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比留川病院殺人事件  作者: 山本正純
第一章 遭逢
12/30

012

 午前十時。有安虎太郎と三浦良夫の二人は矢部の遺体が発見された倉庫にやってくる。

 矢部が遺体発見現場のドアを開ける。その場所からは既に遺体と山積みにされたゴミ袋が鑑識たちの手によって運び出された後だった。

「ここが遺体発見現場だ。被害者はこの現場から五十メートル離れた位置で犯人に心臓を刺され死亡した。それから犯人がここに遺体を遺棄したらしい」

 三浦が現場の状況を説明すると、有安虎太郎が挙手する。

「遺体発見現場は施錠されていなかったのか」

「いいや。鍵は施錠されていなかった。誰でもこの場所に被害者の遺体を遺棄できる状況ということだ。逆にこっちから聞く。遺留品として現場にトリカブトの花束が残されていた。有安君が会った矢部雄一はそれを持っていたのか」

 三浦の質問に有安は首を横に振る。

「そんなものは持っていなかった。それは犯人からのメッセージだろう。トリカブトと聞くと、アコニチンという毒物の成分を連想できる。だから被害者は毒殺事件に関わっていたかもしれない。大分県警は矢部雄一の周辺で毒物による殺人事件が発生していないのかを捜査した方がいい」

「結構詳しいな」

「犯罪捜査の基礎知識くらいなら知っている。だがその場合は謎が残る。なぜ犯人は被害者を刺殺したのか。回りくどいと思わないか」

「確かにそうだな。トリカブトの花からアコニチンを連想できるのは一部の人間のみ。トリカブトの花には別のメッセージが隠されているかもしれない。その可能性を一つずつ潰していくのが警察の仕事だと須藤警部も言っている」

「なるほど。素人探偵を嫌う現実派なキャリア刑事だと思ったが、中々良いことを言うな」

「素人探偵を嫌っていると思ったら大間違い。須藤警部は有安君以外の素人探偵と仲良く捜査したこともあるからな。素人探偵の扱い方を把握している」

「それならなぜ俺と捜査しない」

 有安が疑問を口にすると、三浦の背後から現れた須藤涼風が彼の肩を持った。

「三浦刑事。余計なことは言わなくていいですよ。それと誰が素人探偵と一緒に実況見分をやれと命令したのですか」

 須藤涼風の目は笑っていたが、三浦は彼女が怒っていると察した。

「有安君が現場を見たいって言ったから、現場に連れてきた。何か不都合なことがあったら倉崎警察庁官房室長が処理するんだろう」

「まだ彼の推理が正しいのかは証明されていません。有安虎太郎と倉崎一家の中には犯人がいないという証明ができていない状況で捜査情報を話すのは間違っています」

 三浦良夫は須藤涼風の言葉に言い返すことができない。

気まずい空気が流れる中で有安は須藤警部に告げる。

「捜査協力なら良いだろう。死亡推定時刻は昨晩の午後九時から午後十時までの間だったな。被害者の矢部雄一は昨晩の午後九時から午後九時三十分まで俺と倉崎和仁と俺と優香の担任の南野朱里先生と一緒に手術を担当した日野公子先生から話を聞いていた。三階の一番奥にある第三診察室からこの倉庫まで。エレベーターを使ったとしても三分かかる。階段を使ったら六分くらいか。だから被害者が殺されたのは午後九時三十三分から午後十時までの二十七分に限定される。参考になっただろう」

 有安の報告を聞き須藤涼風は頬を緩ませる。

「なるほど。死亡推定時刻が偽装じゃなかったらの話だけど、面白い推理ですね」

「二台あるエレベーターの内部にも防犯カメラが設置されている。だからそれを調べたら容疑者を特定できる。まあ犯人が階段を使ったら防犯カメラには映らずに、この場所に行くこともできるけどね。それは検証済み」

「その映像は現在解析中。まだあなたのことを認めたわけじゃないからね」


 須藤涼風は有安たちに伝える。その直後彼女の携帯電話が鳴った。

『もしもし。山岡です。被害者が勤務する矢部雄一探偵事務所が何者かに荒らされていました。鍵が抉じ開けられた形跡があります』

「なるほど。被害者の職業は探偵。被害者は何か犯人にとって不都合なことを調べていたから殺害された可能性もあり得るということですね。周辺の聞き込みや防犯カメラの映像の入手は終わっていますか」

『現在捜査中です』

「分かりました」

 有安虎太郎は電話から漏れてきた声を聞き、武者震いする。被害者は犯人の口封じによって殺されたかもしれない。もしそうなら、この殺人事件からアカトリ事件解決の糸口が得られるかもしれない。

 有安虎太郎は密な期待を抱き、捜査を進める。


 その頃福岡市内を移動するリムジンの後部座席に座った田中ナズナが携帯電話を耳に当てた。

「なるほど。つまり矢部雄一探偵事務所に依頼した報告書が何者かに持ち去られたということですね。そして大分県警察は報告書の存在を把握していない。分かりました。こちらでも対策を考えますが、政務活動資金の関係で中々大分県には行けません。対処はあなたに任せます」

 田中ナズナは携帯電話を切る。黒いスーツを着ている彼女はスーツのポケットから金色の鍵を取り出し、それを握りしめた。

「あの報告書の存在が公になったら致命傷を負うことになる。他にも様々な人間に迷惑をかけることになるから、絶対に隠蔽しなければならない」

 田中ナズナは自分に言い聞かせるように強く呟く。リムジンは間もなく福岡県議会に停車する。


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