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高坂晴輝ルート開始

「このドジっ子が!」

 前回と同じつっこみを叫びながら飛び起きた。

 再び学校の図書館のカウンター席。時間は16時20分。

 もしかするとここはセーブポイントなのだろうか。携帯のカレンダーを見ると5月。前回と同じ状況だ。

 16時半をまわり、図書室の鍵を閉める。

「成瀬、図書当番終わった?」

 背後から知った声。全く同じパターン。

 そして思った以上に自分が冷静でいることに驚く。

「終わった、終わった。オリテ旅行の買い出しね」

「お、ちゃんと約束覚えてたのね。関心、関心」

 そりゃあ、これで3回目ですから。忘れようもありません。

 

 ベッドに寝転がり、新しく買ってきたゲームを無心でプレイする。

 佳乃にゲームじゃなくて、旅行に必要なもの買いなさいよと突っ込まれたが、今私の心の平穏に必要なものはゲームをおいて他なかった。

 頭に糖分大量投入しないとやってられない。激甘、砂糖吐くこと間違いなしと噂の学園もの乙女ゲームで気分転換だ。 

 よくある男装しての学園潜入もので、女であることを隠し通してくれる5人の攻略対象とのハートフルゲーム! かっこ、はーと、かっことじる。

 実際これって犯罪だよね、とかは思ってはいけない。ここはあくまで日本風の学園であって、日本ではないファンタジー世界。日本の法律など介しない! そう思わないとやってられないよ、乙女ゲームって。

 好きだ、愛している、お前に傍にいてほしいと10代男子が絶対に言わない歯が浮くようなセリフをにやにやしながら聞くのが醍醐味ってもんよ。

 ――僕以外の誰にも触らせたくない。こうしてここに閉じ込めたら君は僕だけのものだよね。

 あー、ほらこんなセリフ10代男子が言わないって……てー、なんですと? なんで主人公は椅子に縛って部屋に閉じ込められてるのかなー?

 ――このまま僕だけと一緒にいて。その瞳に何も映さないで。

 待ってくれー、これってヤンデレルートじゃないか!

 セーブはしていないが、電源を切ってゲーム機を放り投げる。普段はヤンデレものも好きなんだが、今はちょっとそういう気分じゃない。むしろそういうのは忘れさせてほしい。 

 そのままベッドに仰向けになって今までの事を思い返す。

 告白して振られて駄目、付き合っても浮気されて駄目。

 それじゃあ今度は浮気されずに順風満帆なお付き合いを継続させればいいてこと?

 何故そこまで面倒を見ないといかんのだとも思うが、私の生死に直結しているのだから仕方がない。

 そもそも何故高坂先輩は浮気をしたのか。佳乃と上手くいっているように見えたのだが違ったのだろうか。それとも鈴音の魅力がそれだけ凄いということか。恐るべし、フランス人形ちゃん。

 そもそも高坂先輩と鈴音のつながりは何なのだろうか。接点は一切なさそうだが、冬ぐらいから一緒にいる姿が目撃されているとのことだ。

 考えても情報が少なすぎて分からない。実を言うと佳乃の会話から得られる情報だけで、高坂先輩も鈴音のこともよく知らない。あの二人と話をしたことすらないのだから。

 分かっています。失敗要因は情報不足です。ゲームでも情報提供キャラはいるもんね。はあ。こうなれば気は進まないが、あの手段を使うしかないか。


「1年4組、成瀬 灯です。弓道の経験はありません。皆より1カ月遅れの入部なので、迷惑をかけることは多々あるかと思いますが、宜しくお願いします」

 部活開始前に道場に部員全員が集められ、皆の前で挨拶させられる。部員は男女合わせて全員で30名程で時計回りに皆一言ずつ紹介されていく

 剣道部を1か月で辞めて、すぐに弓道部に入るというのは、あまり外聞もよくないし、したくはなかったが仕方がない。辞めると言った時の先輩のしかめられた顔が忘れらない。

 そうです。今度は攻略のための情報キャラ、お助けキャラになり下がろうというのが作戦です。

 佳乃は弓道部に入ると聞いて心底驚いていたようだ。何故と尋ねられたが、佳乃の話を聞いていて興味を持ったと答える以外なかった。

 まあ、弓道は弓道で楽しそうだから切り替えていこう。そうでないと教えてくれる側にも失礼だ。

「それじゃあ、今日から君の教育係になるから宜しく。半月程で1年の全体練習には参加できると思うけど、遅れている分しばらくはマンツーマンで教えるから」

 私の教育係だという先輩がそう伝える。男の先輩で名前はえーっとなんだっけ? 皆の紹介の時は別のことを考えていて聞いていなかった。おいおい覚えていくからいいだろうと思っていたし。だが、そこではたっと重要なことに気がつく。

