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ケルベロスと落胆

 

「チッ……」


 あ、舌打ちした。今舌打ちしたよ。


「ウヌムル、緊急事態だ。手を貸してくれるか」

「え、あぁ、出来ることなら」

「助かる。こっちだ」


 そう言って背を向けたアネスについて行く形で、私はクレーターを抜けたのだった。




 ****




「現状を伝えろ」


 速足で闊歩する無精ひげの横を歩くわけだが、如何せん足が速くてついて行くだけで一苦労である。

 会話ぐらい止まってしてほしいのだが、そうも言ってられないらしい。兵士もアネスの横をついて行きながら報告をするようなので、私が愚痴を言うのは筋違いだろう。


 でも、お願いだから少し待って。


「はい。現在ケルベロスはここから北東に10㎞の地点に居り、猛烈な勢いで此方へ向かってきている模様。恐らく後10分もすれば到達するかと」

「C陣形は」

「駄目です。精霊が少なすぎて魔術は使用できません」

「精霊が少ないと……うぅむ、魔術系はまず使えないか……」


 悩んでいるようだった。この世界では精霊がそこらじゅうにいるのが普通なのだろうか。


「如何するつもりなんですか?」

「ん? あぁ、あいつは足が速い。普通は動きを止めてから遠距離で消し飛ばすのがセオリーなのだが、今は魔術が使えない」

「つまり?」

「動きを止めることも遠距離から攻撃することもできない、ですよ」


 答えたのは、アネスの横にいたイケメン兵士だった。


 

 ……何だこいつ。気に食わん。無視するか。



「……普通に高火力をぶつければいいんじゃないですか?」

「いや、あれは無駄に素早い。唯攻撃をするだけではかわしてしまう」


 動きを止めるのは必須事項、と。


「じゃあその二つを如何にかすればいいんですね」

「妙案でもあるのか?」

「えぇまぁ。必要物資がありますけど」


 ケルベロス相手なら、私に良い考えがある。

 そんな訳で、私はこの世界に来て初めて、前世での知識を奮うことになった。




 ****





 数分後、北東50mの地点に山の様に置かれていたのは、兵士たちが隠し持っていたお菓子の数々だった。


 ケルベロスといえば、3つの顔と竜の尻尾が特徴の地獄の番犬と呼ばれる怪物だ。冥王ハーデスの忠犬で、冥府から逃げ出そうとする亡者をはむはむしてしまう恐ろしい存在だと聞く。

 しかしそれと同時に、ケルベロスは甘いもの好きなのも有名な話だ。ペルセポネに美を分けて貰いに冥府へ向かったプシューケーは、この方法で獰猛な番犬をやり過ごしたとされている。


 そんなところで今回の作戦は、


「お菓子に目が眩んで立ち止まったケルベロスを高火力でぶっ倒します」

「成る程、お菓子につられるのですか」

「こんなにお菓子を隠し持っていたとは……後であいつらどうしてくれようか」


 堂々と有る胸を張る私と、それを称賛するイケメン兵士、部下の為体に落胆する無精ひげアネスと、三者三様の反応を見せていた。

 お菓子に関しては私がちょっとせがんだら一も二も無く出してくれた。一見様相手によくもまぁ。


 思い出し苦笑していた私に対して、イケメン兵士が問いかけた。


「でも、なんでケルベロスが甘いもの好きだって知ってるんですか?」

「えっ? あー……勘だけど」


「「勘!?」」


 二人の声がハモった。そこまで驚かれること……だろうな、これは。


「あぁいやでも、私の勘って結構当たるんですよ?」

「生後3日でよく言うな……」

「レディーに年齢の話は失礼ですわよ?」

「お前誰だ」

「生後3日なんですか!?」


 あぁ面倒くさい。前世の知識を使うにも理由をつけなければか。


「はぁ……その勘、本当に大丈夫だろうな」

「女の勘程信用できるものはありませんよ?」

「どう思う?」

「まさしくその通りだと」


 イケメン兵士は私の味方らしい。何故か全く嬉しくないが。

 と、いうか


「お兄さんいつまで居るんですか? 兵士でしょ?」

「厳しい言い方ですねぇ……私は希少な精霊騎士ですから、むやみと前線には出れないんですよ。だから普段はこうして通信兵を」

「希少って自分で言います?」

「わが身は可愛いものですから」


 駄目だ。この人好きになれない。生理的にごめんなさいというやつだ。

 私とイケメン兵士の間に一方的な確執が生まれたところで、アネスが声音を変えた。


「来たぞ」


 見れば、丁度お菓子を置いた北東から黒い影が迫ってきているのが見えた。ただ私の視力はそこまででもないため見えるのは黒い物体だけだ。あぁ、まるで台所の悪魔の様な……。


