強制花火イベント
「成瀬って晴輝先輩が好きだったりするの?」
他でもない当事者の佳乃からそんなことを言われて吐血するかと思った。それぐらいの衝撃を受けた。
ごろごろしていたら部屋に佳乃がやってきて、何やらもじもじしているなとは思ったが、開口一番がこれだった。
飲んでいた炭酸飲料を何とか噴き出さずには済んだが、器官に入りむせる。
「同じようなことを他の人からも聞かれたんだけど、それだけはない。この世の男が全て滅んでも奴だけは選ばない。成瀬家は私の代で滅亡で構わない」
私の鬼気迫る様子に佳乃は圧倒されて、遠慮がちに呟く。
「でも仲いいよね。晴輝先輩もよく成瀬に構いに行ってるし」
「あれは憂さ晴らしに使われているだけだ」
あの数々の暴力暴言に愛情は一片たりとも感じられない。
「嫌よ嫌よも……」
「嫌いなものは嫌い! 口一杯ピーマン詰め込まれる方がマシってぐらい嫌い!」
ふーんと納得しない表情で唸られる。そりゃあ自分の好きな人を友達も好きっていう少女漫画にありがちなパターンになんて実際には遭遇したくないだろうから気になるのだろう。
「大体、いつも高坂先輩にきゃんきゃん噛みついているのは佳乃の方じゃーん」
「か、噛みついてなんてないわよ! あんまりヘラヘラしてたら後輩達に示しがつかないから注意してあげてるだけなの」
さすがツンデレー。テンプレ的反応をありがとう。
「そ、そりゃあ、プライベートと部活は、しっかり分けているみたいだけどぉ? でもプライベートだからってあまりにも酷い態度取ってると伝統ある弓道部の名が折れるし? 休憩中だからって、変にデレデレするのもよくないし! 他の人が注意しないから仕方がなく、そう、仕方がなく私が注意しているだけなの!」
佳乃は早口でまくし立てると、ペットボトルの中身を一気に飲み干し、肩で息をする。
「いやあ、好きだから気になるって素直に言っちゃえばいいと思うよ」
あ、口が滑った。
「す、す、す、す、好きって! 好きって! そういうのじゃないんだからーー!!」
佳乃は面白いくらい真っ赤になって叫ぶ。うーん、この反応は何度見ても飽きない。
ほぼ空のペットボトルをこれでもかというほど吸い込み、べこりとへこませる。
「そういうのじゃないんだからってば! そうね。なんだかんだ言って後輩思いだし、周りのことちゃんと見てるし、部活に関しては真面目で、人一倍練習しているし、そういうのが素直に尊敬できるだけ! 尊敬なの、純粋な尊敬!」
一体あの先輩のどこを好きになったのだと聞こうと思ったが全部先に言ってくれた。
「ほおー、尊敬から好きになるってやつねー」
「違うっていってるじゃないのーー!」
ヒートアップし過ぎているせいか、叫びながら、首を絞められる。
「ぐぅ、さ、酸素……」
酸素不足で頭がくらくらしてきた。
「分かってくれた?」
「わか、分かったから、そろそろ離し……て」
手を離され、空気を思い切り吸い込む。
「で、結局佳乃は何が聞きたかったの? 私が高坂先輩を好きかっていうのは全面的に否定するってことで納得した?」
「……成瀬が好きなら協力しようと思ったの。だってずっと何も言ってくれなんて水臭いじゃない」
ちょっと拗ねたようにそっぽを向く。
「協力だぁ? あんた自分が好きなくせに何お人よしな事をしようとしてんのー」
「私が晴輝先輩を好きなことと協力することは別じゃない。それならそれで一緒に頑張ろうと思っ……あ」
自分の失言に気付いたのか、目をかっと見開き、手を思い切り横に振る。
「あわわわあああ、今のなし! 別に好きじゃない! 私が晴輝先輩好きなんて意味じゃないから!」
ないんだからね、と重ねた語尾は聞こえないくらい小さくなっていた。私は微笑ましいもの見るようにぽんっと佳乃の肩に手をおいた。もう、諦めな。せめて言葉には出さずに目で語ってやった。
よっぽどショックだったのだろうか、佳乃は人の布団に潜り込むと丸まって出てこなくなった。聞き取れないが布団の中で何事が呟いている。