「先輩! 聞きたいことがあります!」

 びしっと挙手して尋ねる。

「何?」

「高坂先輩でどの人ですか?」

「……」

 呆れられたような目で見られる。初っ端から練習に関係ない質問をしたらそうなるわな。

 だが観察対象が誰かが分からなければ私がこの部活に入った意味がない。

 確か眼鏡をかけた人だと記憶していたが、佳乃と一緒にいるのを数回、遠目で見ただけだからよく覚えていない。後は血まみれになった後姿だけ。

実際の姿を見たら思い出すと思ったが、私の記憶に該当する人がいなかった。

「……俺だけど」

「ふぇ!?」

 ま、まさかご本人様が目の前にいるとは。

「で、で、でも眼鏡かけてないですよ」

「部活の時は外すようにしてんの」

「アイデンティティ、ゼロじゃないですか!」

「いや、俺のアイデンティティ、眼鏡じゃないから」

 ははぁ。この人がくだんの高坂先輩かぁ。改めてまじまじと目の前の人を見る。

 色の薄めの茶髪で、無造作ヘア?っていうのだろうか、流行に疎いのでよく分からないがそんな感じ。袴姿は2年生以上は皆そうだから個人差はないけど、何て言うかこの人は……

「なんていうかチャラいですね!」

「…………喧嘩売ってる?」

「そうじゃないですけど、眼鏡外すと印象変わるんですね、全然気がつかなかったです」

「…………で、何? そのコウサカ先輩に用があるんじゃないの?」

「よく見たらピアス穴3つもあるじゃないですかー。穴開け系男子なんですねー」

「お前人の話聞かないってよく言われるだろ」

 そんなことはないのだが、噂の人物が思っていたタイプと違って少し浮き足だってる。あれえ? 佳乃からの話だと真面目系なタイプだと思っていたんだけどな。

「それとも何? 兄貴の方に用事? そっちもコウサカだけど」

「兄!? え、高坂先輩って二人いるんですか?」

「右から3番目の奴」

 すっと指を差された方向には、やけに体格のいい先輩が的前で練習していた。体格がいいといっても、ガタイがいいというより少し細身で引き締まっている印象だ。なにより背が高い。すごく高い。そして……

「チャラくはないけどヤンキーっぽいです! むしろそっちの筋の人間って感じですね!」

「……あっちはマジで喧嘩っぱやいから目の前で言うなよ。吹っ飛ばされるぞ」

「おおぉ。マジもんじゃないですか」

「で? 兄貴の方に用事?」

「えーっと。お兄さんって眼鏡かけてます?」

「いや、全く必要なし。あいつ視力2.0だし」

「じゃ、違いますね。高坂先輩……あ、目の前の方の高坂先輩で間違いないですね」

「お前が用事があるのは眼鏡なのか!? ……で、何?」

「は?」

「いや、コウサカ先輩が誰かって聞いたのはお前だろ? 何か用があるんじゃないのか?」

「やだな、何もないですよー。ほら雑談してないでさっさと練習しましょうよー」

 殴られた。無言で殴られた。何故だ!


 部活の練習は思った以上に楽しかった。最初は筋トレと型の練習をひたすらするだけだが、新しいことを覚えるのは無条件で楽しいし、今後弓を引くことに期待も高まっている。

 的前で弓を引けるようになるには7月くらいまでかかるらしいが、8月には近隣の高校との新人戦もあるとの事でワクワクする。

 それよりも驚いたことは練習時間が短いということだ。準備や片づけ、練習前の体操など含めて2時間程度。実際の練習は1時間半くらいしかしてないのではないか? 剣道部の時は自主練も含めていつも夜遅くまでしていたので、ギャップに戸惑う。

