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午後二時三十分。須藤涼風たちは大分県警本部に戻った。三浦は県警本部の受付でビジターバッジを貰い、それを有安に渡した。
それは横長の長方形に四桁の数字がプリントされた物。有安虎太郎はそのバッジを見ながら呟く。
「これがビジターバッジか。一般人が警察署に入る時に付けるという。初めて見た」
有安虎太郎は目を輝かせながらバッジを胸元に付ける。
それから三人が自動ドアから県警本部に入る。有安虎太郎は目を輝かせながら県警本部の内装を見ている。
その後彼らは廊下を歩きエレベーターに乗った。そして三人は大分県警交通課に辿り着く。
交通課の部屋にはデスクワークを行っている数人の交通課の刑事たちがいた。その中には春木智明の姿がある。
須藤涼風は早速春木智明に声を掛ける。
「春木智明巡査部長。少しだけお話を伺ってもよろしいですか」
「矢部雄一の交通事故の件でしたら先程話したことが真実ですが、他に何があるのでしょうか」
「場所を変えて屋上でお聞きします」
四人は大分県警本部の屋上に移動する。そこで三浦は矢部雄一が貰った一億円の小切手を春木に見せながら聞く。
「春木智明巡査部長。あなたに殺人の容疑が掛けられている。だから話してくれ。一か月前あなたは誰の身辺調査を矢部雄一に依頼したのか」
「お言葉ですが私はそんな小切手なんて知りませんよ」
春木智明の開き直ったような態度に三浦の頭に血が上る。
「とぼけるな。大分中央信用金庫の防犯カメラの映像にあなたの姿が映っていた。さらにその日あなたは非番だった。あなたは職務を怠ることなく問題の日に一億円の小切手を作成することができる。この事実はあなたが破格外な身辺調査の依頼人であることの証明になる。言い逃れはできない。一体誰の身辺調査を依頼したのか。依頼料の一億円の出どころはどこなのか。答えてくれ」
春木が三浦の強い口調を聞き、怒号する。
「分からない。確かに私は一億円の小切手を作成した。それは認めるが、私は矢部雄一に身辺調査の依頼なんてしていない。私は頼まれただけですよ。一億円の小切手を作ってくれって」
「まだそんなことが言えるのか」
「信じてくれ」
「誰に頼まれた」
「言えない。そんなつまらないことしか聞かないのなら帰らせてもらいますよ。仕事が溜まっていますから」
春木智明は口を堅く閉ざし三人から離れる。だが須藤涼風が彼を呼び止める。
「もう一つだけお聞きします。春木光男さんはあなたのお兄さんですよね。三年前過労死で亡くなったと聞いていますが詳しいことを教えてもらえませんか」
須藤涼風の質問を聞き春木智明は唇を噛んだ。
「調べたらすぐに分かることですが、兄の死因が過労死による心臓麻痺と医者から説明を受けました。同僚の誰かと付き合っているようで彼女の誕生日プレゼントとしてアクセサリーをプレゼントすると言っていましたね。事件とは関係ないかもしれませんが、兄は先天性のⅠ型糖尿病で毎日腕にインスリンを注射していました。私が知っているのはこれくらいです」
春木智明は質問に答えると素早く駆け抜けるように仕事場に戻った。
一方屋上に残った須藤涼風は有安虎太郎に聞く。
「春木智明は何かを隠しているようですね」
「そうだな。誰かに頼まれて一億円の小切手を作ったというのが事実だとしたら、本当の依頼人を庇っていることになる。本当の依頼人は春木智明の周りにいるとみて間違いないだろう。ところで春木智明の周辺で一億円もの大金を用意できる人物はいるのか」
「心当たりなら一人だけいますよ。吉永マミ巡査部長。彼女と春木智明は小学校からの同級生という接点がありますよ。吉永マミ巡査部長は経済界を牛耳る資産家の令嬢だから一億円なんていう大金を容易に支払うことができる。彼女が我儘を言って一般の公立小学校に通うと言わなければ生まれなかったミッシングリンクだけどね」
「なるほど」
有安虎太郎が納得すると三浦が二人に聞いた。
「これからどうする」
その問いが三浦の口から出ると須藤涼風の携帯電話が鳴った。その電話の相手は高橋秋彦の自宅で張り込みを行っている彼女の部下からだった。
『須藤警部。八木です。高橋秋彦から長崎彩のことを聞きました。高橋秋彦と長崎彩が付き合っているという事実を認めましたよ。そして高橋秋彦から彼女の所在を聞き出しました。大分市内にある立川クリニックで看護師の仕事をやっているそうです』
「分かりました」
須藤涼風が電話を切ろうとするとキャッチフォンが入る。その相手は吉永マミだった。
『吉永マミだよ。須藤警部。院長室のコンセントから盗聴器が発見されたよ。それと第一の事件現場から回収したごみ袋の中から一輪のトリカブトの花が発見されたという連絡があって、そのゴミ袋の指紋を調べたら勝部慶太朗の物と一致した。つまり勝部慶太朗は予めトリカブトの花を受け取り、それをゴミ箱に捨てた。そうだったら見たくもない花だったんだろうね』
「見つかった盗聴器からは指紋が検出されたのですか」
『はい。一種類の指紋が検出された。誰の指紋なのかは分からない』
「ありがとうございました」
須藤涼風が電話を切り三浦に新たなる行き先を伝える。
「立川クリニックに向かってください。そこに長崎彩がいます」
その頃交通課の部屋に戻った春木智明が自分の席に座った。その直後彼の携帯電話にメールが届く。
『捜査線上にあなたが浮上したようだけど、裏切っていないよね』
ある人物からのメールを読んだ春木智明は携帯電話のボタンを押す。
『悪い。共犯者を匂わせるような発言をした。だってあの小切手が証拠品として残るなんて想定外だろう』
メールを返信してから一分後再び春木の元にメールが届いた。
『こっちで何とかするから心配しないで』
この文面を読んだ春木智明がため息を吐く。
「これで嫌われたかな」