どうやっても出てこないので、私は諦めて明日の宿題を始めてしまったが、ぶつぶつとした声が聞こえてくるせいで集中できない。ショック受けるなら自分の部屋でやってくれないかなぁ。
「あれ? ねえ数学の宿題の問6って分かるー?」
「わ、私のショックよりも宿題の方が大事だって言うのね!?」
ようやく布団から這い出てきたか。薄情者……とか言いながらもちゃんと問題は解いてくれる。これだから頭のいいやつは羨ましい。
「分かった、分かった。宿題も終わったことだし、恋愛相談始めよっか」
回転椅子を回して、佳乃の方に体を向けるが、再び布団にくるまってしまう。今度はかろうじて顔だけは出してくれた。
「ほら、もうショック受けないで。暴露しちゃったもんはどうしようもないんだから」
「私は凄く恥ずかしい」
「いいじゃない。私としても早く相談してほしかったからさー。人に水臭いって言っておいて、佳乃の方が水臭いじゃない」
「もーう、分かったー! 言います、言いますよー。晴輝先輩の事が気になって気になって仕方がないんです!」
「おお。潔い」
にやにやしながらも、ぺちぺちと拍手してやる。
「でも、本当にまだ好きとかは分からないんだから! だから言いだせずにいたのであって、成瀬に隠してたとかじゃないから。ちゃんと分かったら言おうと思ってたの」
水臭いと言ったことを気にしているのだろうか、上目づかいでおずおずと言い訳する。大丈夫。別の時間軸ではちゃんと言ってくれたから分かっている。
「というか、何? 早く相談してほしかったってことは、その……」
「ああ、全部バレバレかな」
つんざくような悲鳴を上げてまたしても布団の中に潜り込んでしまう。そろそろ隣の部屋から苦情がきそうで怖い。
「大丈夫、ちゃーんとイベント攻略の手順は考えるから、大船に乗ったつもりで安心してよ!」
「……協力しようと思っていたのに、いつのまにか協力されているなんて」
「今度はちゃーんと攻略本も買ってあるんだからね」
「攻略本?」
えっへんと、一冊の本を見せる。
――浮気されない女になる20の方法
何か違うくない? って顔をされるが、この本があんたを救うんだって! 多分。
部活の帰り際、突然髪を引っ張られた。
できるだけ長く練習しようとしているから、自然と道場を一番最後に出ることが多い。最後に道場を戸締りしていると後ろから髪を掴まれたらしい。誰もいないと思っていたので不意打ちをくらった。ぶちっと音がしたから数本髪が抜けたと思う。
「まだ帰るなよ。校庭10周と腕立て50回忘れてるぞ」
「こ、高坂先輩まだ帰ってなかったんですか。とっとと帰ってくれないと鍵閉められないです」
「だからお前の校庭10周と腕立て50回が終わってないから帰れないだろ」
「しかも謝罪の一言もないんですか? 髪抜けたんですけど。将来禿げたらどうしてくれるんですか」
「若いのに円形脱毛症か? 苦労とは縁なさそうな顔してるのにな」
「今現在、私の苦労の大半は目の前の人間のせいだと思います」
「それより校庭10周と腕立て50回」
し、しつこい。
「……昨日のって冗談じゃなかったんですか?」
「まさか大先輩様への無礼に対する制裁を無にする気か? 練習時間だけは確保してやろうと、部活後まで待ってやっていたというのに」
「先輩って暇人なんデスネー」
「お前、今日が何の日か知らないのか!?」
妙に険しい顔で尋ねられる。
「夏休み3日前ですね。宿題はきちんと終わらせてますよ」
はぁーっと、額に手を当てて首を振る動作をする。無駄にむかつく動作だ。
「花火大会があるだろう。しかも事実上夏休み最後の大イベントだ!」
乙女ゲームでもよくある恋愛イベントだし、それは分かるが。
「それが今の状況と何の関係があるんですか?」
「いいか、よーく聞けよ。俺は今から校門前で女子と花火大行く待ち合わせをしている。しかしそれは45分後だ。家に帰るには面倒だが、学校で無駄に待ってるのもつまらんだろう。そこで、お前があくせく苦悶の表情を浮かべているのを見せれば、多少なりとも俺のつまらなさが解消されるという寸法だ」
要するに暇つぶしに人を使おうということですね。殴っていいですか?