「先輩、練習時間短くないですか? 毎回これくらいなんですよね」

「さすがに大会前はもう少し伸びるけど、これぐらいだな。何だ、不服か」

「片づけも終わってるから、これから自主練もしないんですよね」

「別に無駄に長くやれば上手くなるってもんでもないしな。筋肉は破壊と再生の繰り返しなんだから適量ってもんもある。そもそも、うちの道場、照明がしっかりしてないから、夜遅くまでやってたら危ないんだよ」

「ふーん。そういうもんなんですね」

「思ったよりもやる気じゃないか」

「そりゃ、やるからには本気でしますよ」

「それは良かった。頼むから今度は1カ月で辞めないでくれよ」

 ぐっ。嫌みを言われた。返す言葉もないが、こっちだって好きで辞めたわけじゃない。

「ほら、これ。道具も袴代も馬鹿にならないんだから、頑張ってくれ」

 そういって道具購入申請用紙を渡される。道具と袴で占めて2万円ちょい。分かってはいたが結構痛い出費だ。ゲーム3本分か。しばらく新作ゲームは買えないじゃない。ざーんねん。


 残念なくらい部活にのめりこんでいた。剣道もいいが弓道も中々いいものだ。最初は全く引けなかった弓が引けるようになるのは楽しいし、7月に始めて的前で討った時はとても高揚した。当然的前に立てるようになったのは1年生の中で1番最後ではあったが、8月になると開いていた差はほとんど無くなっていた。

 水曜と日曜の部活の休みの日にも顔を出し続けたせいだろうか。元々、水曜と日曜の自主練日は存在しなかったが、やりたいと希望を出すと案外あっさり導入された。先輩たちも何人かはしたいと思っていたのだろう。2年の先輩は結構顔を出している。1年はあまり来ていないが、毎度来るのは佳乃と私ぐらいだろうか。

 前回、前々回もそうだったが、佳乃も私同様に部活中毒だ。私と違って勉強もはるかに出来るのが悔しいところだ。

 まさに文武両道。部活でも1年の中ですでに1番上手く、他の子との差は歴然に感じる。今日の新人戦でも佳乃が優勝するだろうとささやかれている。

 今日の新人戦は公式のものではなく、近隣の高校4校で毎年任意に行っている合同大会だ。だが、その年の各校の強さが測られ、今後の大会時のプレッシャーにもつながるので、決して手を抜いていいものではないらしい。私もかろうじて団体戦のメンバーには選ばれたが、慣れない武道館と始めての大会の雰囲気にどぎまぎしてしまい気もそぞろだ。

 今は次の試合の待機待ちで大人しく座っているが、少し手が震える。

「ほーら、何柄にもなく気負ってんだ」

 どこからやってきた高坂先輩にぐいーっと鼻をつままれた。

「やめてくださいよ、可愛くない顔がさらに崩れるじゃないですか!」

「大丈夫! お前は普通だ。中の中!」

 フォローになってない。自覚している分悲しい事実を突き付けやがった。

「冗談だって、真に受けるなよ。今大事なのは顔より大会だろ」

「イケメンのセンパイは、ナニかヨウデスか」

「何片言になってんだ。その緊張を解してやろうとこの俺がわざわざ出向いてやっているというのに」

 そう言いながら私の一つに結んだ髪をぺしぺし叩く。どう見てもからかいに来ているようにしか見えない。

「だーかーら、その眉間のしわ治せって。大丈夫だろ。誰もお前には期待してないんだからさー」

 笑いながら肩を叩くが、私にとっては大分笑えないぞ。

「ソウデスネー」

「そーそー、そもそも1か月遅れのお前が団体戦に出ていいって許可されてる時点で俺は信じられないぐらいなんだから、楽ーにやれって。気負ったところで当たるものでもないしなぁ」

「そ、そうですか?」

 うーん、一応激励してくれてるのだろうか。

 高坂先輩は言いたいことだけ言うと、他の子のところに行き、同じように励ましの言葉をかけている。頑張れよとか、今まで練習してきた分出せばいいだけだからとか聞こえてくる。え? 普通の励ましじゃないか? 