「不味い、トラウマが……」

「エスメタ。一応兵士たちにも臨戦態勢を。『死んだらお墓は菓子で作ってやる』って託な」

「はっ」


 トラウマを掘り返され顔が青くなる私を他所に、アネスはイケメン兵士に命令を出す。

 エスメタと呼ばれたイケメン兵士は左手で敬礼した後、背後に居る兵士たちに伝令するためその場を離れていった。まぁ保険だろう。


「ぅぅ……信用ないですね」

「勘違いするな。お前の調子が悪そうだったからもしもを考えただけだ」

「信用ないじゃないですか」

「トラウマを克服してからその話は聞こう」

「にぎぎ……」


 一度も此方を見ないアネスにべーと舌を出しておいたが、それでも反応がないため諦めて前を見ることにする。

 先程より近くなったその物体を見てみると、既にその距離を僅か300mにまで狭めて、更に猛烈な速さで此方へ迫ってきている。時速70㎞はあるだろうか。


「あぁ、あれです……か……」




 それは、私を絶句させるには十分な容姿を持っていた。

 漆黒の体毛は悠然と風に靡き、所々に入った紫のメッシュが禍々しさを引き立てている。

 アメジストの瞳はきりりと吊り上がり、三又に分かれた頭部は其々が歪な異質さを放っている。

 獲物を確実に捕らえるために最適化されたフォームは、四肢の獰猛な爪や時折見える獣らしい牙と相まってその残虐性を凶暴なまでに体現しており、その様子は正に地獄の番犬の異名を持つのに相応しく、見る者に畏怖の念を抱かせざる負えない独特な雰囲気を暴力的に振りまいていた――








 但し、顔が猫なのを除けば。






「猫だ…………ねこぉ!?」



 思わず叫んだ私を無視して、その怪物は10mはあるだろう巨体はお菓子の山の前で動きを止め、興味深そうに三つの顔を近づけていた。



 いやいやいやいやいやいやいやいや。



 待て、ケルベロスは猫だったのか。炬燵で丸くなって会議を開いて木天蓼に弱くて可愛いあの猫だったのだろうか。

 そんなはずがない。そんなことがあって堪るか。あれはケルベロスではない。きっとこの世界の人間が何も考えずに適当に名付けたに違いない。



 そう、あれはネコベロスだ。ネコベロスということにしよう。そうであってくれ。



 ……ある意味、台所の悪魔よりも衝撃的な光景だった。私のトラウマメモリーが一つ増えてしまったようだ。


「如何したウヌムル。問題でもあったか」

「……いえ、心的な問題なのでお気になさらず」

「そうか。魔術の方は大丈夫か?」

「めいびー」

「?」


 あぁ、一気にやる気がなくなった気がする。モチベよ戻って来い。


「……あー、魔術だが、本当に一人で大丈夫なのか?」

「え? あぁ、はい。感覚は覚えましたので」

「そうか。もしマナが必要になったら言ってくれ」

「了解です」


 本来、魔術は人間と精霊が協力して行うものらしいが、私に限っては問題ないと判断する。

 実際、さっき小さな火球作れたし。


「それじゃ、もう出番だ。直線で高火力の塊を放つイメージをするといい」

「ほむ」


 アネスの言葉を参考に、右手の平をネコベロスに向け、全身を駆け巡る流動体――マナを、その一点に集中させる。


 全身を妙な浮遊感が包み込み、浮き上がった斑髪は神々しい白光を放ち始めた。

 直線50m先に佇むネコベロスは、此方の事は気にも留めずお菓子の山にむしゃぶりついている。

 脳内にイメージするは、冥府の忠犬に対抗する『光』の属性を持った、高質量の光線。簡潔に纏めれば、『極太レーザー』である。


 力が十全に溜まったのを感じれば、何か格好いい言葉の一つでも叫ぶかと思考を巡らせて……。

 結果、何も思い浮かばなかったので、適当に技名でも叫ぶことにした。






超電磁砲(レールガン)!!!」






 結論から言えば、それは過剰威力だった。


 私の手から放たれた超速高質量高火力レーザーは、その破壊力を引っ提げてネコベロスの体を丸ごと包み込む。数秒の間その力をまじまじと見せつけた攻撃が消え去ったとき、その射線には焼野原ができていた。


 暫くの間、世界は静寂に包まれた。



「……すげぇ」


 誰かがあげたその言葉を皮切りに、兵士たちは歓喜と勝利に満ちた歓声に包まれる。誰もかれもが騒ぎ立てた。


「やべぇ!」「何だあいつ!」「どんな威力だよ!」「救世主なんじゃねーの?」「おぉ神よ!」


「……よくやった」


 そう言って頭にぽんと手を置いたアネスの方に顔を向ける前に、私の視界には一つの赤い枠が現れた。





『MPが0になりました』






 その数秒後に、私はネコベロスより強力な『睡魔』という怪物に飲み込まれたのだった。


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