、負けを認めさせよ
状態 ハイテンション。興奮。捕獲条件未達成』
まだ捕まえていないために記事の内容は空白が多い。
危険性が「高」と出ているが、これは驚くべきことだった。
確認してみると、ワイルドボアとエメラルドフロッグが「中」と表記されている。
つまり、この妖精は大型魔物2頭よりも強大ということか。
「ブランカ。油断するなよ。どんな能力を持っているか分かったもんじゃない」
「うー。妖精程度に遅れは取らないよ」
ブランカは能天気に鼻歌交じりで妖精へと近づいていく。
俺もブランカの横へ続く。
捕獲条件の「勝負に勝ち、負けを認めさせよ」とは初めてみるタイプの捕獲条件だ。魔物によって条件も変わるらしいが、どうやら危険度や強さに応じて難易度が上がると見たほうがいいな。
俺とブランカはついに妖精の5メートル前までやってきた。
妖精は逃げる様子を見せない。腰に手を当てたポーズのまま、俺たちを見ている。
にんまりとした笑みを見せるその顔はなかなかに可愛らしい。
が、同時に何人もの冒険者を退けたという情報もあって不敵な笑みにも見える。
「むむむ? そっちのオスは人間だけど、こっちのメスは何だ? 犬っころか?」
「犬じゃない! 狼よ! 狼人間なの!」
妖精の問いかけにブランカがすぐさま反論してみせる。
妖精にまで犬と認識されるその様に吹き出しそうになるのを堪え、俺は妖精へと呼びかけた。
「お前が迷惑妖精か? 俺は報酬目当てにお前を退治しようと考えているんだ。というわけで大人しく退治されてくれない?」
「お前は魔法使いか何かか? あたいの目は誤魔化せないぞ! 答えはノーだ! ここはあたいの縄張りだもん! お前たちこそ帰れ帰れ! かくれんぼなら相手してやるけど、退治っていうなら話は別! 泉には蠅1匹だって近づけさせないもんね!」
そう言って妖精は小さな舌を突き出し、片方の瞼を引き下げた。
「泉? あの岩から出ている水のことか?」
「よく分かったな人間のオス! 褒めてやる! 頭を撫で撫でしてやろう! あの泉はあたいの目ん玉が認めた名水3選の1つ。世界一の水の愛飲家と言えばあたいのことさ!」
えっへんとでも言いたげに、妖精はその地平線のように真っ平らな胸を突き出しふんぞり返った。
改めて図鑑を見てみると、妖精の食性に主食は「清らかな水」と記述されている。
なるほど、餌場を守るために妨害しているわけか。
「お前の事情は分かった。おいしい水を飲みたいか。その気持ちは何となく分からないでもないな」
「ふーん。お前は人間の割に物分かりがいいな。ここにくる連中はあたいを見るなり『出て行け!』とか、『邪魔なんだよゴラァ!』とか『お嬢ちゃんあっちでおじさんと遊ぼう。はぁはぁ』とか言ってくる奴らばかりだった。あたいの気持ちが分かるなんて言ってくれるやつは初めてだよ」
妖精がにっこりと笑ってみせる。
「そうか。理解者がいないって苦しいよな。お前も苦労しているわけだ。それと、最後のセリフ言ったやつ多分目的が違う」
「ん? そうなのか? でも一緒に遊んだぞ。お馬さんごっことか。なかなか楽しかった」
「ちなみにそのおじさんはどうしたんだ?」
「お医者さんごっこしよって、あたいの服を脱がせようとしたから半殺しにしてやったぞ」
「そうか。そりゃあ正しい対処法だったかもな」
俺はブランカへと視線を向ける。
すでに呼吸を整え、ブランカは臨戦態勢だ。俺の指示1つで妖精をぶっ飛ばせるだろう。
「閑話休題。恨みはないけど、お前にはこの場所からどいてもらうぜ妖精。力づくでもな」
「おお! やる気だな! 来い来い、相手してやるぞ!」
妖精はにんまりと笑うとふわりと宙へと浮かび上がった。
ーーやっぱり飛べるよな。羽あるし。
宙を浮く妖精を眺めながら俺は考える。
ドラゴンとも喧嘩できるブランカではあるが、その戦闘スタイルは徒手空拳の近接戦。
当然飛ぶ相手への直接的な攻撃手段はない。
どこまで通じる分からないが、中距離攻撃のできる俺も攻撃に参加するべきだろう。
少ない魔力を練り、俺も臨戦態勢に入る。
「ブランカ、始めるぞ。できるだけ俺があいつを飛ばせないようにするから、そこを攻撃してくれ」
「私1人でも大丈夫だって。助かるけどさっ!」
ブランカがダッシュする。
戦闘開始だ。
「感想」「ブックマーク」は創作の励みとなります。
面白いと思ったら、ぜひ評価してください。