 そして頭をぽんぽん撫でている。出たー、イケメンにのみ許される行為! 女の子の方も顔を染めている。な、何なんだろうかこの態度の差は。

 まあ、こうやって後輩にフォローできるところは素直に尊敬できる。今日の新人戦に武道館まで付いてきてくれている先輩は3年の部長、副部長と1年の教育リーダーの高坂先輩だけなので、全員にフォローするのは大変だろう。部長、副部長は今は男子の部の方を手伝ってるので、特に。

 だが実は私は高坂先輩が苦手だ。教育係で最初の頃は付きっきりで教えてくれたので、感謝はしているが、浴びせかけるような毒舌は何とかならないものか。

 他の子にはそこまで酷い態度ではないので、出会い頭の私の反抗的な態度が気に障ったのかもしれない。自業自得だが、ここまで引っ張ることないのに。

 続いて高坂先輩は佳乃のもとに行き、同じように会話している。佳乃が好きになったきっかけはこの新人戦なので、何を話しているのか気になったが、距離が遠くて聞こえない。

「    」

 短い言葉で最後に何か言って終わり。他の子よりも大分短い時間だった。まぁ、佳乃は実力的にあまり心配することもないだろうし。

 そう思っているうちに前のチームが退場していく。次は私たちの番だ。気負うなと言われても緊張するものは緊張するんですー。八つ当たりのように高坂先輩をにらむ。こうなれば、お前の顔を的だと思って討ってやる! そう思うと少しだけ緊張が解れた、気がした。ふっ、少しは高坂先輩に感謝してやるか。

 

 惨敗した。いや、あくまで私個人がであって、チーム戦は2位と善戦したと思う。私以外の頑張りでだけど。4射中何射当たったかは……聞かないでくれ。

 それよりも意外なのが佳乃だ。佳乃なら優勝するよと皆から言われていたが、実際は3位だった。いや、20人中3位なら十分凄いと思うのだが、佳乃が3位なの? というしらっとした空気が他の子からは出ていた。文句を言ってやりたかったが、そういう空気感であって、実際に言葉にされているわけではないから何も言えなかった。

 佳乃自身は「うーん、もうちょっと頑張れたよね。次こそは優勝するよ」とあっけらかんとしているので、励ますのが正しいのかも分からない。

 だが、前時間で佳乃は大会でぼろ負けして落ち込んでいたと言っていなかったか? 3位をぼろ負けと言えるかは分からないが、顔に出さないだけで落ち込んでいるのだろう。佳乃はそういうところがある。

 少しでも励ましてやろうと思ったが、佳乃の姿が見当たらない。大会は終わり、今は片づけの段階だが、先に袴を着替えて集合場所まで行ってしまったのだろうか。

 部道館の入り口に姿はない。集合時間まではまだ時間があるからどこかで時間をつぶしているのかもしれない。くまなく武道館を見回ると、弓道場から少し離れた階段の下の椅子に座っている姿が見えた。

「佳――」

 すぐ先に高坂先輩の姿を見つけ、思わず壁に隠れてしまう。そうか! 今か! 今から噂に聞いていたラブコメが始まるのね! 色々と聞いてはいたが、キャーキャー喚く佳乃の概要だけでは、あんまり状況がつかめなかったので、わくわくしながら覗き見をする。

「何だ、落ち込んでんのかー?」

 声をかけながら高坂先輩は佳乃の隣に座る。

「別に落ち込んでなんかないよ。ただ、もうちょっと頑張れたかなーとは思っただけで」

「それを落ち込んでるって言うんだろー。もっと素直に他の奴の前でしょぼくれた顔でも見せてやれば、何にも言われなくなるんじゃねーの」

「だ、だ、だ、だから落ち込んでないって! そもそも他の子から何か言われたわけじゃないし!」

「あぁー? めっちゃ白けた空気流れてんじゃん。は? お前ぐらいの奴なら軽く優勝しろよみたいなやつ? はっはっはー、1年は分かりやすいなー」

 わ、笑いごとじゃねーよ! ちょ、高坂先輩、傷に、塩、塗るな! 言葉に出せずにパクパク口を動かすことしかできない。

「確かにちょっとは腹立ってる。勝手に回りが期待して、それに応えられなかったからって、勝手に幻滅して私のせい。でも私は期待されていたから、優勝するしかなかったの。そうやって私を持ち上げてくれた子にお返ししないといけなかった。何か言われても気付いてない振りしないといけないし、傷ついてもその姿は見せたくない。何より私がそうしたいと思っているんだから、それに向かって頑張るしかない……それでいいでしょ」

 佳乃は顔を上げて強くそう呟く。先輩に答えたわけでなく、自分に言うように。

 佳乃の吐露を聞いてドキリとする。佳乃は頑張る子だ。頑張って、頑張って期待された通りにする。期待を外れて非難されても受け止める。自分の心情は口に出さない。何があっても笑うだけ。微妙に完璧主義のある佳乃はその主義に背かぬよういつも必死で頑張っている。私はいつもただそれを見ているだけだた。

「ふーん。じゃ、頑張ってー」

 お前、それ、だけか! なぐさめるんじゃないのか、阿呆!

