情報収集が攻略の第一歩
うわー、照れくさい! 何でだか私の方が照れくさーい。
新人戦後の佳乃の態度はまさに花も恥じらうといった感じで、見ている私の方がむずむずした。
高坂先輩が他の子と話してたらむっとしてるし、話しかけられたら犬のしっぽ振ってるのが見えるくらい喜んでいる。しかも喜んでると悟られないよう、ツンツンした態度を取ってるのがまたもう、見てられなーい。
あら、今日も後ろできゃんきゃん佳乃の声が聞こえてくる。あの声の感じだと高坂先輩相手だな。
「きょ、今日はちょと調子がいいだけなんで、それくらいで褒めないで下さい!」
「はい、はい、佳乃ちゃんはいつも通り、機関銃みたいに元気だねー」
「機関銃!?」
あら、あら、まあ楽しそうで良きことかな。
「あ、楓ちゃん、シャンプー変えた? その匂い俺好き」
これさえなければな! 軽い。この人は軽すぎる。息をするのと同じくらい女の子を口説く。休憩時間中、どれだけ口説けば気が済むのか。そして回りの女子は何故それで喜べるのか。何故こんなので女子人気が高いのか理解できない。薄っぺらい言葉の何が嬉しいというのだ。
それにしても佳乃ってば、何が気になってるだけで、好きとか分からなーいだ。この時点で完全に惚れ込んでるだろう。
とはいえまだ、8月下旬。佳乃からの相談はあと1か月は先だ。さっさと相談してきて、告白に踏み切ってほしいものだ。
私の今回最大の目的の情報屋としての活動だが、裏で駆けずり回ったにも関わらず、残念ながら有益な情報は得られていない。誕生日、血液型、出身中学、好きな食べ物等々プロフィール帳に書けるレベルのことだけ。役に立たない。駆けずり回った結果がこの程度とは嘆かわしい。
一番気になるのは鈴音との関係性のことだが、周囲の噂には上がってこない。本人には聞きづらいというか、あの人と2人きりになるのが嫌だから聞けていない。もし何かあるのだとしても正直に答えてくれる保証はないし。
今日も大した収穫がなく、部活を終える。収穫はなかったが、練習は頑張った! 最近目的が変わりつつある気がしてきた。
さっさと帰ってゲームがしたいところだが、今日はごみ当番なので廃棄物置場までごみ箱を引っ張っていると……こけた。見事なまでにすっ転んでごみ箱のフタが吹っ飛んでいく。うぅ、恥ずかしすぎる。校舎裏なので誰にも見られなかったことだけが救いだ。
そう思った瞬間、背中に衝撃が走り、上から声が降りかかる。聞きたくもない高坂先輩の声だ。
「お前これ以上、ごみ散らかすなよー。せっかく片付けたのが意味ないじゃん。しかもそこ邪魔。思わず踏んだだろ」
な、な、な、踏んだ! この人私の背中踏んでる、っていうか蹴った!
「高坂先輩……わざとですよね。足どけてく、だ、さいっ!」
頼んだというか、勢いよく立ちあがって先輩の足をどける。
すると頭にぽいっと大きなものが被せられる。わー、ごみ箱のフタだー。
蹴り返した。それはもう見事なまでの回し蹴りが先輩の腹に決まった。もうこの人先輩だからとか敬ってられない。大丈夫、今は部活の時間外だから先輩じゃないと言い聞かせる。
先輩は腹を押さえて何ごとか呻いている。佳乃直伝の回し蹴りだ。どうだ、痛いだろう。私も身を持って実証しているから分かる。あの時は吐くかと思った。
「お前、あり、え、ねー」
「ありえないのは高坂先輩です! 普通後輩を踏みません」
「目の前で転んだら踏みたくなるのが当然だ。大体そんなの持ってるから転ぶんだ。お前の体よりでかいんじゃないか、そのごみ箱?」
そんなわけあるか! 確かに私はちょーっと人より身長が低いかもしれないが、150cmは超えている。逆をいえば、まあそれぐらいしかないのだが。
だが、だが、いくら大きいごみ箱でも体の半分くらいしかないし、大きくて持ち手に腕が回せず、手引きずってはいるが、全く持てない程ではない。
「……小学生並みか?」
こいつ、人が気にしていることを呟きやがった! 思わず見事なアッパーが先輩の顎に決まる。
「いやあ、すみませんね。小さいから、手を挙げた先がちょうど、たまたま先輩の顎でした。背が高い人は大変ですねー」
ごふっ! 結構な痛みが頭に広がる。
引き続き、ごすごすごすごすと頭をバウンドするように叩かれた。ちょ、ちょ、ちょっと、先輩、人の頭、叩きすぎ。
「パ、パワハラで訴えますよ!」
「当然の制裁だ」
ハラスメントだー。そして何を思ったのかごみ箱を拾い上げるとどこかに持っていこうとする。
「私のごみ箱持っていかないで下さいー」
「なんだお前の住処なのか」
いや、そんな、ヤドカリじゃないんだから。
足のリーチが違い過ぎるせいで、せこせこ後ろを付いていくだけで精一杯だ。
競歩かというくらい速足で歩いているのに追いつかない。さすがに走るまでするのは癪に障る。
「どこに持って行こうとするんですかー、ぎゃふっ」
急に止まられて背中にぶつかる。
止まるなら止まるって言ってほしい。鼻を打った。
「……廃棄物置場?」
うちの学校の廃棄物置場は校舎裏のドアから入った先にある。ちょうどそのドアの前に着いた。先輩は無言で中に入っていくので思わず付いていく。コンクリ吹きさらしの薄暗い通路を進み、ゴミの仕分け場までたどり着くとゴミ箱の中身をコンテナに放り込む。空になったゴミ箱を片手でぶらぶら持って外まで出てきたところでようやく状況を把握した。
