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ヤンデレ発覚の予感

 穏やかじゃない。全然穏やかじゃない。

 冬にしては暖かく、昼の陽気でぽかぽかしている美術室の中。そんな気温とは裏腹に場の空気は完全に冷えている。

 美術室が真っ赤に染まっているのは、絵具の色だけではない。人間から飛び出た血しぶきが、床を机を椅子をキャンバスを濡らしている。部屋の温度が暖かいのはもしかしたら、この血だまりのせいだろうか。

 その中心にいるのは、私の親友の佳乃だ。

 男勝りだが、美人で明るく活発な彼女は典型的な人気者だと言える。漫画でいえば主人公かヒロイン。そのポジションの佳乃が何故、包丁を片手に息を荒くしているのだろうか。

 彼女の足元に転がっているのは二つの体躯。佳乃が好きだと言った男。それとただの女生徒――いや、数日前にその男の彼女となった女の子。

 すでに二人とも真っ赤になっており、微かに痙攣している。まだ生きているかどうかは考えたくもないが、思ったよりも傷は多くない。案外、人の体は頑丈で、女の手では刺すという行為も大変なのだろうかと変に冷静に考えている自分に気づき笑いがこみ上げる。

 こんな場面で、いやこんな場面だからだろうか。テンションがおかしくなって爆笑してしまいたい。

「成瀬」

 大きく息を吐ききった佳乃が私の名前を呼ぶ。

 私は教室の隅でへたり込んでおり、顔を上げることしかできなかった。

 別に私自身には死に直轄するような外傷はない。最初に包丁を持ってきた彼女を制止しようとした時に、振りまわされた刃先が一筋腕をかすめた傷だけ。だけといっても刃物で皮膚を切り裂かれるというのは正直痛いし、自然と止血するレベルの傷の浅さでもない。普通の女子は傷口を押さえ込み痛さに耐える以外できないと思う。

 それに痛みだけの問題ではない。普段明るい彼女が、人をめった刺しにしている様子を見た後で、何と声をかけていいか分かるわけがない。

「安心してよ。成瀬を殺すわけないじゃない。これだってさ、なんで本当こうなっちゃったんだろうね」

 泣き出しそうな笑みで佳乃は辺りを見回す。

「あー、ごめん。腕、怪我させちゃったね。謝って済む問題じゃないけどさ、ちゃんと手当だけさせ――」

 佳乃は本当に手当てしようと私の方に一歩踏み出したのだろうが、彼女は剥がれかけた床のタイルにつまずき、その後は言葉にならなかった。

 まさかそのまま見事私の方に全身で倒れこみ、佳乃の持っていた包丁が私に思いっきり突き刺さった。

 彼女は元気で明るくツンデレで、学校ではまさにヒロイン的存在だった。そう。ドジっ子属性も兼ね揃えたヒロインだ。

 だがそのドジはこんなところで披露しないでくれ!

 そんなつっこみを言葉にすることもできずに私は多分、昇天した。



「このドジっ子が!」

 抑えきれないつっこみが口を思わずついて出た。

 が、自分の状況を把握できずにぽかんとした。ここはどこー? 私はだれー? の記憶喪失状態、だと思ったが案外見慣れた場所で、即座に自分の状況を理解した。

 ここは学校の図書室。そしてカウンター席に座っているから、今日は委員会の当番なのだろう。時刻は壁かけ時計で16時20分。放課後の委員の時間だ。

 この時間だとほとんど図書室に人はいないが、奥の席に座っている2、3人が私の方をちらちら見ているから、さっきの突っ込みを聞かれたのだろう。わーあ、恥ずかしーい。

 ん、ん、ん? となるとさっきの佳乃さん大波乱は夢? あー、ですよねー。いくら何でもあれはないわー。普通そうだって。いやでも、夢って潜在意識の見せるものっていうじゃない。そうなると私、佳乃に何かサイコ的な印象持ってるってこと? 

