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エレベーターホールから右に曲がると、十字路のような廊下に突き当たる。日野公子はその交差点を右に曲がる。
その先にある一本道。左右には病室がずらりと並んでいる。
日野公子は一本道の一番奥の部屋の前で立ち止まる。この部屋が第三診察室。
日野はスライド式の部屋のドアを開け、電燈を付ける。そして彼女はプラスチック製の椅子に座る。部屋の中には既に丸い椅子が人数分用意されている。診察室の机の上にはピンク色の薔薇が花瓶に刺さっている。
日野公子は早速倉崎優香の状況について語る。
「結論から述べるならば右膝関節内骨折。右膝が骨折しています。一か月もあれば完治します。しばらくの間は歩くことさえ困難です。応急処置が完璧でした。要救助者の体温が奪われないようにレインコートを着せるという判断が良かった。あの大雨の中で普通の応急処置を行っていれば、重症化していたかもしれません」
日野の言葉を聞き倉崎和仁と有安虎太郎は矢部雄一の顔を見る。
「もしかして矢部さんは医療関係者なのか」
有安の質問を聞き矢部は首を横に振る。
「違う。俺は偶然事故現場に現れた髪の長い女の指示に従っただけだ。俺の職業は探偵。今思えば名前の知らない女が医療関係者なのかもしれない。普通の人は鞄の中に包帯が入っていないでしょう。止血に使った包帯はその女の物だ」
日野は一回咳払いすると、説明を続ける。
「これからの予定ですが、明日CTスキャンで頭部の後遺症の有無を確認します。それから一カ月間リハビリを兼ねた入院生活を始めます。車椅子生活に対応できるのであれば、一週間で退院しても良いですよ。その場合はリハビリを行うために、週五回ほど通院していただきます」
日野の話を聞き、南野朱里が倉崎和仁の顔を見る。
「天王洲高校にはエレベーターもあります。段差も必要最低限。体育を見学にすれば、普通の高校生活は可能ですよ。その他の問題は相談すれば解決できるでしょう」
南野朱里の言葉を聞き、倉崎和仁が考え込む。
「日野先生。この病院から天王州高校に通学することは可能か。自宅は車椅子生活に対応していない。週五回のリハビリは放課後にやればいいだろう」
「院長と相談する必要があります。一週間ほど時間をください」
日野が倉崎に告げると、倉崎和仁は首を縦に振った。
「なるほど。分かった」
日野公子は机の上に置かれていた封筒を倉崎和仁に渡す。
「これは入院の手続きに必要な書類です。明日改めて提出してください。私からの説明は以上です。倉崎優香さんの病室は個室の303号室です」
日野公子の説明が終わった頃、時計が午後九時三十分を指した。四人の男女が診察室を退室する。一人残った日野公子は、机の引き出しを開け、紫色の雫型のアクセサリーが付いたペンダントを取りだす。そのアクセサリーは紫色の水晶を加工して出来上がったようである。
日野公子はペンダントを握り、無言で涙を落とす。
その頃南野朱里が303号室に向かって歩き始めた。
有安虎太郎も南野朱里に続いて、病室を訪問しようとする。その直後矢部雄一が倉崎和仁に声をかけた。
「娘さんの治療費を全額払わせてくれ」
矢部は財布を取り出し、一億円の小切手を倉崎和仁に渡す。だが倉崎和仁はそれを拒む。
「一億円の示談金か。それは多すぎないか」
「これくらいのことをやらないと、罪が償えない」
矢部は高額な示談金を強引に倉崎和仁に渡し、彼の元から走り去る。倉崎和仁の手には、小切手と一枚の名刺が握られていた。
倉崎和仁は困惑した顔つきで矢部雄一の後姿を見つめる。
その後倉崎優香の父親は、何かを思い出し、近くにいる有安虎太郎の肩を持つ。
「虎太郎君。まだ夕食は済ませていないだろう。これから一緒に食べに行かないか。優香のことは妻に任せればいい」
「分かった」
有安虎太郎は拒否することができず、倉崎和仁と共に比留川病院を後にする。
倉崎和仁が運転する自動車の助手席に有安虎太郎が座る。運転席に座った倉崎和仁がエンジンをかけ、自動車を走らせた。




