共通ルート攻略中
私の親友の佳乃について話をしよう。
親友といっても、この時間軸では出会って1カ月程なので、その肩書きは相応しくないかもしれない。言うなれば、仲はいいけど本音で全ては話せないんだよねーっていう、クラス替えそうそうにありがちな微妙な友達レベル? とはいっても、佳乃は竹を割ったようにさばさばした性格で、付き合いやすく、最初から私は好意をもっていた。
弓道部に入っているが、手が早く、射撃より打撃の方が得意というのが本人談だ。それは確かで、少しからかっただけですぐに殴られたりする。
見た目はすらっとした美人で、目鼻がぱっちりしているハーフ系の顔。けれども親しみやすい笑顔でなついてくるので、愛らしいという印象の方が強い。まさに綺麗と可愛いを兼ねそろえたパーフェクトガールだ。ただし男よりも女子からの人気の方が圧倒的に高い。
そのパーフェクトガールに恋愛の手助けなどおこがましいかもしれないが、事実、別の時間軸では失恋しているのだか仕方がない。
前時間軸では10月頃に恋愛相談を受けたのだが、やれ好きじゃないだの、やっぱり友達でいるだの、うだうだしていて、告白を決行したのが2月のバレンタイン。その決意から実行まで約1カ月以上かかっているのでかなりのローペースだ。そしてその間に他の女に獲られているのだから救いようがない。
つまりはそのローペースを克服すれば勝ったも同然だ。尻を蹴飛ばしてさっさと告白させるのが私の仕事というわけだ。
「佳乃ー、水曜は部活オフっしょ? 寮まで一緒に帰ろうよ」
「そのまま帰るの? めずらしいね、たまのオフの日はいつもどっか遊びに行ってるのに」
「いや、まあ、たまにはね」
まさか今からあなたの恋愛事情を根ほり葉ほり聞くからです、とは言えず、曖昧な返事で帰りを促す。
普通に帰れば、同じ学校の寮生が通学路にはあふれているが、寮の裏口側に回るルートの道はほぼ人通りがない。
「なんでこの道?」
無駄に遠回りになるだけなので、当然佳乃からも疑問を投げかけられる。
「気分転換。せっかくのオフなんだから散歩でもしないと」
「はあ。だったら普通に遊びにいけばいいじゃない。寮の裏道なんてカップルかヤンキーだけしかいないでしょ」
「カップル! いい話題ですね、佳乃さん! 言い方が古臭い感じもするけど、この際気にしない。カップルの話をしようじゃないですか!」
思いがけず、向こうからきっかけを引き出してくれて助かった。妙なハイテンションになった私に佳乃はたじたじになっているが構わないで続ける。
「ずばり聞こうじゃないの! 佳乃は今好きな人いないの?」
「いないけど」
ずばー。冷めた目で否定された。
「そんな馬鹿な! いや、本当はいるよね。だって高校生になったんだよ。新しい出会い、新しいイベント、新しいスチルがわんさか出てくるでしょ」
「す、す、すちる? 鋼のこと?」
惜しい、それはスチール。
「大体、高校入ってまだ1カ月だよ。そんなぐらいで人を好きな人できる?」
「えー? ゲームだと見た目で攻略対象決めて、3個くらいイベントこなしたら告白、そしてエピローグで結婚スチルじゃないの?」
「3個くらいの出来事で告白にもっていくものなの!?」
「普段の会話イベントとかがあるから何かそれっぽくなるんだよ。好感度が上がると話し方が変わっていくのはポイントだよね!」
「……リアルじゃ無理な感じだね」
しまった、そういうものなのかー。
「で、でも好きな人はいるで……しょ?」
「だからいないってば。今のとこ恋愛には興味ないし」
「う、う、う、嘘だー! いるの。ぜったいにいるんだって。思いかえしてごらん。例えば同じ部活とか同じクラ――」
「しつこい!」
ぐっ……! 腹を殴られた。文句を言おうとしたが、むせて言葉にならない。この女、結構本気で殴りやがった。
だけどこの様子だと本当に好きな人はいなさそうだ。
あれー? おかしいなー? 前、相談を受けた時は何て言ってたんだっけ?
――あのね、恥ずかしいんだけど。もう、本当恥ずかしいんだけどさあ!
