1 動物選びは計画的に
百獣の王といえばライオンだ。そりゃ動物園で実際に見てみたなら、シベリアトラとかの方がもっと強そうにも感じるが、やはりライオンには独特のカッコ良さがある。
譲はそう思っている。
キングと言えばライオンだろう。世界的に有名な外国アニメ映画の影響もあるかもしれないが。
「なんだ、川原さん、コサギにしたのか。まあ、コサギっていうと、優雅なイメージだよな。日本画によく使われるモチーフというか、めでたい鳥っつーか」
「そういう高梨さんは何にするの?」
同僚でもある川原静乃は白鷺の一つであるコサギにしていた。静乃は黒髪を顎の辺りで揃えた同い年の女性だ。しかし、「いい? 女性ってのはね、二十歳から以降は年を取らない生き物なのよ」と、主張されたので、それ以上は言わない。
同僚で仲は悪くないが、お互いに恋愛感情がないからうまくいっているケースだ。
「どうせならライオンとか虎とかって、格好いいと思わないか?」
「そんなの目立ちすぎるわよ」
まさか子供っぽい理由で選んだとは言い難く、それでも少しは同意してくれないかと思い、譲は控えめに問うてみる。だが、あっさり却下された。
女性にこのロマンは分からないんだな。そう思うしかない。
「ジャングルの中なら平気だろ。強い動物にしておけば他の動物にも襲われないし」
「え? 人との接触、しない気なの?」
「どっちかってゆーと、俺、ジャングルを堪能したい」
ここは理解を求めても仕方ない。そういうことにしておいて、高梨譲は、やっぱりライオンを選んだ。
人に遠慮して迎合しても仕方ない。自分がしたいことをして、選びたいものを選んだ方がいいじゃないか。その方が、変な後悔を残さずに済む。
「そういう楽しみ方もあるわよね。人との接触だけが全てじゃないわ」
そんな譲の気持ちが伝わったのか、静乃もすぐに笑顔で賛同してきた。
「さて、高梨君、川原君。生き物が決まったなら、後は場所と時代を選んでくれ」
そう言って岸田教授が笑顔で促してきた。岸田教授は五十代前半。黙っていれば渋み混じりのカッコ良さがあるが、口を開けばのんびりとした穏やかさしか感じない。
「はい。・・・だけど、私と高梨さんだけ一番乗りで体験できるだなんて、他の人に悪い気がしちゃいますね」
「しょうがないさ。今は冬休みだ。まさか高梨君と川原君が大晦日にも研究室に顔を出してくれるとは思わなかったからな。いち早くのお楽しみが、君達への特別お年玉と思ってくれ」
そんな岸田教授のアバウトな所が譲も好きだ。四角四面な人より、そういう大らかな人の方が一緒にいて居心地がいい。
さて。
これは岸田教授が大学外の企業と一緒になって進めていた研究だ。精神だけのタイムマシンと言っていいだろう。
タイムマシンといえば、過去や未来にその人間が移動できてしまう、四次元に干渉する研究モチーフだ。映画などでも度々使われているテーマの一つでもある。
しかし岸田教授は、人間の心だけを過去に飛ばせないかと、企業の研究チームと共同研究し続けていた。
心だけ飛ばしても、体がないのでは何も体験できない。だが岸田教授は、過去に飛ぶ際、その精神をイメージの強い生き物に変化させることに、数日前に成功したのだという。
岸田教授も、共同研究していた企業の人達も、成功したという数日前から昨日まで何回も自分達で試していたらしい。
そこへ年末なのに実家へ帰省していなかったこともあり、ふらりと学生達に指導していた研究が気になって現れたのが、譲と静乃だ。譲と静乃は示し合わせたわけではない。本当に偶然だ。
そんな働き者な助手二人に、岸田教授はお年玉をあげようと言いだしてきた。
「だが、初めからあまり人の多い場所では君達も混乱するだろうしな。程々に人気の少ない場所がいいかもしれない」
「高梨さんなんて、人が少ないどころか、未開のジャングル希望してますよ、岸田先生」
「いいじゃないか。だって過去のジャングルだぜ? どんだけ生命力が溢れているか、今からワクワクだよ」