「成瀬ー、倉庫は閉めたけど、道場の戸締り終わったー? って何遊んでるの?」
ひょこりと道場に戻ってきた佳乃が目を丸くする。
遊んでない! 高坂先輩に殴ろうと掴みかかったが、リーチが届かず反撃されたのだ。今は背中に足を乗せられ、うつぶせで床を這いずっている。ばたばた手足を動かすが、抜け出せない。ちくしょう。
「つまり、待ち合わせまでに暇つぶしができたらいいんですよね。私にいい考えがありますよ」
名案とでも言うように佳乃は両手を体の前で合わせる。
「今から3人で、40分間耐久腹筋しましょう!」
「「は?」」
私と高坂先輩の声がはもった。まさか高坂先輩は自分にも矛先が向かうとは思っていなかったらしくめずらしく焦っている。
「よ、佳乃ちゃん?」
「もちろん出来なかった人には罰ゲーム付きで! それなら楽しいでしょう!」
キラキラ目を輝かせながら佳乃は続けた。佳乃は筋トレ馬鹿でもあるので、多分本気で名案だと思っている。
「悪いんだけど、俺今から女の子と会うから、あまり汗をかくことは」
「あーら、先輩。たかだか40分程度の筋トレで汗をおかきになるとは、ちゃんちゃら可笑しいですねー」
わざとらしく口笛吹いてやると、上からさらに強く踏まれた。ちなみにまだ先輩に踏んづけられたまま脱出できていない。いい加減、足を退けてくれ。
べくして、売り言葉に買い言葉で、誰も得をしない腹筋大会が始まったのである。
お、終わったー。こんなに長い40分は久しぶりだった。お腹が少し痙攣している。確実に明日は筋肉痛だ。
「ったく普段鍛えていないから、これぐらいでへばるんだ」
そういう先輩も微妙に顔が引きつっているように見える。楽しかったねーとあっけらかんに言う佳乃は本当に楽しそうだ。
急にこんなことに巻き込まれてご愁傷様と思ったが、元を正せば高坂先輩が人を暇つぶしに使おうとしたことが原因ではないか! 同情の余地なしだ。
「そういえば晴輝先輩、待ち合わせ時間もうすぐですけど、大丈夫ですか?」
40分きっちり付き合わせておいて、一応心配はしているらしい。もしかしたら、待ち合わせに行かせない作戦なのかとも思ったがそうではないようだ。
「大丈夫、大丈夫。俺、待ち合わせは10分後に行く派だから結構余裕」
ただの最低野郎じゃないか。
「ち、ちなみに彼女さんとか……だったりします?」
佳乃は最低発言は頭に入らなかったみたいで、目を泳がせながら、相手のことを気にしている。
「俺彼女いないよ。常に募集中」
「へー、じゃあ誰と行くんですか。愛人ですかー?」
彼女募集中のくせにデートってどういうこと? ここまで引っ張っておいて男と一緒とかだったら大爆笑なのだが、女の子と行くって言ったからなあ。
「違う違う。待ち合わせから屋台デートまでの30分間は梨香ちゃんで、その後の30分は由紀ちゃんと。本番の花火観賞から帰りの駅までは舞ちゃんの予定」
か、掛持ちするとかただのクズだ!