とか言って照れながら何度、殴られたことか。
「好きな人がいる」の一言を聞くためだけに大分負傷したので間違いではない。頭が忘れてもその時の痛みが覚えている。
――部活の新人戦でぼろ負けしたんだけど、その時になぐさめられたのがきっかけでね。
新人戦? 弓道部の新人戦は確か8月上旬と言っていた。ってことは今はまだ誰も好きではなくて、その人のこと好きになるのは2カ月以上先のこと?
「それにね、あんなのがあるから、私、男は好きになんないわ」
そういって指さした方向には、寮の裏口前に二人の男女。ぜったいに別れない!……いやマジ無理だから……という会話を延々と続けている。痴情のもつれというやつか。
「男女のドロドロって苦手なんだよね。だから自分がそういうのにあんまり関りたくないんだよ」
「でも、これもまた一種の恋愛の楽しみっていうか……あ」
口論がヒートアップしたのか、男が女の子を突き飛ばす。弾かれるように尻もちをついた女の子を見るやいなや、佳乃はかっと目を見開き走り出す。
「何があろうと女の子に手を出すやつは許さーーーん!」
おお。見事なとび蹴りが決まった。その後は、相手の胸倉をつかんで説教している。
こういう真っすぐに行動できる佳乃に私は好感を持っている。
だからこそ不思議でならない。佳乃はいつも暴力的だが、あくまでそれは冗談の範囲内にとどまる。何だかんだいって、多少のことでは本気では怒らないし、間違ったことは違うと、嫌なものは嫌だと真っすぐに相手に言う。
男女のドロドロが嫌という佳乃が、そのドロドロが原因で人を惨殺するのは何故なのだろうか。
それを考えたところで答えはでないが、刺殺されたくはないのでそれだけは回避しないといけない。さてどうしたものか。
「あのね、恥ずかしいんだけど。もう、本当恥ずかしいんだけどさあ!」
お風呂上り、自室でごろごろしていると、佳乃が突然部屋を訪ねて、おもむろにこんなことを言いだした。
なんだろうこの既視感。
「その、ちょっと聞いてほしいことがあって」
頬を染めながら下を向いてぼそぼそ話す。
「な、な、何かな?」
おそらく私は今佳乃以上に動揺しているだろう。
「いやあ、その、うーん、やっぱやめようかな、だって本当に何て言っていいか分かんないんだけど、でも誰かに言いたいっていうのはあって……」
照れ隠しなのか、意味のない言葉を繰り返しながら、背中をばんばん叩いてくる。ちょっとやめて。痛い、痛いから。
「ホント、成瀬だから言うけど、いや、成瀬にだから言いたいんだけど! でも上手く言葉にならなくて……そう、えーっと例えるならなんていうか……」
「ええい! うっとうしい! 好きな人が出来たって話でしょ!」
ああ、私から言ってしまった。ものすごく驚いたのか佳乃は面白いくらい赤くなって、声にならない声をあげている。
知ってますよ。その告白を聞くのに今から1時間もの時間を費やすことも。その間に腹に2発、頭に1発、背中に無限大の打撃を与えられることも。だから今回はそれショートカットしてもいいよね。
いつのまにか大分肌寒い季節になっており、湯冷めしそうになったので、椅子にかかっていたカーディガンを部屋着の上から羽織る。そう、いつのまにか季節は秋。本当にいつのまにもう10月?
ええ、それは私の怠慢です。分かってます。だって2カ月以上も先なら、自分のしたいことしたっていいじゃない。私は剣道部に所属しているのだが、部活中毒でほぼ毎日道場に通っている。部員は皆活動熱心なので、活動日以外も自主練している人や朝練している人が必ず何人もいる。それにつられて部活に精を出してもいいと思わない?