「す、捨てに行くなら先にそう言って下さい!」
「短い脚でぺたぺた付いてくるから分かってるのかと思ってたんだが」
「分かんないから付いていったんですよ」
「あそこまで付いてきておいて何故分からない!? 無意識に付いてくるとかカルガモみたいな奴だな」
先輩が人助けするとは露ほども思わなかったんですと答えようとすると、ゴミ箱を放り投げ、ぶつけられた。一々、動きが荒い。
「……ドウモありがとうゴザイマシタ」
非常に癪だが、一応手助けはしてくれたみたいなので渋々お礼は言う。
「うむ。もっと崇めるがいい」
「勝手に持っていって勝手に捨てただけの先輩にかける言葉はありませんが、私は誰かさんと違って常識の塊なので、お礼を言わせてもらいマシタ」
「お前は先輩に対する礼儀がなってねえな。よし明日は追加で校庭10周走れよ」
「それ確実にパワハラです! ……前から思ってたんですけど、他の後輩に対する態度と違いませんかー?」
「そりゃ、お前が可愛くないからだろ」
ずばっと言ったなこいつ。別に高坂先輩に何を言われたところで傷つかないが、こうも率直だと返す言葉もない。
「だが残念ながら、俺としてはできるだけ多くの女子と蜜月の時を過ごすことを信条としてるからな。特にお前は部活の後輩だし、仕方なくこうやって絡んでやってるんだろ」
うんうんと納得したような顔で頷いているが、ありがた迷惑な考えでしかない。そもそもこれのどこが蜜月の時だというのだ。
「大体何なんですかその信条。頭腐ってるんじゃないですか」
「腕立て50回追加」
しまった。つい口をついて出てしまった。
「いいか。男にとって可愛い女子と絡むことは生理反応だ。男として当たり前の行動この上ない」
「確かに遺伝子を残すという生体反応としてはその通りデスネ」
佳乃がこの場にいたら、ちょっとした嫉妬でぷんぷん怒ったかもしれないが、私は冷めた解答しか言えなかった。もう好きにして。そんな感じ。
……待った。佳乃の事を思い出して思いついたのだが、今の話題ならこの男から恋愛的情報が引き出せるのではないか? あまりに高坂先輩が苦手すぎて避けがちなのだが、本来は情報収集、協力的行動に積極的にならなくてはいけない。頑張れ私! 涙を飲んで聞くのよ!
「そ、それじゃあモテモテの高坂先輩は学校中の女子と関わるようにしているんですかー?」
「ん? さすがに全校生徒は無理だったが、俺の眼鏡にかなった子とは一通り連絡先は交換しといた」
うわー、興味ない情報ありがとうございます。はっ、駄目駄目。一番聞かないといけないことがあるじゃない。
「素敵ですねー。じゃあ、1年の坂本鈴音ちゃんって知ってます?」
「おお。1年生の中で1番に声かけたな! いやーあの子は可愛い。ちょっとした感動だったな。もちろん連絡先は手に入れた!」
接点はそこか! それにしても普通知らない先輩に連絡先教えるか? 最近の子はプライバシー気にしないのかしら。
「へえぇ。あんな可愛い子とお話できるなんて羨ましい限りですね」
「いや、その時以外、1回も話してないな」
「意味が分からないんですけど。何のための連絡先なんですか」
「礼儀として連絡先は積極的に交換するけど、そこから先はこっちから押すタイプじゃないんでね。いわゆる来るもの拒まずってやつだ。あの子は俺にあんま興味なさそうだったし、これからも何もないんじゃないか? 少なくとも俺から動く気はない」
そんな馬鹿な! それともこの先どちらかが心変わりを起こすということか?
うーん。今考えても答えは出ないからこの件は保留かな。
すでに疲労困憊しているが、次の質問にいこう。そろそろ辛くなってきたぞ。
「そういえば礼儀、礼儀って言ってますけど先輩自身に好きなタイプはないんですかー?」
その質問を聞いて何故か高坂先輩はぎょっとした表情をした。
「お前、俺のこと好きだったのか……!」
「ないです!」
何とんでもない戯言を言っているのだろうか。
「女子が好きな人に聞く質問ナンバーワンだぞ、それ。さっきから珍しいことを聞いてくると思ったら、ついにそうなったか。気持ちは分かる。分かるが」
「今、私、先輩のこと可哀相なものを見る目でしか見れません」
「なんだ違うのか。お前、俺に悪態ばっかついてくるから、愛情の裏返しなのかと思った」
「裏も表も先輩には悪意しか感じておりません」
それを聞いて高坂先輩は高らかに笑った。
「だろうな。お前から一切そういう感情出てないもんな」
「分かってたなら、気持ち悪いこと言わないで下さいよ」
「うんうん、万が一ってことも考えたが、お前のは佳乃ちゃんとの照れ隠しとは違うしな」
「そうそう、佳乃の照れ隠しとは180度ちが…………は!? な、な、な、何言って。え。先輩知って……?」
思わず口をつぐむ。私がここで暴露しては台無しだ。だが、この口ぶりからして先輩は佳乃の気持ちを知っているのだろう。まあ、あれだけバレバレのツンデレっぷりでは分からない方がおかしいか。
「じゃあ、ちゃんとゴミ箱片付けとけよ」
気がつけば高坂先輩ははるか前方でスマホをいじりながら歩いている。上手くはぐらかされた気もするが、この情報を元に攻略の手掛かりを掴んでいかないといけないのだ。何だかすでに迷走中で困ったものだ。