「ちゃんと全員、了承は取ってるから問題ないよ」
そういう問題じゃないと思うんだが。これでいいっていう女子の心情が私にはさっぱり理解できません。
「友達ならいいんですけど……あ! いや、彼女とででもいいんですよ! 特に深い意味はなくてですね!」
えええええ!? 佳乃は彼女じゃないと聞いて安心しきった表情でいるが、本当にいいの、それで!? ただの友達だと思っているの? まあ、もしかしたら本当に友達という括りでも可笑しくないのかもしれないが。多分違う気がする。
心配じゃないの? と佳乃に耳打ちすると、何かに思い当たったようだ。
「晴輝先輩、学生なんですからハメは外し過ぎずに、早めに帰るんですよ!」
心配の方向性が違った。
「佳乃! イベント回収始動だよ」
「はて?」
高坂先輩を送り出し、誰もいなくなった道場でおもむろに作戦会議を行う。
「ボケてどーする! 佳乃は、高坂先輩が、好き、なんでしょー!」
「大声で叫ばないでーーー!」
鼓膜に響く大声でかき消される。
「イベントって、晴輝先輩はすでに予定埋まってたじゃない。聞いたでしょ先輩のスケジュール」
「ああ、あの最低スケジュールね。だけどあのスケジュールには穴がある」
佳乃は首をかしげる。
「予定が帰りの駅で終わっているのに気がついた? 花火大会は2つ先の駅で行われる。駅で解散してるってことは、その後のスケジュールは空のはず。そこにイベントを放り込むのよ」
「イベントって……。その時間だったら花火終わってるでしょ」
「あっまーい! イベントは起こるのを待つだけでなく、自分から作るものなのよ! さあ、これを見なさい」
てってれーと取り出したのは花火セット。ホームセンターとかで夏に売り出す手持ちのやつ。どこから出したかというと、部室に置いているのを見つけただけなんだけど。
「高坂先輩の帰り道にある公園でおもむろに線香花火をするでしょ。そこで、あれー? 高坂先輩じゃないですか、偶然ですねー。今線香花火してるんですけど、先輩もいかがですか。あ、いっけなーい。私用事があるの思い出しちゃったー。でもでもぉ、せっかくこんなに花火買っちゃたからー、もったいないし二人で使い切って下さいね。と、そこでフェードアウトする私。花火の光に照らされて、お互いの夢を話し合う二人! 近まる距離!」
うーん完璧な計画だ。無駄に甲高い声の演技付き。
「どお? このイベント?」
「打ち上げの後に線香花火ってしょぼくない?」
「大輪だけが花火じゃないのよ! 儚く燃える線香花火こそ、風情ある色気が出るってもんよ」
「先輩がそこの公園を通る保証ってないんじゃないの?」
「だーいじょうぶ! 先輩のマンションの目の前だから。絶対に通らないと帰れない」
何でそんなこと知っているのかという目をされる。情報屋として調べ上げた結果だ。ぬかりはない。
「ちなみにどこから仕入れたイベントなのかな?」
「もちろん乙女ゲームのイベントだね!」
ぐっと親指を立てて、自信満々に言い放つ。
不安しかない、そんな佳乃の表情は無視しておこう。
火を見ると人間は興奮する生き物らしい。
イベント発生のためと思っていたが、二人で花火に火を点けまくっていると童心に帰る気持ちではしゃいでいた。
「5本持ちって火力強っ!」
「それをこっちに向けないで」
「次ネズミ花火いくよー」
「イエーイ」
はしゃぎまくっていた。本来の目的をすっかり忘れるくらいには。
線香花火の風情はなく。激しいやつのオンパレードだ。
「……伊吹、今日外泊しようぜ。ここを迂闊に通ってあれに絡まれたくはない」
「同意するが、宿泊代は誰が出す気だ。あいつら興奮してるから、裏口から回れば気づかれないはずだ」
こそこそと知った二人組の声が後ろから聞こえてきて頭が一気にクリアになる。高坂先輩一人かと思っていたが、予想外に高坂兄を引き連れていた。
「来たよ佳乃、作戦開始だ」
耳元で囁くと佳乃は分かってか分からずか、公園の入り口で奇異の目を向けてくる先輩の元に駆け寄っていった。
「どうしたんです? 先輩達こんなところで! ひゃっほー! 花火のおすそ分けです!」
ばばばっと火を点けるとネズミ花火を複数投げ捨てる。おおい! 酔ったテンションになっているが、どうしたことだ。
