014
有安と三浦の二人は病院内で聞き込みを行うために病院の玄関のドアの前に立つ。自動ドアが開き病院内に二人が入ると、二人の目の前を日野公子が通り過ぎた。
有安は日野の姿を見て三浦に耳打ちする。
「あの白衣を着た女医が倉崎優香の手術を行った日野公子先生。彼女なら包帯の在処が分かるかもしれない」
三浦は有安の一言を聞き、日野公子に警察手帳を見せながら近づく。
「大分県警捜査一課の三浦良夫だ。日野さん少し聞きたいことがある」
三浦に呼び止められた日野は立ち止まり、三浦の顔を見る。
「いいですよ。立ち話も何ですから、待合スペースのベンチに座って話しませんか」
日野は玄関の目の前に設置された多くのベンチが置かれたスペースを指さす。
そのベンチは全て四人用。日野公子が適当に選んだベンチに座り、三浦と有安は彼女の隣に座る。一方日野公子は有安が近くにいることに驚く。
「なぜあなたが刑事さんと一緒にいるのですか」
「彼は実際に起きた殺人事件を解決したことがあるからな。捜査協力という奴だ。だから気にせず俺からの質問に答えてくれ。まず昨日あなたは倉崎優香さんの手術を行った。その時に応急処置に使った包帯を取り除いた。その包帯は今どこにある」
「捨てましたよ」
「なるほど。ゴミ袋は全て鑑識が回収したから証拠が見つかるのも時間の問題か」
三浦の一言を聞き日野が笑う。
「すみません。鑑識が回収したゴミ袋は数時間前に遺体が発見された倉庫に山積みにされた奴ですよね。残念ながらそこから包帯が見つかることはありませんよ。あの包帯は血液が付着していたので医療廃棄物として別の倉庫に保管しています。密封された特殊な箱に入れて業者が毎週引き取るのですよ。今日の午前八時にリサイクルクリアー小林という業者が医療廃棄物を引き取りに来たから、この病院内にはありません。因みに医療廃棄物を保管する倉庫は遺体発見現場から二百メートル進んだ所にあります」
「つまり日野先生は昨日の手術で取り除いた包帯を医療廃棄物として破棄した」
有安が日野の話に首を突っ込むと日野の首が縦に頷く。
「そうですね。手術室に設置された医療廃棄物専用の箱が一杯になったから捨てに行きましたよ。午後十時頃だったかな」
「その時あなたは誰かと一緒だったのか」
「いいえ。一人で捨てに行きましたよ。確かにアリバイはありませんが、午後十時頃に医療廃棄物を捨てに行ったという事実は証明できますよ」
「どういうことだ」
三浦が日野に聞き返す。
「午後十時頃高橋秋彦さんが倉庫の前で煙草を吸っていました。あの時一瞬顔を合わせたので証明できると思いますよ。この病院は完全禁煙だから煙草を吸うためには外に出ないといけない。だから病院の外で煙草を吸っていたんだと思います。つまり彼にもアリバイはありませんし、犯罪を実行して気分が高揚したのを落ち着かせるために煙草を吸っていたとも考えられますよね。もしくは遺体を捨てた後私が近づく気配を感じ取ったから、煙草を吸っているように偽装したか」
日野の推理を聞き三浦が拍手する。
「なるほど。殺人が行われた時間帯。遺体発見現場周辺を遺体の第一発見者がうろついていたということか素晴らしい推理だが裏付け捜査を行ったとしても、あなたにはアリバイがないことに変わらない。ということはあなたにも犯行は可能ということだな。あなたは凶器を容易に入手することができる」
三浦の推理を聞き日野公子が苦笑いする。
「面白いことを言いますね。でも証拠がないでしょう。矢部雄一の遺体が遺棄された現場にトリカブトの花束を残した意味も分からないのにいい加減なことを言わないでくださいよ」
有安が手を挙げてから、自分の携帯電話に映し出された画像を日野に見せる。
「この女性に見覚えはないか。画像が荒くて分かりにくいとは思うが」
「長崎彩さんですね。三年前この病院を退職した看護師ですよ。そういえば高橋秋彦さんと長崎彩さんは付き合っていると聞いたことがあります」
「それで長崎彩の就職先はどこなのかは知らないのか」
三浦が日野に聞くと彼女は首を横に振る。
「それは分からないけど、どこかで看護師の仕事をやっていると思います」
二人は日野の発言が不思議だと感じた。すると日野公子が椅子から立ち上がりながら補足説明した。
「医療関係者や福祉関係者は離職率が高いこのが事実だけど、別に仕事が嫌で辞めるわけじゃないんです。職場が嫌で辞めることが多いんですよ。彼女の写真なら差し上げましょうか。その画像では聞き込み捜査がやりにくいでしょう」
「ありがとうございます」
「でも午前十一時から診察の予約が入っているので午前十一時二十分くらいに第三診察室に来てください。そこで写真を渡します」
日野公子は有安たちに伝え、二人から離れる。現在の時刻は午前十時四十五分。それから十五分間有安虎太郎と三浦良夫はソファーに座り日野公子の帰りを待った。その間二人は事件の謎を整理する。
有安虎太郎と三浦良夫は知らなかった。この待ち時間の間に第二の殺人事件が発生したことに。




