1 ひとりぼっちの卒業式
「来週の卒業式についてだが、君の出席を認めないことにしたよ」
魔法学校の校長室。
呼び出された俺はいきなり校長からそんな言葉を聞かされた。
「えっと……それはこの魔法学校を卒業させないってことですか? 俺は卒業試験を合格したはずですが」
俺の問いかけに校長が首を振る。
「ナイト、君は先の卒業試験を合格しているね。実技試験は散々だったが筆記試験はほぼ満点。私としては実技で結果を出せない君に卒業認定を送るのは癪だが、卒業要件は満たしているわけだしな。渋々ではあるが、君を卒業させなければならない。非常に癪だがね」
校長はやれやれとでも言いたげに大きくため息をついた。わざとらしい仕草だ。
「まぁ、君が卒業するのはまだ良い。だが、私としては卒業式に君を出席させるわけには行かない。君も知っているだろうが、本校の卒業式には国内外から来賓がやってくる。何せ我が校はエリート魔法学校だからね。有望な卒業生をヘッドハンティングしようと有力者が毎年楽しみにやってくる」
もちろん俺も知っている話だ。
付け加えるならば卒業式にやってくる来賓から学校側が入場料や有望な生徒への交渉権利に対して金を支払わせていることも知っている。一部からこの学校の卒業式は『見本市』『品評会』などと揶揄されているという話だ。
校長は話を続ける。
「我が校としても大事な儀式なわけで、卒業生は式の最中に魔法を披露するのが習わしだ。それも自分の得意とする独創的な魔法をね。それを見てもらうことで卒業生の実力というのが来賓の方々にアピールできると言うわけだ。さてさて」
校長が俺へと小馬鹿にするような視線を送り、
「君は何が出来るんだっけな、ナイト?」
そう問いかけてきた。
「指先から光を出して部屋を照らせます」
「他には?」
「物を浮かせることができます。ただし重さはスプーン1つ分くらいが限界です」
「他には?」
「魔法薬を作れます。半日咳を止めるくらいのものしか作れませんが」
校長が再びため息をついた。
「要するに君は基本的な魔法ですら最低限の出力で扱うのが精一杯というわけだ。卒業式の場でそんな魔法しか使えない生徒が壇上に上がったら本校の名に傷が付く。君は我が校始って以来最弱の魔法使いだ」
放たれた言葉に俺は歯を食いしばることで耐えた。内心の怒りと哀しみを抑え、俺は平静を装った。
「そうですね。先生からも同級生からもそう言われます」
「そうだろうな。こんな出来の悪い生徒が筆記試験だけは優秀なのだがら困ったものだ。やはり卒業要件には実技に重点を置くように制度改革を進めるべきだな。君の存在は悪例として後世に語られることになるだろう」
ところで、と校長は言葉を継ぎ足した。
「君の宝具はどうなったかね? 出来損ないの君が唯一持つ長所なわけだが何か進展はあったかな?」
にんまりと校長は笑みを浮かべた。その顔は格下の存在をあざける悪意に満ちているように見える。
俺は怒りを抑えつつ右手を前に出した。
すると何もない空中から1冊の本が出現し、俺の右手に収まる。
宝具と呼ばれる道具がある。
剣や紙のように人間の手によって作られるのではなく、人間から産み落とされる魔法の道具。
魔物の存在するこの世界において、俺たち人間はか弱い存在だ。
僅かばかりに魔力を持つ者は魔法使いになれるが、魔物達に比べると力不足であることは否めない。
そんな人間にとって宝具は切り札と呼べる存在だ。
10万人に1人とされる宝具持ち。
魔法使い100人分とまで言われる宝具の魔力は強力で、遠い昔にはたった1つの宝具によって10万の兵が一掃されたなんて記録があるほどだ。
故に宝具持ちは優遇され、尊敬される。
そして俺は宝具を宿す貴重な人間だった。
「ふむ。外見は昔と変わっておらんようだな」
俺の宝具は1冊の本だ。
黒い表紙のやや分厚い本。
ただ表紙には文字が一切書かれておらず、片方の表紙に金色の線で五芒星が描かれているだけ。
4年前ーーつまり14歳の時に出現した時と外見は全く変わっていない。そしてーー
「ふん。中身も変化なしか」
俺がぱらぱらと本をめくりその中身を見せると、校長は鼻で笑った。
本の中身は白紙だった。
最初から最後まで真っ白なページが続いている。
「色々と試してみましたが、この本にどんな力が宿っているのかは分かりませんでした。今のところ、この本は『自由に消したり出したり出来る』ことくらいしか不思議な力を発揮していません」
「相変わらず役立たずな宝具というわけか。君が宝具を出現させた時は学校中が大騒ぎだったものだが、そんなクズ宝具だったとはな。ぬか喜びさせおって」