剣道は高校から始めたので、入部当初は見れたものではなかったのだが、10カ月分の経験があるせいで実際の入学当初よりはマシな動きができるようになっていた。先輩はそれを急成長と思って喜んでくれたし、それに答えるために前時間軸よりも練習を増やしていた。体力は変わらなかったので、体力作りは結局必要だったし、10カ月たらずの経験では、中学の頃からの経験者には足元にも及ばない。だから、頑張って練習して、練習して……佳乃の恋愛事を忘れていた。結局前と変わらぬ状態をたどっている。
「何で、何で、何でー!!!! そんなに傍から見てバレバレなの!?」
佳乃は我を取り戻して、真っ赤になって叫んでいる。
「同じ部活の高坂先輩だっけ。眼鏡の」
「眼鏡なんて、学校の男子の3分の1が眼鏡じゃん!」
別に眼鏡だから分かったわけじゃないのだが。
佳乃の話はキャーキャーとしたわめき声と照れ隠しの暴力が大半だったので、勝手に要約するこうだ。
部活の新人戦で、ぼろ負けした時に思いもかけない言葉でなぐさめられたのがきっかけで気になりだした。恋じゃないと自分では思うのだけど、一緒にいるとどうも気になって気になって仕方がない。どうしたらいいですか。との事だ。
「ペンネーム よっしさんありがとうございました。それは恋ですねー。告白しちゃって下さーい。それでは次のお便りにいきまーす」
「何でラジオ風!? 私は真面目に――」
「私も大真面目よ。即効、迅速、今すぐに告白すべき!」
びしっと佳乃の顔面に指を突き立てる。
「そもそもこれが恋だって保証も――」
「絶対、確実、百パー恋なの!」
そのまま指を佳乃の額に突き刺し、ぐりぐりすると、佳乃は眉をへにゃっと下げる。
「前も言ったけど、私男女の恋愛のごたごたが苦手なのよね」
「それでも」
「それでも?」
「それでも好きになるのが恋愛なんです」
佳乃は顔を伏せて机につっぷしてしまった。
ぶつぶつ何事呟いている。よっぽど悩んでいるみたいだ。
「大体さぁ、私がそれは勘違いに違いないって言ったところで、気にならなくなるものじゃないんでしょ」
これは事実だ。前に相談に乗った時は「私、恋愛経験ないからよく分からないんだよね。乙女ゲーム的にいえば恋じゃない?」と正直に切り捨てるように答えた。その時は高坂先輩の事も全く知らなかったし。それでも私のあずかり知らぬところで着実にイベントはこなし、自分で告白するという結論にまで達したのだから、本当に恋なのだろう。
突っ伏したまま、佳乃はわずかに顔をあげる。
「そうだけどー……でもー」
「よーし! では聞こうか! 高坂先輩が女の子と一緒にいたら嫌じゃないかー?」
おーっと拳を天井に突き上げて聞く。
「腹立つよね、実際先輩よく女の子に囲まれてるしね」
「ほらほら~。嫉妬じゃない?」
「純粋にイラつく感じ? とりあえず見かけたら無駄に文句言ってるけど」
それは何か違うかも。
「その中の女の子の一人になりたいとは思わないかー?」
「何で先輩の取り巻きにならないといけないの! 別に皆と一緒にいたいとかじゃなくて!」
佳乃は突然顔を上げ、机を叩いた。
「二人きりで一緒にいたいと」
「ち、ち、ち、違……! あ、ああーもー! うぅ……」
また机に突っ伏し戻る。うーん、見ている分には面白い。
「旦那ぁ、認めちゃったら楽になりやすぜ」
何故か刑事ドラマ風口調。
はぁーっと長いため息がつかれ、佳乃はごろりと後ろに倒れる。
「分かった、分かった! 認めます。多分そう。だって分かるでしょ、成瀬に相談しに来てる時点でほぼ答えは出てるじゃん」
欲しかった答えを引きだし、とりあえず第一関門は突破だ。
「じゃ、明日告白ね」
「無理! なんでそんなすぐに行動させるの!?」
「告白は鮮度が大事なの」
この鮮度に3名の人間の命がかかってるんだから。とはいっても明日、明後日じゃさすがに無理な話か。
「期間を決めようか。んー……12月くらいがいいかな。クリスマスまでに恋愛イベントを3つ起こして告白!」
「むりむりむりむり。あと3カ月もないんだから、せめて卒業し……」
「遅い!」
私の右ストレートが佳乃の顔にクリーンヒットする。どうも最近カウンター技を返しているせいで、私まで手が出るようになってしまった。いつもなら反撃されるが、混乱しているせいか、無理無理! と首を振って焦っているだけだ。
「人間の心理的に好きになってから3カ月までに告白が一番成功しやすいの。長期戦だとこっちも気持ちが落ちてくるし、勢いが足りなくなる。だらだらと会話イベントだけ3年間して、とりあえず告白しておくかー程度の惰性で最後に告白しても、断られるのが落ち!」
「お、おおぅ」
口先の出まかせだが、何とかそれっぽいことをいって告白に持っていかないといけない。
佳乃は私の与太話を信じているのか、目を輝かせ頷いている。少し罪悪感を感じる。まあ、実際の恋愛経験はゼロだが、ゲーム内では攻略対象二桁だからいいよね。
「普段は電話イベント、会話イベントで好感度を上げながら、デートイベントに数回持っていく。クリスマスという重大イベントが2人で過ごせる状況ならフラグは立っているから、クリスマスイベントの帰りにでも告白すれば成功間違いなし! いいかー、恋愛は勢いだー!」
おおーっと拳を高く突き上げる。当日はマジでお願いしますよ、サンタさん。
定番の乙女ゲーム攻略が、まさか現実でも通用するとは!
