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日野公子は淡々と過去を振り返る。
三年前。スポーツ刈りの外科医春木光男は院長室の中で勝部慶太朗院長の胸倉を掴んだ。
「あんたのせいだろう。あんたが殺したようなもんだ。勝部院長。あんたが労働環境を整えなかったから、簡単なミスで患者が死んだ」
「それは間違っているよ。この業界が人手不足なのは分かっているだろう。だから今更労働環境を整えたところで何も変わらない。むしろ病院として機能しなくなる。だから仕方ないことなんだ。それとお前は多くの職員に慕われている。それは俺の出世の邪魔になる」
勝部慶太朗は突然白衣から注射器を取り出し、春木光男の体を押し倒す。そしてインスリンの注射痕に合わせるようにして、毒物を彼の腕に注射した。少しずつ春木光男の顔色が悪くなっていく。
その直後院長室のドアをノックして日野公子が入ってきた。
「勝部院長。心臓病の手術のカルテを持ってきました」
日野公子は要件を伝えると、目の前で起きている出来事に驚愕し、カルテを落とす。
「勝部院長。何をしたんですか」
「邪魔者を消しただけだよ。インスリンの注射痕に合わせてトリカブトを注射する。これで注射痕を誤魔化せるから、過労死ということで事実を隠蔽できる。いいアイデアだろう。本当はこの病院で過労死した人間の四割は俺がこの方法で殺している。証拠がないから完全犯罪だ。君は美人だから選ばせてやろうか。この場で過労死するか。俺の愛人になって裕福な暮らしをするか。一日だけ考えさせてやる。その代り警察に告白するのは止めろよ。そんなことをすればお前を殺す」
翌日の早朝日野公子はトイレの中に立て籠もる。二時間くらい籠っている日野公子は大粒の涙を流す。その涙は止まることがなかった。トイレの便座の中には血液の塊が浮いている。それは流産を意味していた。
勝部慶太朗の言葉が日野公子の脳裏に浮かぶ。
『証拠がないから完全犯罪だ』
皮肉にも勝部慶太朗の言葉で開き直ることができた日野公子はトイレから出ていき、インターネットでトリカブトを検索した。
検索ページのトップページにはトリカブトの花言葉が『私はあなたに死を与えた』であることを伝えるページが表示されている。
トリカブトの毒を注射されて亡くなった春木光男。
トリカブトの花言葉は『私はあなたに死を与えた』
これは日野公子にとって運命としか思えなかった。
淡々とした過去の話を三人に伝えた日野は涙を浮かべながら語る。
「私は勝部慶太朗に彼氏と彼の子供を殺された。だから院長を殺したんです。矢部雄一は勝部院長に脅されて調査報告書を隠蔽したから殺しました。これが真実です。刑事さん。い行きましょうか」
三浦良夫は日野公子の両手に手錠を掛け、彼女を大分県警に移送するために病院の廊下を歩く。