俺は校長に気づかれないように両拳を握りしめた。
「というわけだ。君を卒業式に出席させるのは本校にとって恥さらし以外のなにものでもない。卒業証書はこの場で渡す。ほれ、これだ。良かったな、これでもう君は卒業生だ。ちなみに卒業した生徒はこの学校にはいられない。君の部屋は来年の新入生のための部屋だからね。今日中に荷物をまとめて校内から出て行きなさい」
「今日中⁉︎ いくらなんでも話が急過ぎませんか? 俺は孤児なのでここを出たら住む場所がないのはご存知でしょ? せめて仕事が決まるまでは置いてもらえませんか? 他の卒業生も新学期が始まるまでは校内にいられるのに、どうして俺だけ」
俺の抗議に校長は、
「これ以上出来損ないを校内に住まわせる理由がないだろ?」
平然と言い放った。
「それに来年の新入生には国王のご子息がいるのだ。快適な寮生活を送っていただくためにも部屋の改装や調度品の搬入などやることが多い。明日からでも作業がしたい。しかし、他の部屋はまだ他の学生が使っているから作業はできない。そこで君をさっさと追い払って空いた部屋を王子の部屋とすることにしたのだ。それなら問題なく工事も進められるからな。
まぁでも私も鬼ではない。
冬が終わり春めいてきたと言ってもまだまだ野宿には厳しい時期だ。卒業証書と一緒に路銀はくれてやろう。私は大賢者だからな。太っ腹だろ?
ああ、そうそう。部屋にある魔道書や道具は置いて行きなさい。学校の備品だからね。着ているローブも学校の支給品だから持っていかないように。防寒用のコートだけは特別に支給してやろう」
以上だ、と校長が締めくくる。
俺は卒業証書と金の入った袋を受け取りすぐに部屋を出た。
顔が熱い。心臓が高鳴り、息が乱れる。
自然と早歩きとなり、俺は自分の部屋へとたどり着くと、
「くっそおおおおおおっ!」
大きく吠え、そして、
「…………ちくしょう……」
荷物を整理し始めるしかなかった。
1時間後。
荷物をまとめた俺は校門にいた。
門番へと書類を提出し、外へ出ようとしたその時、
「おーい、待てよナイト!」
後方から大声が聞こえてきた。振り返るとローブを纏った学生が全速力で俺の方へと走ってくる。
「ホルスか。どうしたんだ?」
はぁはぁと息を乱す学生へと俺が問いかける。
「どうしたじゃない! 今他の連中からナイトのことを聞いてここまで来たんだ。今日この学校を出て行くって本当か?」
「今ちょうど門を出ようとしていたところだ」
「何でだよ。卒業式だって来週だし、学校を退去しなきゃいけない期限までまだ3週間くらいあるのに」
「俺みたいな出来損ないはすぐにでも出て行ってほしいんだってさ。さっき校長室でそう言われたよ」
「なんだそれ? バカなのか校長は? ナイトは宝具を持っているんだぞ。それに筆記試験でナイトはずっと1位だったじゃないか」
「ホルスだって2位以内を維持しているだろ? 筆記と実技の両方でさ。俺は実技がからっきしだから評価されない。それに持っている宝具も役に立たないし」
「そんなはずない! ナイトはまだ実力を出しきれてないだけだ。宝具だってとんでもない力を持っているに決まってる」
「それを在学中に証明できなかったから俺は学校を出るんだよ」
ホルスが何か言おうと口を開いたが、俺は手をかざしそれを制した。
同い年で、同じく孤児であるホルスは俺にとってこの魔法学校で唯一手に入れることのできた親友だ。
気も合うし、筆記試験の勉強も一緒に切磋琢磨してきた。
要領が良いとは言えないが、ホルスは人一倍の努力家で研究熱心な男だ。
魔法使いが嫌がる剣術などの肉体的な訓練もホルスは誰よりも長く鍛錬していたっけ。
そんな彼が剣の宝具に目覚めたのは昨年のこと。
もともと成績も人柄も評価されていたホルスは宝具の存在によって学校外からも注目された。
卒業後にホルスは王宮の魔法騎士団に配属されるらしい。
自慢の友人だ。それに比べて俺の有様はなんだろう。
情けない。こんな姿を友人にいつまでも見られたくはない。早く門を出たかった。
「俺は一足先に外へ出るよ、ホルス。将来は騎士団の団長になりたいんだったな。ホルスならなれるよ」
じゃあな、と別れを済ませ俺は門を出た。
ホルスは何も言わない。かける言葉が見つからなかったんだろう。
門が閉まる音が鳴り響く。
「さて、どうするかな」
俺はまだ薄寒い通りを歩き始めるのだった。
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