003
比留川病院は大分県大分市にある大きな病院。四階建ての建物の中にある手術室は一階にある。
病院の玄関の前には一人の制服警官が立っている。警察官は倉崎和仁の顔を見ると敬礼する。
「倉崎優香さんのご家族の方ですね。電話をさせていただきました大分県警交通課の春木智明です。ご令嬢は手術室で手術を受けています」
春木智明が状況を説明して、三人を手術室の前に案内する。
手術室の前にある待合スペースは、電燈が付けられているため明るい。手術中であることを示す赤いランプが壁を照らす。待合スペースに設置されたベンチには、二人の男女が座っている。
一人は黒色の長い髪を紺色のヘアゴムで後ろ髪を一本になるように結ってある女で、倉崎優香と有安虎太郎が通う大分県立天王州高校のクラスの担任、南野朱里。
もう一人の男は七三分けの男。この男は倉崎夫婦や有安虎太郎にとって見覚えがない男だった。
春木智明は倉崎和仁に声をかける。
「官房室長殿。私は一度大分県警に戻り交通事故の処理を行います」
春木智明は倉崎和仁に敬礼すると、出入り口に向かって歩き始めた。
その直後。南野朱里は突然ベンチから立ち上がり、有安たちに近づき、三人に挨拶する。
「倉崎優香さんのご両親の皆様。大分県立天王州高校で彼女のクラスの担任を務めている南野朱里です。娘さんの手術が成功するよう祈っています」
それから数秒後、三人にとって見知らぬ男が立ち上がり、土下座を始める。
「倉崎優香さんのご両親の皆様。俺があなたたちの娘を轢いた犯人だ。娘さんには悪いことをしたと思っている」
男は涙を流し倉崎夫婦に謝る。その謙虚さが伝わったのか、倉崎和仁は男に声をかける。
「謝りたいという気持ちは伝わった。だから頭を上げろ。そして被害者が一命を取り留めるよう祈れ。話はそれからだ」
男は土下座を止め、再びベンチに座る。男の涙は止まらない。彼は取り返しのつかないことをやったことに対する後悔が原因で涙を流していると有安は察した。
一時間後、手術室のランプが消え、手術室から手術着を着た三十代半ばくらいの痩せた女が五人の前に現れる。髪型は手術用のキャップで隠されているため分からない。
「倉崎優香さんのご関係者の皆様。手術を務めました外科医の日野公子です。手術は無事成功しました。命に別状ありません。詳しいことは後程。今から優香さんを病室に搬送します」
日野公子の挨拶の後、手術室からストレッチャーに乗せられた倉崎優香が運び出される。
六人の看護師がストレッチャーを押している。有安虎太郎たち五人は病室に向かうストレッチャーの後ろを歩く。
やがてストレッチャーはエレベーターの前で立ち止まる。エレベーターは二台設置されている。
鉄の箱が一階に停まるまでの待ち時間、茶髪のショートカットに白衣を着た痩せ型の女がエレベーターホールに駆け付ける。
「お待たせしました。そのエレベーターの定員は十人ですが、ストレッチャーの重さの関係で実質は七人乗りなんです。ストレッチャーの重さが大人二人分。それに娘さんが乗れば、大人三人分の重さになります。搬送に同行する看護師が六人。だから娘さんと同じエレベーターに乗ることができるのは、残り一人です」
日野公子が説明すると、倉崎和仁が倉崎真澄に声をかける。
「真澄。君が乗りなさい」
夫に促された倉崎真澄は縦に頷き、娘が乗るエレベーターに乗り込む。
その後日野公子はもう一台のエレベーターのボタンを押す。数秒後エレベーターが三階から降りてきて、五人の男女がそれに乗る。
エレベーターの中で倉崎和仁は日野公子に聞く。
「優香のことは、この場にいる四人で聞く。学校に報告する義務がある南野先生。優香の幼馴染で彼女のことを心配している虎太郎君。そして娘を轢いた君」
倉崎は七三分けの男の顔を見る。男は思いがけないことを聞き驚く。
「俺も聞くのか」
「罪を償う前に、被害者がどんな怪我を負ったのかを知る必要があるでしょう。ところで君の名前は」
「矢部雄一」
矢部が自分の名前を告げると、鉄の箱が三階に到着する。
日野公子は首を縦に振り、エレベーターから降りる。
「いいですよ。奥さんはお話を聞かなくてもいいのですか」
日野に聞かれた倉崎和仁は顎に手を置く。
「構わない。妻は優香に付き添った方がいいだろう」
「そうですか。それでは第三診察室に案内します」
四人の男女は日野公子に案内されて、第三診察室に向かい歩き始める。