006
午後九時五十五分。比留川病院の倉庫の前で矢部雄一は人を待っていた。夜空は先ほどまで大雨が降っていたとは思えないほど晴れている。この場所は人通りが少なく、病棟の窓からは見えない。さらに周囲は街灯がないため暗い。
矢部がこの場所で待っていると、彼の前に白衣に白い使い捨ての手袋を身に着けた日野公子が姿を現す。
「日野先生だったな。こんなところで何をやっている」
矢部の質問を聞き日野公子が白い歯を見せながら上着のポケットからメスを取り出す。
殺意を感じ取った矢部は慌てて後退りする。
「何の冗談だ」
「三年前あなたが比留川病院で何をやったのか。それを思い出せばなぜ殺されるのかが分かるでしょう」
「三年前。比留川病院。あの医療ミスのことか。まさかあなたはあの時の外科医の助手か。だったらあなたも同罪でしょう」
矢部の言葉を聞き日野公子がメスを持ち彼に迫る。矢部は一生懸命彼女から逃げる。だが日野は彼の右腕を素早く掴む。
それは一瞬の出来事だった。日野公子は手にしていたメスで矢部の心臓を指す。矢部の血の気が引いていき、彼は息を引き取る。
日野公子は返り血が付着した白衣や使い捨ての手袋を脱ぎ、白衣のポケットに入れた予備の使い捨ての手袋を取り付ける。
そして周囲を見渡し、目撃者がいないことを確認すると、近くにある倉庫のドアを開けた。倉庫の中には青いゴミ袋が大量に置かれている。この場所に置かれたゴミ袋は外部の業者に回収される。
日野公子は矢部の遺体を担ぐ。その遺体を一本背負いの要領で投げ飛ばし、ゴミ捨て場と化した倉庫に捨てる。そのショックで山積みにされたゴミ袋が崩れ、遺体が沢山のゴミ袋に埋もれた。
日野公子は最後にトリカブトの花束を遺体の近くに投げ入れ、その場を立ち去る。
その後彼女は手術室に戻り、返り血が付着した使い捨ての手袋と現在身に着けている手袋を医療廃棄物と書かれた長方形のダンボール箱の中に捨て、それをガムテープで密封する。
そして彼女は予め用意しておいたワゴンに密封された段ボール箱を乗せた。
午後九時五十七分。日野公子はワゴンを押し手術室を出発。遺体を遺棄した倉庫を何事もなかったかのように素通りする。先程彼女が矢部の遺体を捨てた倉庫の前で黒色のスポーツ刈りに黒髭を生やしている男が煙草を吸っている。
日野公子は一瞬だけ男と目を合わせ、医療廃棄物を保存する倉庫に向かった。