「佳乃ちゃーん、気持ちが昂るのは分かるがちょっと落ち着け」
「ふぉはい、すひはせん」
足元で飛び回る花火を無視して、高坂先輩は佳乃のほっぺたをみよーんとつねる。
高坂兄はちょっと興味ありげにそわそわネズミを追ってるように見えるが、気のせいだろうか。
「なんで、お前らは人の家の前で、家庭用の花火なんかしてるんだ」
高坂先輩は残念なものを見る目で私達を見下ろす。
「へーえ、ここのマンションに先輩達住んでいるんですねー、知らなかったー、すごいぐうぜーん」
わざとらし過ぎただろうか。じと目で見られる。やばい、別の話題で誤魔化すに限る。
「それよりも、高坂先輩。私は非常に残念でなりません」
「あぁ?」
「女の子とローテーションで花火大会に行くとか言っていたくせに、実は兄弟二人で仲良くしていたなんて。いい歳してお兄ちゃんと一緒って! 嘘までついて見栄張っちゃて嘆かわしいことですね」
ぷー、くすくすと笑えば、笑い終わる前に地面に叩きつけられた。背中は踏みつけられ地面に押しつられるが、髪は上に向かって掴み引っ張られ、上下違う方向に力が掛けられる。
「成瀬、お前なんて言ったのかなぁ。花火でラリってまともな判断できもしねぇ奴が、俺に向かって何て? もういっぺん言ってみ? な?」
ぎりぎりと容赦ない力が頭と背中にかかる。
「ギブギブ! ギブです。先輩、足! 土足、土足だから!」
「遠慮するなって、好きなだけ言いたいこと言ってみな。今日は無礼講で許してやるよ」
今の時点で一ミリたりとも許す気などないだろうに。
「晴輝、気持ちには分かるがさすがに止めてやれ」
高坂兄が後ろから羽交い絞めにして止めてくれる。強面の顔しているが実は兄の方がはるかに常識人だ。見えないが背中には足跡がくっきり付いてしまっているだろう。
高坂先輩は重苦しいため息をつく。
「俺だって保護者同伴は勘弁してほしかったさ」
「俺こそ何が悲しくてお前を見張らないといけないのか理解できない」
二人とも苦虫を噛み潰したような顔をしている。不本意な何かがあったのだろうか。
「二人で一緒に見に行ったんですか?」
空気を読まない佳乃はあっけらかんと聞く。
「それは美しい花火への冒涜ってもんだよ、佳乃ちゃん」
「じゃあ、女子達とのデートに伊吹先輩が同伴したんですか? ダブルデート的な?」
目をつぶりながら、高坂先輩は軽く頭を振った。
「同じ遺伝子でありながら可哀想なことに、伊吹が一緒だと女の子が逃げてしまう」
「お前な……」
先ほどから腕を組んだままの高坂兄は眉をひそめるだけで、弟の失礼な言葉を流す。やはり弟の何倍も常識が伴っている。
「こっちの駅で見つかって連れ去られたんだよ。伊吹は痛いことに男だけで行くという意味の分からない行動をしていたから」
別に男同士で行ったっていいじゃないか。相変わらず高坂先輩は頭の中がお花畑らしい。
「はあ。どうしてそのまま放っておいてくれないかなぁ」
「お前は放っておくとすぐに無断外泊するだろ」
それを聞いて佳乃がカッと赤くなる。
「それは良くないです! 学生なんだから節度を守って下さい! 節度を!」
「おうおう、言ってやれ」
「俺のこと幾つだと思ってるんだよ。若いんだから外泊の一つや二つ普通にあるだろ」
「少し目を離すと一か月、女の所を転々として帰って来なくなる奴が言えた口か?」
それはないわー。高校生でヒモ生活ってどういこと? 佳乃は考えが追いつかないのか、頭がショートしている様子だ。
「外泊中もちゃんと学校には来てるんだからいいじゃん」
「ダメ! ゼッタイ! アナタ、コウコウセイ!」
軽い気持ちで振った話題だったのだが、予想以上に嫌な情報を引き出してしまった。藪蛇とはまさしくこういうことを言うのか。
「親御さんはよく何も言いませんね」
「伊吹と二人暮らしだしばれない。その分伊吹が口うるさくって困ってるんだよな」
高坂兄は無言を貫いているが、眉尻だけが上がっている。兄の苦労が底知れない。
「ヤンキーみたいって思っていてスミマセン。高坂兄先輩は苦労人のお母さんポジションだったんですね」
