009
須藤涼風と三浦良夫は比留川病院の会議室に足を運ぶ。会議室の中で黒色のスポーツ刈りに黒髭を生やしている男が座っていた。
須藤涼風は男に警察手帳を見せる。
「大分県警捜査一課の須藤涼風です。あなたが遺体の第一発見者ですね」
須藤の質問を聞き男は首を縦に振る。
「そうだよ。俺が第一発見者だ。俺の名前は高橋秋彦。この病院で介護士をやっている。病棟内で出たゴミを捨てようとゴミ捨て場に行ったら、遺体を発見したということだ。医者も呼んだが手遅れだったよ」
「遺体発見時に何か変わったことはありませんでしたか」
「特に変わったことはなかった」
高橋の言葉を聞き、三浦が手を挙げる。
「因みにゴミ捨て場のドアの鍵は施錠されていたのか」
高橋は首を横に振る。
「ゴミ捨て場のドアは常に開いている」
「それと昨晩の午後九時から午後十時までの間どこで何をしていましたか」
須藤が聞くと高橋は髭を触る。
「調べたらすぐに分かることだが、この病院で仕事をやっていた。夜勤業務という奴で昨日の午後五時から午前九時まで仕事する。今から二日間休暇。法律上は問題ないだろう。だから早く事情聴取を終わらせてくれ」
「その前にあなたの連絡先を教えてください」
須藤涼風は鞄から白い紙を取り出し、それを高橋に渡す。高橋は躊躇せず紙に電話番号を記入する。
「電話番号を書いた。だから帰らせてくれ」
「分かりました。自宅まで送ります」
須藤涼風は病院内で捜査中の部下を呼び出す。三分後会議室のドアをノックして、二人の刑事が会議室に姿を現す。
二人の刑事は敬礼する。
「須藤警部。このタイミングですみませんが、容疑者が浮上しました。聞き込みの結果昨日午後六時頃被害者が女子高生を巻き込んだ交通事故を起こしていたことが分かりました。交通事故の被害者は現在この病院に入院中」
「それは面白いですね。その可能性も捨てきれません。交通事故の被害者遺族にも話を聞きます。ということで第一発見者を自宅まで送ってください」
須藤涼風は部下の刑事たちに指示を伝える。高橋は二人の刑事に連れられて、会議室を立ち去る。
会議室に残った三浦良夫は隣の席に座る須藤涼風に話しかける。
「交通事故の被害者遺族による犯行。交通事故のトラブルで殺意が芽生えて殺害。一応筋は通っている。だがおかしいことがある」
「凶器ですね。仮に交通事故の被害者遺族による犯行ならば、メスという凶器は使わないでしょう。身近なカッターナイフを使います。態々手術室からメスを盗んで殺人なんてしないでしょう」
「ああ。鍵が施錠されていないゴミ捨て場に遺体を遺棄したことは、百歩譲ってあり得る話だとしても、凶器のことが説明できない」
「だからと言って交通事故の被害者が事件に関与している証明にはならない。可能性を一つずつ消していく。それが我々のやり方です」