005
午後九時四十分。一台のリムジンが比留川病院の裏口の前に停まる。黒い自動車が夜の闇に溶け込んでいる。
その自動車から数人の屈強な男たちが降りる。男たちの服装は上着から靴の色まで全てが黒で統一されている。その男たちに囲まれて一人の女が降りた。
黒髪のショートボブ。二重瞼と首には小さな黒子。痩せ型な割に巨乳というグラマーな体型の持ち主。黒色のスーツを着ている彼女の名前は田中ナズナ。彼女は元々美しすぎる美人秘書として有名だった。去年の衆議院議員総選挙で初当選を果たし、晴れて衆議院議員となった。しかし今年の二月に発生した殺人事件を受け衆議院議員を辞職。その後福岡県議会議員として活躍を始めた。
それから数秒後木製のドアが開き白衣を着た男が現れた。白髪に短い髪。白色の口髭。黒縁眼鏡を掛けた男。その男。勝部慶太郎はリュックサックを背負っている。
「待っていたよ。さあ行こうか」
男が田中ナズナに話しかけると、彼女はボディーガードたちに伝える。
「君たちは帰ってもいいですよ。帰りは知り合いの車に乗りますから。あなたたちが病院内をうろついていたら目立ちます」
田中ナズナがはっきりと伝える。その指示に従い黒いリムジンが裏口から離れていく。
裏口は明かりがない暗闇の空間。二人は暗闇の中を歩く。男が手にしている懐中電灯の明かりを頼りにしながら。
二人が暗い一本道を歩いていると、男が目の前にある木製の階段を照らした。
「あの階段を昇った先が院長室だ。結構段差があるから良い運動になるだろう」
「木製ですか。壊れて地下に落下というオチでしょうか」
「心配無用。この階段は先月点検した。だから安全だよ」
二人は懐中電灯で床を照らしながら一段一段階段を昇る。
二人は五分程で階段を昇り切った。階段を昇り切った先にあったのは一畳ほどの狭い空間。狭い部屋には窓がなく、壁が全体を覆っている。
田中ナズナと行動を共にしている白鬚の男が白い壁に組み込まれた緑色のパネルを触る。すると田中ナズナの目の前にある壁が開き、広い空間が現れた。
田中ナズナが拍手をしながら院長室に足を踏み入れる。床は豪華そうな絨毯が敷かれ、テーブルやソファーが置かれている会合スペースもある。そのスペースの目の前には書斎にありそうな大きな机が置かれている。天井にはシャンデリア。窓には赤色のカーテン。
ドアの色は黄金。院長室は資産家の部屋のようである。
田中ナズナが後ろを振り向くと、巨大な本棚が真っ二つになっているのが分かった。
「この本棚が隠し通路の出入り口ですか」
田中ナズナが聞くと男は頷く。
「いかにも。もう一つ付け加えるなら、スイッチは俺の指紋を認証することで作動する」
男が本棚に近づき、背負っていたリュックサックから一冊の本を取り出す。その本を本棚に戻すと、隠し通路へと続く隙間が閉じられた。
「あの本が隠し通路へと続く扉を開閉するスイッチになっている。隠し通路から出る場合は、あの本を取り、次の部屋に隠されたスイッチを押せば隠し通路へと続く扉が閉まるということだ」
勝部が得意げに話す。一方田中ナズナは会合スペースの机の上に一厘の紫色の花が置かれているのに気が付いた。
「トリカブトです。あなたは私に死を与えた。これが花言葉ですよ」
田中ナズナの言葉を聞き、勝部慶太郎は顔色を変え震える。
「嫌がらせだ。気にすることはない。俺は悪くない。悪いのはあいつだよ」
「あいつというのは誰ですか」
田中ナズナに聞かれた勝部はトリカブトの花を奪い、ゴミ箱に捨てる。
「お前には関係ない。これは不可能犯罪じゃないのかね。この部屋はドアや窓に鍵が掛けられている密室状態。都合よく隠し通路が設置されているが、その存在を知っているのは俺だけ。俺がこの部屋を離れたのは午後八時五十五分から午後九時五分までの十分間だけ。その間に犯人は院長室の机にトリカブトの花を置いた。因みに院長室の合鍵は用意されていない。犯人はどうやって院長室の机の上にトリカブトを置いたのか」
「私は探偵ではありません。だから分かりません。気を付けた方が良いですよ。犯人の仕掛けた密室トリックを使えば、密室殺人なんて容易でしょうから」
その頃日野公子は暗くなった第三診察室の中で椅子に座っていた。彼女に両耳にはイヤホンが填めこまれている。そのイヤホンは黒色の器械に接続されていて、そこから勝部慶太郎の脅える声が流れる。
日野公子はその声を聞きながら白い歯を見せ端末のスイッチを切る。
「テストは大成功。さあ。復讐を始めましょうか」
日野公子が小声で呟く。そして彼女は手術室に戻り、予め用意しておいたワゴンに密封された段ボール箱を乗せた。そのダンボール箱の上に用意しておいたトリカブトの花束を置く。その後で彼女は手術室からメスを持ち出す。