冬休み明けに「付き合いだしたんだよねー」と照れた笑みで言われて心底驚いた。
随時イベント報告は聞いていたから裏で頑張っていたのは知っていたが、最近は私が剣道部の冬季大会に向けて必死だったせいで、少々おざなりになっていた。
それなのに見事に自分で成功ををつかんでいたことに、多少の懺悔と大きな感動を感じた。
あまりに嬉しくて佳乃の手を握りぴょんぴょん飛び跳ねる。
「やだな、なんで成瀬の方がそんな喜んでるの。……今までずっと相談に乗ってくれてありがとう」
あの、攻略法が役に立っていたのかは疑問だが、結果良ければ良しとしよう。
「ほら、その高坂先輩と一緒に帰るんでしょ。早く行きなよ」
うん、と微笑み昇降口までかけていく佳乃は今までにない乙女顔で心底幸せそうだ。
おめでとう佳乃。
そしてありがとう、私の生存ルート!
そう思っていた時期が私にもありました。
――高坂先輩が浮気しているかもしれない。
そんな告白聞きたくなかった!
告白成功1カ月後の出来事です。早いよ! 何? 最近の男女はそんなんなの!? 乱れ過ぎでしょ。
冬の青空の下、外気にさらされた屋上は凍るように寒い。少しでも暖まるように縮こまって座るが、それ以上に寒いものが心の中にしみわたっていく。
「いや、でも……かもしれない、だけでしょ。高坂先輩もてるし、過敏になってるだけなんじゃ」
佳乃は首を横に振る。
付き合いだしてから、高坂先輩は基本的に女の子の誘いは断るようになったらしい。
だがある特定の子とだけよく一緒にいるのを見かける。
付き合う前より、一緒に過ごす時間が短くなった。
よく携帯を触るようになった。
……確実に浮気してんじゃね?
はっ、駄目。ここで肯定したら確実に駄目な気がする。
「ほ、ほら、男の子って付き合い出すと自分のものになったっていう安心感があるから態度が変わる人は多いって言うし。でも、別にそれは好きじゃなくなったとかではなくて」
「その一緒にいる特定の子っていうのが」
佳乃は私の言葉をさえぎるように、ある子の名前を出した。
それを聞いて愕然とする。
坂本 鈴音。私たちと同じ1年で、めっちゃ可愛い。
超絶小顔でふわふわとした茶色のセミロングの髪の彼女はフランス人形を思わせる美貌だ。佳乃が美人系ならこっちは可愛い系で、1年女子は佳乃か鈴音といわれる程の人気ぶり。ちょっとわがままっぽいところがあり、女子からの不人気はすごそうだが、案外そうでもない。嫌いから好きにさせる天才らしい。
目の前で「うざい」と言ってきた女子先輩をじっと見つめ「嫌いになっちゃいやです」と言ったら、その可愛さに先輩は3秒でノックダウンして、今では親衛隊の一人になっているという逸話まである。うーん、あざと可愛い。
うちの学校では幽霊部員しかいない美術部に何故か所属していて、ほぼ一人で真面目に活動している。彼女目当てに入部したいといってくる人も大勢いるが、彼女自身が「部内恋愛は禁止だからいやなのです」と言って入部させない。そんな不思議ちゃんさも相まって人気なのだろう。
佳乃は鈴音の可愛さに不安を覚えているのかもしれないが、私は別の意味で冷や汗が出ている。
坂本鈴音は前の時間軸では紛れもなく高坂先輩の彼女であり、おそらくそれが原因で佳乃に殺害された。
その子が次の時間軸では浮気相手とな。何だろうこの、しちゃいけないことをした感じは。どうやってもこの二人が結び付くってことは運命の相手とか……。いや、運命など不確かなものは信じない主義なので、その問題には蓋をしよう。
今は浮気問題だが、前回のことを考えるとこの浮気は勘違いではないと思う。
