3 元の世界 新月物語
元の私だった。
日付も確認した。
2年先の未来から戻っていた。
戻れば安心できると思っていたのに、今までにない位の安心を感じ
てしまったことが、戻れないままでも良かったかもしれないなんて
思ってしまわせていた。
元の世界と同じだと思っていたが、少し何かが違うということにも
気がついた。
子供たちも夫も、私に優しくなっていた。
そう感じられるように、私が変わったのかもしれない。
しかし、2年後に行ったなんて、夢だったのではないかとも思える。
また、行けるののだろうか?
向こうの世界で、私には違う「夫」がいた。
私は行きたいと思っているのだろうか?
それは不倫なのか、不倫とは言わないのか。
「ママ。行って来ます」
子供たちが学校に出かけて行った。
「先生の言うことを、ちゃんと聞きなさいよ」
迎えに来てくれた友達のところへ走る子供の背中に向けて
大声で言った。
いつものような大声にこれまで何も思っていないということが恥ずか
しかった。
お母さん役には、何の違和感もなく戻っている分、夫には隠している
ようで悪い気がしてしまった。
夫は自営の仕事で、毎朝会社に行くわけではなく、私の方が仕事で先
に出かけてしまうことがほとんどだ。
メークののりが違う気がした。
気持ちのせいなのか。
あれ? ウキウキしている。
何に対してウキウキした気持ちなのかは分からなかった。
すぐに消えて忘れてしまう気持ちなのかもしれない。
しかし、その理由の分からない気持ちは1日続いた。
1日中ウキウキした気持ちだったのは、小学生の時以来かもしれない。
ウキウキした気持ちとともに、体の奥に何かが挟まったままのような
熱い感じがずっと残っていた。
夕方、これまで連絡なんてとっていなかった大学時代の友達から連絡があった。
彼女の方が何か話をしたいようで、今晩出て来らないかという誘いだった。
ラインで夫に相談をした。
いつもはすぐに返事を返してこない夫には珍しく、すぐにラインの返事が来た。
「子供達は、僕が見るから。心配せず、行って来ていいよ」
ラウンジ・バーなんて普段は来ないから、落ち着かずに待っていた。
以前なら、こんなところで1人で待っていて、声を掛けられたら嫌だと自意識
過剰に思って、待たされている相手に、早く来てよって思ってしまっただろう
が、今日は違った。
待っている時間は、自然と「未来の夫」と時間を思い出せてくれていた。
イイ女に私も少しなっているのかもしれない。
約束の時間に少し遅れて、大学の時の友人がやって来た。
「久しぶりね。マユ」
「本当ね。大学卒業して1回会ってから、それ以来だからね」
私は彼女の様子から、今日話したいっていう内容を想像しながら言った。
「私、離婚したの」
いきなりそんな話なのか。
「それでさ。今月、結婚したの」
離婚よりも結婚の方に驚いた。
「それでね。彼が披露パーティを友達を呼んでやろうよって言ってくれてね。
できたら、マユに幹事をお願いできないかって思って相談なの」
確かに大学の時は、仲がいい方だったけど、それにしても私たちの年齢で、そ
れも再婚で、結婚披露パーティなんて考えられない。
「彼はセレブの友達も多いから、あなたもいい相手が見つかるかもよ」
「私は今のままで幸せだから、いい相手なんて要らないから」
「マユ。あなた今、本当に幸せ?」
彼女がまじまじと私の顔をのぞき込んで聞いてきた。
「当たり前でしょう。子供もいるんだし」
「当たり前ねえ」
「引き受けてあげるよ。だから私に変な相手をすすめないでよ」
「いい相手をすすめてあげたかったから、マユに頼んでいるのよ
もしかして、いい相手がいるの?」
「バカ言わないで。そんなのいないに決まっているじゃない」
「そんな感じには見えないわね」
「何言ってるの。どこを見たら、そう思えるのか教えて欲しいんだけど」
「唇だね。あなたの唇が、そう言ってる感じに見えたからさ」
私は、それを求めているのだろうか?