017
正午。一時間に及ぶ捜査会議が終わった須藤涼風は会議室の前で携帯電話を取り出す。そして彼女は高校の同級生に電話する。
その電話はワンコールで繋がる。
「もしもし。須藤涼風です。江角千穂さん。今お時間よろしいかしら」
『大丈夫ですよ』
「矢部雄一さん。ご存じよね」
『同業者ですよ。彼は優しい人で去年の宝くじで五千万円を当てた時だって困っている児童養護施設に寄付したんですよ。そんな彼がどうしたのでしょうか』
「それはまだ言えません。彼について何かご存じですか。例えば誰かに恨みを買っているとか」
『それだったら黒い噂絡みでしょう』
「黒い噂」
須藤涼風が首を傾げると江角千穂は淡々と事実を述べる。
『二年前のことです。大分市内にある病院の医療ミスについて調べてほしいという依頼を彼は受けました。しかし院長から賄賂を受け取って依頼を破棄したそうです。依頼人が恨みを抱いてもおかしくありませんよね』
「その依頼人というのは誰でしょうか」
『分かりません。探偵にも守秘義務がありますから。刑事と同じように。そういえば一カ月前彼に会った時に気になることを言っていましたよ。依頼料一億円の身辺調査を請け負ったって』
「身辺調査の依頼ですか。しかも依頼料は一億円」
『正確に言うなら依頼料が一億円。調査報告書を依頼人に提出したら一億円。合計二億円という大金が手に入るという規格外な依頼です。誰の身辺調査なのかは教えてもらえませんでしたが、依頼料に見合う驚愕の事実を知ったと言っていました』
「貴重な情報をありがとうございます」
『いつかの借りを返しただけです』
須藤涼風は一呼吸置き再び江角千穂に話しかける。
「相談があります。殺人事件の捜査に素人探偵の有安虎太郎が参加しているけど、どうしたらいいと思う」
『答えは簡単。上層部の指示に従う。それしかないでしょう。態々私に相談することでもありません。もしくはテレサとの推理勝負で自滅させるか』
「テレサ・テリー。厄介な素人探偵を増やさないでください」
『彼女だったらノリノリで捜査に参加すると思いますよ。高校生の分際で実際の殺人事件を解決するなんて許せないと言って』
「その心配は無用。彼が実際の殺人事件を解決したことを知るのは一部の警察関係者と事件関係者のみ。マスコミ発表されていないから彼女に耳に入ることはない」
『何も分かっていませんね。彼女の情報網を侮らないでください。有安虎太郎とテレサは近いうちに対立すると断言できます。悩みの種を増やしてごめんなさい』
「謝らなくても構わないよ。それでは貴重な情報をありがとうございました」
須藤涼風は電話を切る。そして赤面しながら呟く。
「あいつは絶対に殺人事件の現場に乗り込むことがないから」
彼女はその足で大分県警本部室に行く。部屋のドアをノックしてから入室すると、鳴滝本部長は机の前に立っていた。
「鳴滝本部長。電話でも報告しましたが、有安虎太郎が殺人事件の捜査を行っています。三浦刑事に監視を任せていますが、どうしましょうか」
「倉崎和仁警察庁官房室長から正式な捜査協力依頼が届いた。意味は分かるな。刑事の一人として扱えということだ。手柄は大分県警捜査一課が奪えばいい。もちろん大分県警の面子に関わることだから、マスコミには素人探偵の助言で事件を解決したという事実を伝えるな」
「分かりました」
須藤涼風は一言だけ伝え、本部長室を後にした。