その苦労に涙を禁じ得ず、過去の誤った思い込みを払拭することにする。人を見かけで判断しては駄目だという良い例だ。
「お、おおぅ?」
「伊吹、それは怒っていいところだと思う」
話が大分明後日の方向にまで脱線してしまい、どうやってイベント発生に持っていくかが悩ましい。変な空気にしてしまったせいで花火に持って行きづらい。すでに関わりあいになりたくないとでも言うようにこの場を離れかけようとしているのが分かる。
「先輩、花火! 花火しましょうよ。楽しいですよ」
バラバラーっと火の点いたネズミ花火を佳乃はばら撒く。こういう時マイペースなやつはうらやましい。今回に関してはグッジョブだ。それにしてもネズミ花火ばかり買い過ぎたみたいだ。
事態は耐久花火大会になっていた。点けては消え、点けては消えていくの繰返し。基本5~6本まとめて着火させる。さすがにLLサイズの4セットは買い過ぎただろうか。それに加えて変わり種詰め合わせと、ネズミセット単品。先輩方はよく付き合ってくれたものだ。帰りたいんだけどと言われたが、後ろに置いた花火の山を指して、多分二人じゃ終わらないですと泣きついたら、難色を示しながらも付き合ってくれた。
延々と繰り返される火付け作業に風情も何もあったものじゃない。これからどうやってイベントに繋げていけばいいのだろうか。リアルなイベントフラグというのは起こし方が難しい。
公園をぐるりと見回すが、小さな砂場と簡易な遊具が3つばかりあるだけ。フラグになりそうなものすらない。ベンチに隣に腰掛けキャーキャー花火をしている姿は微笑ましいが、個別スチルではなく、共通ルートのスチルにしかなりえない。2人きりにさせたいのに、4人でわちゃわちゃしていては色気も裸足で逃げ出そう。
仕方がないので、こっちこっちと高坂兄を少し隅によせてから、この場を離れる算段を持ちかける。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。この辺りって自販機とかないんですかー? 私喉が渇いちゃったから一緒に買いに行ってほしいですー」
うーん。我ながらみごとな棒演技。
「……お前の兄貴になった気も自販機もねぇよ。徒歩10分はかかる」
「たかが10分じゃないですか。行きましょう!」
「往復20分だろ。断る」
「先輩。空気! 分かるでしょ、あの空気!」
小声でぱくぱくと言いながら佳乃達を指し示す。
「いかにも恋してます、キラキラ~なお目目をしてるでしょう。後輩と弟の恋愛を成就させたいと思わないんですか」
「だから嫌なんだよ。帰ってきて二人でホテルとか行ってたらどうする」
「そ、そこまで信用ない弟なんですね」
兄からの信用すら底辺とは、いささか不憫ではあるが、否定しきれない自分もいる。
「さすがに後輩に手出すとは思ってないが、西井は大事な後輩だからな。迂闊なことには巻き込みたくねぇよ」
「でも今晩くらい、ちょーっと二人きりの甘い雰囲気味あわせてあげてくれても……」
「駄目だ」
ぶー、頑固者ー。イベントは始めが肝心なのに、4人でわいわいして終わりとは。
前時間軸では確かに放っておいても付き合いまでたどり着いていたが、それでバッドエンドに終わったという事は愛情値が足りなかったのだと考察した。だからこそ今のうちに愛情アップをはかりたかった。
できる事は余すことなくする、それが私のゲーム攻略信条だ。
意を決して、火の点いたままの花火を強く握りしめ、反対側の腕に押し当てる。ジュっと嫌な音がし、熱さというより痛みが広がった。反射的に持っていた花火を投げ捨てる。
「っ! せ、先輩さすがに火傷したかもしれな……」
「この阿呆! 救いようがない馬鹿だぞ!」
阿呆の上に馬鹿とまで言われるなんて。
案外悠長なことを考えていた私よりも、高坂兄は驚愕した表情をして、私を肩に抱えあげる。まさに荷物とか俵を抱えるような感じで。そしてそのまま目の前のマンションまで走っていく。何かこんなスチル見たことある気がするー。それはお姫様抱っこだった気がするけど。
「あ、お前ら。ちゃんと火の始末は忘れるなよ。苦情くるぞ、苦情」
事情を呑み込めていない佳乃と高坂先輩に指示は忘れていない。どんな時でもお母さんっぷりは健在のようだ。