015
午前十時五十分。勝部慶太郎院長が院長室に帰る。勝部は白衣のポケットから鍵を取り出しドアを開けた。
彼が部屋に一歩入ると、部屋のソファーに日野公子が座っていた。
勝部慶太郎が驚いた声を出し、彼女に話しかける。
「どうやって入った。この部屋は施錠したはずだが」
「何も分かっていませんね。実は私が昨日あなたにトリカブトの花を贈った張本人です。私はあの時と同じ方法で密室だったこの部屋に侵入したんですよ。テストは大成功。本番も昨日と同じ方法でこの部屋から脱出して、あなたを殺します。部屋を密室にして自殺を装ってね」
日野公子は白い歯と手にしているメスを勝部慶太郎に見せる。
「冗談だろう。どうしてお前は俺を殺す必要があると言うんだ。まさか三年前のことであいつに脅されて殺人を実行したのか。だったらあいつの言うことを聞く必要はない。そうだろう。頼むから殺さないでくれ。金ならいくらでも出す。だから頼むよ」
日野公子はソファーから立ち上がり、勝部慶太郎の首筋にメスを当てる。
「俺は悪くない。それは民事の裁判で証明されたじゃないか。俺を殺しても何も変わらないことくらいお前にも分かるだろう」
日野公子は躊躇することなく勝部慶太郎の頸動脈を切る。勝部の首筋から血液が溢れる直前に殺人犯が勝部の体から手を離す。
日野の手に返り血が飛んだ。だがその手は使い捨ての手袋で隠されているため、素手には返り血が付着することはない。
彼女は勝部慶太郎院長の遺体を見下すように見つめる。そして遺体の右手にメスを握らせる。しかしその直後勝部の指が動く。彼は最期の力を振り絞り日野公子の足を掴む。
日野がそれを振り切ると勝部院長は絶命した。
その後日野は返り血が付着した手袋を取り外し、別の使い捨て手袋を取り付ける。
ノートパソコンを立ちあげ画面に文字を入力する。
『私は春木光男外科医を過労死に追い込んだ張本人だ。三年前の医療ミスは全て私が悪い。事実を隠蔽してすまなかった。勝部慶太郎』
日野公子は遺書のメッセージを書き込み、机の上に三年前のカルテを置く。それから彼女は白衣のポケットに仕舞った数十枚の百円硬貨を握り、それを無作為にドアの周囲にばら撒く。
そしてドアから部屋の外に出て、周囲を見渡す。目撃者がいないことを確認した彼女は一枚の百円硬貨をドアの鍵穴に突っ込む。
それを回し部屋の鍵をかけると、彼女は手にしていた百円硬貨をドアの隙間から院長室に差し込む。
日野公子は微かに血液が付着した白衣を診察室に隠し、別の白衣に着替える。そして診察室に設置された本棚から一冊の本を取り出し開く。その本のページの隙間には病院で働く職員の集合写真が挟まっていた。
日野公子はその写真を素早く抜き取り息を整える。現在の時刻は午前十時五十五分。
五分もあれば診察の準備は可能だろう。




