019
須藤涼風たちはエレベーターに乗り込み院長室のある三階に向かう。
一方三浦たちは別のエレベーターに乗り二階へ向かった。
有安と須藤が遭遇してから五分後、須藤涼風は院長室のドアをノックした。
「勝部慶太朗院長。大分県警捜査一課の須藤涼風です。少々お話を伺わせてください」
須藤涼風は大声で挨拶したが、中からは何も反応がない。須藤涼風はドアノブを回したが、施錠されているようでドアが開くことはなかった。
その瞬間。須藤涼風の脳裏に嫌な予感が浮かぶ。
「合鍵を持ってきてください。それと高橋秋彦の所在を確認してください」
須藤涼風は淡々と部下の刑事たちに指示を与える。何人かの刑事が須藤涼風から離れていく。
須藤涼風は合鍵が来るまでの間ドアを叩くのを止めない。
それから五分が経過して須藤涼風の部下たちが彼女の元に戻った。
「須藤警部。高橋秋彦には鉄壁のアリバイがあります。刑事たちの監視をかいくぐって自分の家から脱出するのは不可能かと」
「まだ亡くなったとは断言できないでしょう。部屋の中で倒れているかもしれないし、仮に亡くなっているとしてもいつ死んだのかは分からない。だから鉄壁のアリバイなんて存在しないかもしれませんよね」
須藤警部が指摘すると、部下の刑事が須藤警部に鍵を見せた。
「須藤警部。院長室の合鍵を持ってきたぜ」
部下の刑事から鍵を受け取った須藤警部はドアの鍵を開け、院長室に入る。ドアにはつまみが設置されている。それを回転することで内側から鍵をかけることができる。
須藤涼風が警察手帳を見せながら院長室の中に様子を伺うと、床の上に勝部慶太朗がうつ伏せの状態で倒れていた。
院長室のドアの周辺には数十個の百円硬貨が散らばっている。
須藤涼風が倒れている勝部に近づくと、勝部慶太朗の首に大量の血液が付着しているのが見えた。
彼女は咄嗟に脈を測ったが脈が止まっている。勝部の右手には血液が付着したメスが握られている。
それから須藤涼風の部下たちが院長室に入る。
「現場の状況は」
部下の刑事が先に院長室に入った須藤警部に聞く。
「自殺の可能性が高いでしょう。部屋は中から鍵がかけられて密室状態。その中には首の頸動脈を切断されて亡くなった勝部慶太朗院長しかいなかった。凶器は勝部院長が握っているメスで間違いないでしょう。決め手は机の上に置かれたノートパソコンに表示された遺書。さらにドアの周辺に数十枚の百円玉が散らばっています」
須藤涼風が白い手袋を填めた手でノートパソコンを動かし、それを部下の刑事たちに見せた。一人の部下がそこの表示された文章を読み上げる。
「私は春木光男外科医を過労死に追い込んだ張本人だ。三年前の医療ミスは全て私が悪かった。事実を隠蔽してすまなかった。勝部慶太郎」
須藤涼風は同じように机の上に置かれたカルテを部下の刑事たちに見せる。
「三年前の医療ミスに関する患者のカルテです」
須藤涼風はそのカルテをペラペラと捲ってそれを読む。一分ほどで読み切った須藤涼風は内容を要約して部下たちに報告する。
「三年前心臓病の患者高橋愛花の手術を行った。だが執刀を担当した春木光男外科医が心臓の血管を誤って切断してしまい患者の容体が急変。患者が手術中に亡くなった。その翌日手術を担当した春木光男外科医は過労死で亡くなった」
カルテに内容を伝えた須藤涼風は再度部下たちに指示を与えた。
「一応現場を有安君に見せたいので彼を探してきてください」
須藤涼風は部下に指示を与えるとスーツのポケットかた携帯電話を取り出し、メールを送信した。この須藤涼風の言葉を聞き部下の刑事たちは途惑う。
「須藤警部。数時間前まで素人探偵を毛嫌いしていたではないか。どういう心境の変化だ」
「馬鹿か。素人探偵というのは須藤警部の幼馴染なんだろう。だから素直になっただけだって」
別の刑事が疑問を口にした刑事の肩を持つ。だがその刑事は首を横に振る。
「いや。違うだろう。須藤警部は有安君と言っていた。だからそいつとは別人のはずだぜ。須藤警部の幼馴染の苗字は有安ではなかった」
刑事が納得すると須藤警部の頭に血が上る。
「黒川は関係ない。それにまだ素人探偵を認めたわけじゃないから。鳴滝本部長の指示に従っただけよ」
「その反応。大好きだぜ。お嬢ちゃん」
部下の刑事が冗談を言い回りの刑事たちが笑い声を出す。須藤涼風は咳払いをしてから再び部下の刑事たちに指示を与える。
「有安虎太郎と彼を監視している三浦良夫をこの現場に連れてきなさい。五分以内に連れてこなければどうなるか。分かるよね」
その指示には怒りが込められている。部下の刑事たちは須藤涼風を本気で怒らせると手におえないと感じ、現場から離れ有安虎太郎と三浦良夫刑事を探す。




