10 真夜中のフィールドワーク
『麦の国』に到着した俺とブランカはすぐさま宿を探した。
日はすでに傾きかけている。
幸いにも宿はすぐに借りることができた。
「空いているのは1部屋だけよ。もっともこの宿は5部屋しかないけどさ」
そう宿屋主人に案内されたのはベッドが1つだけ置かれた簡素な部屋。
唯一の荷物である鞄を床に置き、俺はベッドへ寝転がる。さすがに朝から8時間以上歩くのはきつかった。
ブランカもごろりとベッドに転がってくる。
「布団ふわふわ! 今日は私がここで寝るんだよー」
「シングルベッドだぞ。ブランカは図鑑の中で寝ろよ」
「え〜、嫌だよ。図鑑の中つまんないもん。というか早く牛肉食べようよ。私腹ペコ」
ブランカが期待を込めて俺を見つめてくる。狼耳がぴくぴくと動く様は可愛らしいものだが、俺はその要求を拒否した。
「シャワーを浴びたら一度寝るぞ。そうだな。夜中の1時ごろに近くの森に出発だ」
「えぇ⁉︎ 何で?」
狼耳を垂らし露骨にがっかりするブランカへと俺は説明を始めた。
「お金が足りないんだよ。『麦の国』の畜産業は養鶏が盛んな一方で、牛を育てる畜産業者はほとんど廃れてる。そんなわけでこの国で牛肉は超高級品らしい。さっき確認したら、中級ランクの肉ですら『石畳の国』で食べたステーキの10倍っていう馬鹿げた値段だった。春まではなんとか暮らせるはずだった俺の所持金が一気になくなる。ステーキ1つのために、2週間近く野宿生活を送るなんて普通じゃない」
「ふーん。よく分かんないけど、じゃあどうすれば牛肉が食べられるの?」
「エメラルドフロッグの宝石を売ることも考えたけど、何と言うかこの国では宝飾品ってさほど興味がもたれないらしくてさ。金策要員が初っ端から活躍できない。当てが外れた」
というわけで、と俺は続ける。
「金策として森にある資源を取りに行く。それがこの国で一番価値があるらしいからな。ついでに『魔物図鑑』に出会った魔物を捕まえに行くぞ。出発まで仮眠だ」
数時間後。
宿を出た俺は不平を垂れ流すブランカを連れて夜の森へと入った。
樹液に、木材、薬草、それから鉱物。
金になりそうなものを手に入れては鞄の中へ俺は放り込む。入らないものはワイルドボア(大イノシシ)に運ばせた。
陸アワビを引き剥がそうと俺はナイフで奮闘するが、慣れない作業ゆえに何回か指を切ってしまった。
「ねぇねぇ、ナイト。思ったんだけど、牛肉が高過ぎるなら別に無理して買わなくていいよ。私、牛肉しか食べないわけじゃないしさ。安いパンとかで十分だよ」
岩石を正拳突きで破壊するとブランカはそんなことを言い始めた。
今しがた出血した俺の指へと視線を向けるブランカ。その耳は力なく垂れている。
「確かに労力と収穫が見合ってないよな。これだけ頑張っても多分ステーキ1枚頼んだらプラマイ0。損した感じすらするかも」
「だったら」
「でもさ。ブランカは今日頑張ってくれたろ? おかけで俺は命拾いしたし、2匹の魔物も手駒にできた。ブランカにはそれ相応の報酬があっていいはずだ。そして現時点で報酬として入手できそうなのは高級牛肉ステーキ。主人としてそれを得るために頑張るさ。そのためにブランカの協力が必要ってのは何とも情けない感じはするけど」
「うーん。でもナイト怪我してるし」
「大丈夫。昔から怪我なんて慣れてる。それより……お客だ、ブランカ」
俺の指差した方向には4足歩行の大きな獣がいた。魔物だ。
ブランカが駆ける。そして決着はあっと言う間についた。
ブランカは本当に強い。
結局森を歩いている間に数体の魔物に襲撃されたが、ブランカはその全てを一撃で倒してしまうのだ。殴る蹴るという単純な攻撃手段だが、ブランカの身体能力と魔力が合わさった攻撃はデタラメな攻撃力を有しているらしい。
ボコボコにされる魔物が不憫に思えるほどの火力だった。
「うーん。良い運動! やっと体が温まってきた」
魔物をぶっ飛ばしたブランカが肩を回しながらそんなことを口にする。
どうやらブランカは全力ではなかったらしい。
信じがたい話だ。少なくともそこで絶命しているビックワームは屈強な冒険者10人がかりで狩る魔物だぞ。それをパンチ1発で倒すとは。
「ブランカ。今まで戦った中で一番強かった魔物ってお前の場合はなんだ?」
「ん? 故郷の近くに住んでたドラゴンのおっちゃんかな。あの人強かったなぁ。10回挑んだけど、1回鱗引っこ抜くのが限界だった」
「ドラゴン相手に10回も勝負⁉︎ それで生き残ってるってお前どんなだよ!」