 おっと、時間は16時半をまわりました。図書室は閉館の時間なので、残っている人に呼び掛けて部屋を追い出す。後は鍵を閉めて職員室に返すだけというところで後ろから声をかけられる。

「成瀬、図書当番終わった?」

「きゃーーーー! 殺人犯! 出たな、知ってるんだから! 包丁振り回すサイコ野郎だって!! 今度はそうはいかないんだからな! やられる前に倒してや――」

 すぱーんと頭を叩かれて冷静になる。

「何寝ぼけたこと言ってんの」

「……ごめん。なんか、ずっと抑圧されていた緊張がやっとほどけたというか」

「意味分かんないんだけど」

 正直私にも分からなかった。夢だと分かっているのに、やけにはっきりとした記憶と恐怖が脳裏にこびりついて離れない。

「まあ、いいや。それよりさ、明後日のオリエンテーション旅行の買い出し! 当番終わったなら早く行こうって」

「オリテ旅行? 何言ってんの、そんなのとっくに終わったでしょ。あれは1年だけで2年生はないよ」

「やっぱ寝ぼけてる? その1年のオリテ旅行だけど」

 呆れた顔で佳乃が私を見てくるが、私の方がぽかんとした顔をしていただろう。だって、そんなはずはない。今は3月で、もうすぐ2年生に上がるというのに。

 そこではっとあることに気がつく。

「桜……」

「さくらー? ああ、もう完全に散っちゃったね。それがどうかしたの?」

 廊下の窓からは中庭一帯が見え、春には桜の木がきれいに咲き誇る。先日、ようやく開花を迎えたはずなのに、今見える風景は葉桜ばかり。

「あのさ、今って何月なの?」

「まだ寝てるのかな? 5月14日。オリエンテーション旅行2日前。なんなら西暦も言ってあげようか」

 そんなことがあるのだろうか。私の中では今日は3月、春休み3日前を控えていたはずだと思ったのに。まさか図書室で10カ月もの長編の将来の夢を見ていたのだろうか。それともタイムワープとかSF的なことやらかしてるとでもいうのか。

 どっちにしろ開いた口がふさがらない。


 佳乃との買い物も早々に寮の部屋に飛び込む。部屋のカレンダーを確認しても、10か月前の日付を示していて落ち込むが、昨日と何も変わらない様子の部屋を見て少し落ち着いた。しかし部屋の散らかり具合の違いや2カ月前に壊した時計が壊れてないことを確認して、もう一度頭を抱えた。本当に10カ月前の時間に戻るとかSF的なことをしているのか。

 実際にこういう立場になると、あんまり嬉しいとかはないんだなと思った。何ていうかただ混乱している。

 そうだ混乱を治すにはいつもと同じライフサイクルが必要である。そう! ゲームをしよう。何を隠そう私の趣味は乙女ゲームだ。一年程前に、ちょっと殺伐とした頭に糖分与えてやろうと思って何となく始めたのだが……まさかどハマリしてしまったのだ。

 いそいそと電源をつけて現実逃避だーっと、あ、あー、しまったゲームが最新じゃない! やったことあるよこれ! めっちゃ全ルート、全エンディングまで覚えてるよ! やっぱ夢じゃないんだね、よく分からない何かがあって過去に戻ったんだね、っとゲーム画面を見てようやく実感ができた。思っていた方法とは違ったが確かに混乱は解けた。

 混乱から回復したことだし、そこそこ記憶は薄れてるゲームをもう一回楽しむことにするか。

 カチカチとイベントを進めていき、そこそこに一喜一憂する。

 しまった、このままじゃ普通にハッピーエンドだ。せっかくだから三角関係エンドに進めようか。こういう時クイックセーブがあるとすぐに戻れて楽……? 

 んー、何かが引っ掛かる、楽? セーブ? ハッピーエンド?

 その時、脳に衝撃走る。いや、もう本当にそんな感じ。

 このまま放っておいたら佳乃の惨殺エンドは繰り返されるに決まっているのだ。ループものの乙女ゲームだって、今までやったことあるでしょう。それと同じ! 悲劇は回避すればいい。

 そう! きっと私は佳乃の悲惨な未来を回避するために過去に戻ってきたのだ。うーむ、ここまで来るとむしろ映画とかアニメ系だな。どうやってーとか何でーとかはこの際、無視! 最後まで伏線回収されないループ系など五万とある。今回もそれだ、それ!

 

 確かに私は知っている。

 この10カ月の間に佳乃は恋をして、その人の為に頑張っていた。それこそ乙女ゲームの主人公のごとくのパラメータ上げだった。 

 正直、お前ら両想いだよね、と傍から見たらそれぐらいの仲の良さにまでなっていたと聞いた。それなのに数日前に佳乃は告白して振られた。多分、原因は他の女の子を好きになったから。直前になってそりゃないでしょ。

 そしてこれは推測だが、それが原因であの惨殺事件を佳乃は起こしたのだと思う。

 だったら私がすることは一つでしょう!佳乃の告白を成功させてハッピーエンドに導くこと! 作戦名は「佳乃の王子様☆ (ジャンル:恋愛アドベンチャー、価格:未定)」に決定で。乞おう、ご期待!


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