何としても3月までに浮気を破局させなくては、あの悲劇が形を変えて降りかかる気がする。
「佳乃! 少し時間をちょうだい。ほら、確かな浮気調査って必要でしょ。勘違いってことも十分にありえるんだから。それに坂本鈴音と高坂先輩はただの友達とかいう関係だったら、一緒にいても不思議じゃないでしょ」
「鈴音とは前からひと悶着あったんだけど、その事から考えても多分鈴音は友達でいようとは思っていないんじゃないかな」
「ひと悶着もふた悶着も起こさないでええぇ!」
知らないところでバッドエンドフラグが積まれているとか怖すぎる。
「とにかく、一旦落ち着こう。大丈夫、絶対なんとかするから、ね!」
佳乃の肩をゆさぶって無理やり納得させる。
「いい、絶対、勝手に何かしちゃ駄目だから!」
最後に念を押して、屋上の階段を駆け下りる。今は一分一秒でも早く何とか状況を改善しないといけない。いけない、いけないが……何をしたらいいのさ!
勢いで出てきたけど何すればいいの? さっきから学校を走りまわってるけど、これって何か意味ある? たぶん無意味。私の阿呆!
ああ、ゲームで選択できるってとても楽なことだったのね。助けて選択肢。
あれから2週間。進展は何もない。何もないどころかどうすればいいのかの目途もたっていない。
とりあえず、空いた時間はライバルの鈴音の様子をうかがうことを日課としているが、浮気をしているようなそぶりは見せない。鈴音ちゃんが可愛いことだけはすごく分かった。何だかストーカーにでもなった気分だ。
今の状況では部活も身に入らないので、自主練は控えて今日も鈴音のいる美術室の様子を見に行こうと足を運ぶ。中庭の桜の木の下からは美術室の窓が近く、中の様子を観察することができる。
いつもの定位置につこうとしたが、視界の端に一人の女子が南校舎に続く渡り廊下を歩いているのが見えた。生徒が校舎を歩いても何の問題もないが、その人物が佳乃であることに不安しか感じなかった。
南校舎には美術室がある。まさかと思いながらも佳乃を追う。
「佳乃ー、何して……るの?」
佳乃の後ろ姿を確認してぎょっとする。
本当に何をしているのだ、包丁を手にして。
少し古びた包丁はどこかで見たような気もする。家庭科準備室から取ってきたのだろうか。今の時分に管理はどうなっているのだ。
廊下は西日が強く入りこみ、振り向いても光で佳乃がどんな表情をしているのか見えない。
「分かったことがある。そして確かめたいことがあって」
「何それ……」
「大丈夫だよ、別に腹かっ捌いたり、内臓引きづり出したりして殺害するわけじゃないから」
そういって、美術部のドアに手をかける。
「待て待て待て! その発言自体が不穏なんだけど!」
あわてて制止するよりも早く、佳乃がドアを開けようとした。
だが、それより先に中から誰かがドアを開けて出てこようとした。
「え!?」
思いがけずに驚いて佳乃は一歩下がったが、体制を崩して後ろに倒れる。
――がりっ
思いがけなかったのは私だ。バランスを取るため、大きく手を振るように倒れこんだ佳乃の持った包丁の刃先が私の首先にささる。
骨に刃物が刺さったような鈍い音が頭に響いたが、正直今の自分の状況がどうなっているのか把握できない。自分が倒れているのか起きているのかも良く分からず、視界が赤くなる。見事に頸動脈でも切れたのだろうか。ほんっとうに佳乃はドジっ子だと思う。普通そんなに上手く急所に刺さる?
前回の悲劇を回避しようと、親友の恋愛を成就させたらどうなるでしょうか。
結果、死期が一か月早まりました。