「言われなくても頑張りますよ」

「はあ、お前めんどくさい奴だなー」

 おい! 高坂、お前、後で絞めるぞ。

「お前がそうしたいんだろー。期待に応えたくて勝手に頑張るならそうすりゃいいし。一人で傷ついて、それを人に見せたくないとかほざくなら、一人で抱えこむなとも言わんし、誰かに相談しろとも言わん。勝手に落ちこんどけばー? あー……だけどな」

 にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「どーせ、そんなん次第に慣れて、勝手に成長してるだろ。人に言われるまでもなく、自分がどこまでやれるのかぐらい分かるようになるし、回りに何言われようが気にしなくなる。ま、人の成長法なんてそれぞれなんだし、それはそれでいいんじゃねーの」

 佳乃はきょとんとした顔をして、瞬間噴きだした。

「そうね、そうだわ。私そういう口悪いの嫌いじゃない。……頑張ろうって気になった。」

 そのすぐ後に佳乃ははっとして赤くなる。

「べ、べ、べ、別、別に嫌いじゃないイコール好きってことじゃないんだから!」

 あ、これは落ちてるな。そうかそうか、これが例の恋の始まりってやつかー。何というか……思っていた以上にラブラブ感はなかったな。むしろ高坂先輩の口悪っ!という印象しかなかった。これに惚れる佳乃も佳乃なのだろうが、真っすぐに頑張る佳乃には一番の言葉だったのだろうか。

 息を吐き、顔を上げるとぽすっと軽い衝撃が頭に与えられる。

「のぞき見とは趣味が悪いな」

「高坂兄先輩だー」

 相変わらずヤンキーの頭といえる風貌の高坂兄が前に立ちはだかっていた。男子の部を主にフォローしていた為あまり関ってはいなかったが、高坂兄は副部長として新人戦に立ちあってくれていた。

「何度も言うが、その呼び方はいい加減にやめてくれ」

「何でですかー? 高坂先輩のお兄さんだから、高坂兄先輩でいいじゃないですか」

「部活中まであいつの兄でいたくねえ。つかその理論ならあっちが高坂弟でいいじゃねぇか」

 それもそうだが、先にあっちを高坂と捉えたせいでどうもしっくりこない。

「でも今さら伊吹先輩って呼ばれても薄ら寒いでしょー」

 他の皆は兄を伊吹先輩、弟を晴輝先輩と名前呼びするが、どうも私は慣れない。

「……もういい、好きにしろ」

 この3カ月である程度私の性格を把握したのか、諦めたようだ。

「そうじゃねぇ、早く来いって呼びに来たんだよ。もう集合時間回ってるぞ。5分前集合だと何度も言ってるだろ!」

「はいー! すみませーん! あ、じゃなくて、しっー! あの二人いい感じなんだからもうちょっと気付かれないようにー!」

「は!? あの二人そうなってんのか!? 俺はてっきりお前が晴輝のこと好きなんだとばかり……」

「ない! それだけはない! ブラジルと日本が融合してもそうはならない! 大体何でそう思うんですか!」

 なんでそんな鳥肌が立つようなことを思われているのか。

「いや、お前入部当初から晴輝のことばっか見てるし」

「ないないない、なーい! ありえなーい!」

 佳乃の為に観察してたいだけなのにそう捉えられるなんて、何たる屈辱!

「あれ、どうしたの二人とも?」

 佳乃達にも気がつかれた。もうぐだぐだでしかなくなっている。

「あ、おい、成瀬。お前結果、最っ悪だったな。明日、腹筋100回追加な」

 高坂先輩からとんでもない勧告が言い渡される。

 最悪だ。っていうか私の結果は期待していないんじゃなかったのか。


 とにもかくも私達の新人戦は終わり、佳乃の恋が始まった。

 これからどんな複雑なパラメータ調整をしないといけないのか。考えるだけで気が折れるが、全身全霊やるしかないのだ! 


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