この研究成果により人は過去の世界を体験できる。その際、自分の姿を動物でも昆虫でも、それこそ普通の人間でも変化させられるという。
たとえば歴史の有名なワンシーンにだって、群衆に混じって立ち会うことができてしまうのだ。それこそカラスなどに化けて木の上から眺めていてもいい。
歴史学者にとってはこれ以上ないほどの恩恵を与える成果だろう。また、お蔵入りになった犯罪検証すら出来てしまうかもしれない。・・・・・・世界が混乱する上、時効問題も絡むので、そちらはまた別口になるだろうが。
「そりゃそうかもしれないけど。・・・岸田先生、私、平和な時期の江戸時代がいいです。あまり人が多くない場所なら、山の中がいいかしら。人里が近くにあるといいんですけど」
「ふむふむ、じゃあ、適当にそんな場所を選んであげよう。・・・だが、言っておくけど、もしも君達がその過去の世界で傷ついたり殺されたりすることがあっても、そのまま死んだフリをしておけばいい。痛覚は遮断しようと思った瞬間に遮断できる。そして、どんなひどい姿になっても、念じれば元通りの姿に戻れる」
「先生。俺、ライオンなんですけど、もしもオオアナコンダとか、ハイエナとかに襲われてパクリと食べられちゃったらどうなりますか?」
昔、牛をも飲み込むと脅されたこともあるアナコンダだが、実際の大きさはそうでもないと聞いた。それでも恐ろしい大蛇であることには変わりない。
そして、もしも肉食獣に襲われた時、そこに他にも肉食の獣がいたらどうなるやら、だ。さすがにそこは訊いておかねばなるまい。
そんな譲に、岸田教授はあっさりと答えた。
「そのまま糞として排泄されるだろう」
糞か。そうか、俺はウン●になるのか。
静乃が(そんな危険な所に行かなけりゃいいだけじゃないの)と、呆れた瞳になっているのが譲の視界に入った。危険だからこそ行きたいんじゃないか。・・・どうしてそれが分からないのだろう。
「その時、俺、既に消化されてないですか?」
「消化済みの体であろうと、その毛一本しか残っていなかろうと、そこに高梨君の意識が宿っている限り、元の姿に戻れる。・・・それに意識さえあればライオンの体からも抜け出せるから、食べられた時点で意識だけ外に抜け出し、安全な場所でまたライオンの姿をとるなり、人間の姿になるなりすればいい。ただ、意識だけだと五感がないから、その場所でライオンの姿になった途端、そこが空中で落っこちるってこともあるだろうが。ま、すぐ再生できるしね」
ならば無敵じゃないか。何度でも生き返ることができるのだ。ゾンビか? いや、ちょっと違うか。
なんか思い出すな、そうだ、灰の中から復活する吸血鬼だ。
「うわぁ、危ねぇ。・・・なら、吸血鬼みたいに蝙蝠になって飛び立つってのも出来るんですか?」
「実はできる。あくまで最初にイメージの生き物を決めてもらったのは、生き物の形がゆらゆらと一定しないのでは困るからであって、強い意志さえあれば、変幻自在だ。それこそオオアナコンダにもなれるだろう」
「ひょー、カッコイー。岸田先生ってやっぱり分かってますよねっ」
「む? そうか?」
譲の言葉に、満更でもなさそうに、岸田教授が照れた。
静乃はコサギのデータを丹念に様々な角度から頭に入れていたが、譲はライオン以外のデータもさっと目を通して自分の頭に叩き込んだ。こういうのは集中力だ。
岸田教授がウォーターベッドに二人を案内し、様々なケーブルを二人の頭や顔、そして体にも付けていく。二人の体に毛布も掛けてきた。
「さて、過去に行ったら、その時から一週間だ。二十四時間が七日間、そこで君達の意識は強制的に現在へと戻される。だから、君達の体的にはせいぜい数分で起き上がることになるから風邪もひかんよ。過去にいる間は飲み食いも必要ないが、勿論、昆虫や両生類、哺乳類を食べてもかまわない。栄養にはならんがね。味の感覚もあるだろう。・・・では一足先に、よい初夢を君達に」
岸田教授が楽しそうに笑うと、二人の意識は暗闇の中に落ちた。