ブランカが嘘をついているようには見えない。
ドラゴンと言えば魔物の中でも最強と呼ばれる存在だ。種類によってはその足跡が発見されるだけで非常事態宣言が出されることもある。古い文献にはドラゴンの怒りによって国が消えてしまったなんて記録すらあるのだ。
生き物を超えて天災扱いされるような存在と勝負など正気じゃない。
どうやらブランカは俺の想像を超えた実力者らしかった。
「改めて最初に出会った魔物がブランカで本当に良かったと思えるな。頼もしすぎる」
「えへへ。もっと崇めてくれていいんだよ。崇め讃えよってね!」
そんなブランカの活躍もあって資源も集まり、俺たちは宿へと戻ってきた。
すでに朝日が昇っている。陽光が国の家々を照らし始めていた。
「もう朝だよ。そう言えばさ。夜じゃなくて昼間に作業しても良かったんじゃない、ナイト?」
「夜甲虫みたいに夜に出現する資源の方が高く買い取られる可能性が高い。それに魔物は夜が活動時間だろ? 図鑑の拡充を考えると遭遇率の高い夜の方が都合がいいと思ったんだよ」
実際にその考えは当たっていたようで、数カ所のお店に資源を買い取ってもらうとステーキを買える金額を超えた収入となった。買い取ってくれた商人がステーキ1枚のためという俺の動機を聞いて、冗談と思ったらしく半笑いだった。
宿屋へ戻ると、
「あぁ、お肉。焼いたお肉。素晴らしきお肉♪」
早朝からステーキ1枚を平らげたブランカがベッドの上を寝転がった。よほど肉が気に入ったのだろう、ブランカは鼻歌を歌っている。
「満足したか? 最高級の牛肉だぞ」
「うん。余は満足なのじゃ」
「何だその口調。でも今後は節約するから安い牛肉しか買えない。しばらくは我慢してくれよ」
「ほーい。分かったよ。眠いから寝る。おやすみ」
ブランカが静かに寝息を立て始めると、俺は『魔物図鑑』を取り出しページをめくった。
昨晩で収集できた魔物は20種類。
いずれも図鑑で叩くだけで捕獲できたが、スライムや動くキノコなど下級な魔物ばかり。パワーも無ければ知能もない。正直魔物集めとしては昨晩のフィールドワークは不漁だった。昨日捕まえたワイルドボアとエメラルドフロッグが今のところ使えそうな魔物ということになる。
今しばらくはブランカに頼ることになるだろう。しかし、『麦の国』を抜ければ強力な魔物との遭遇率が上がるだろうし、山賊のような厄介な人間にも出会うだろう。理想としてはそこに到着するまでの道中でブランカに次ぐ強力な魔物が欲しいところだが、昨晩の成果を見るに期待しないほうが良いかもしれない。
いっそのこと『麦の国』にしばらく滞在しようかとも考えたが、結局この考えを俺は棄却した。
理由は『七色の風』の存在だ。
少なくともリーダーであるあの男は俺のことをある程度疑っている。
出国してからも時折俺は自分の後ろへと注意を払っていたのだ。もしかしたら『七色の風』が尾行しているのではないかと考えたわけだが、今のところは杞憂で済んでいる。
しかし、油断はならない。
遠隔で俺の様子を知る手段があるのかもしれないし、そうでなくとも『石畳の国』と『麦の国』はかなり近い。『七色の風』がその気になればすぐにでもやって来るだろう。
ブランカは強い。が、『七色の風』はドラゴンを倒したとも評される冒険者パーティ。現にブランカは手傷を負わされていた。『七色の風』のように複数の実力者を相手にした場合、ブランカが普段通りの実力を出せるとも限らない。最悪俺が人質に取られるなど足手まといになる可能性すらある。
盾役を担える魔物、もしくはサブの攻撃手段としての魔物はいずれにせよ必要だ。
ーー本当は俺自身がもう少し強くなれれば良いんだけどな。
自嘲気味な笑みを浮かべながらそんなことを考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
俺は寝ているブランカの狼耳を帽子で隠すと、ドアを少しだけ開けた。
部屋の外には宿屋主人と見知らぬ女性がいた。
「何かご用ですか」
俺の問いかけを受け、
「お休みのところすまないね、お客さん。首長がお客さんに依頼があるそうだ」
宿屋主人の言葉に、隣に立つ女性が会釈をしたのだった。
「依頼? 首長さん?」
俺が首をかしげると、首長と紹介された女性が口を開く。
「ええ。依頼です。妖精退治をお願いしたいの」
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