011
その頃須藤涼風は赤面しながら病院の廊下を歩いていた。彼女の脳裏には一人の素人探偵の顔が浮かんでいる。
「何であいつの顔が浮かぶのよ。あいつが事件を解決したのは一度だけなのに」
須藤涼風が独り言を呟いていると、彼女の部下の刑事が近づく。
「須藤警部。昨晩午後九時から午後十時までの病院内の全ての防犯カメラの映像を入手しました。今から鑑識に回します」
「そうですか」
「ところで相棒の三浦刑事はどこにいるのですか」
部下の刑事の言葉を聞き須藤涼風の頭に血が上る。
「彼は素人探偵の監視中ですよ」
「去年の六月に発生した連続殺人事件を解決した素人探偵の監視ですかね」
「違うからね。今年の四月に発生した連続殺人事件を解決した素人探偵。あいつとは違うから」
須藤涼風は再び赤面する。その表情を見ながら部下の刑事が茶化す。
「その表情はおかしい。だからこの殺人事件に去年の六月に発生した殺人事件を解決した素人探偵が関わっているのではないのですか。もう一つの根拠は口調。あの素人探偵が事件に絡むと須藤警部の口調が女らしくなる」
「だから違うって言っているでしょう。修三は関係ないから。いつもの話し方が女らしくないって思っているのですか。あの敬語口調は仕事での言葉遣いという奴」
「公私混同」
部下の刑事に指摘され須藤涼風は咳払いする。
「兎に角その映像を鑑識に渡しなさい。無駄話をする暇があれば容疑者を特定しろ」
須藤涼風は部下に指示を与え、病院の廊下を歩く。
その頃勝部慶太郎は比留川病院の院長室に日野公子を呼び出した。
勝部院長は早速本題を切り出す。
「先程この病院内で男性の遺体が発見されたそうだ。現在その事件の捜査を大分県警が行っている。その遺体の身元は探偵の矢部雄一。三年前のアレに関わった男だ。そして昨晩俺の元に一厘のトリカブトの花が届いた。トリカブトの花言葉と三年前のアレの関係者の死。そこから俺は殺人事件の動機が三年前の復讐ではないかと思う」
勝部の言葉を聞き日野が手を挙げる。
「三年前のことを大分県警に話せばいいのではありませんか」
「いや。それをやれば最悪の事態を避けることができない。そこで三年前のことは口外しないでほしい。頼む。三年前の秘密を知っているのは一部の関係者のみ。この場にいる二人と殺された矢部雄一。僅か三人しかいない」
「三年前の復讐だとしたら、この場にいる二人が犯人の標的ということになりますね」
日野が事実を述べると、勝部の顔色が青くなる。
「確かにそうだな。だからしばらく用心して職務を全うしてくれ。ところで君のところにトリカブトの花は届いたのか」
勝部の質問を聞き日野は首を横に振る。
「そんなものは届いていませんが」
「それだけ分かれば十分だ。下がって良い」
日野公子は一礼してから院長室から出ていく。ドアが閉まり一人になった勝部院長は爪を噛む。
日野公子はその足で第三診察室に足を運ぶ。彼女が第三診察室のドアを開けると、第三診察室の床にピンク色の薔薇の花弁が散乱していた。机に飾られている花瓶には造花のヒマワリの花が刺さっていた。
その直後日野公子の携帯電話が鳴り響く。彼女が慌てて電話に出ると、聞き覚えがある声が日野公子の耳に流れた。
『日野先生。高橋秋彦です。ヒマワリの花。見てくれたかな。私はあなただけを見つめている。これが花言葉だよ。私はあなたが矢部雄一を殺したことを知っているからね』
「何のことでしょうか」
日野が小声で電話の主に聞くと相手は笑い声を出す。
『これは傑作だ。私はあなたが矢部雄一を殺したところを目撃したんですよ。煙草を吸いに外に出たらあなたが矢部雄一の心臓に何かを刺した場面。もちろんこのことは警察には話していないからね。だってこのことを言ったら脅迫ができないじゃないですか』
「まさかあなたが脅迫者になるとは思いませんでした」
『そうですね。私は金が欲しい。あんな安い給料だけでは満足できないんですよ。だからまずは百万円支払ってくださいよ。口止め料として。それでは口止め料の支払いを楽しみにしているから。さようなら』
電話は一方的に切れる。その後で彼女は散らばった花弁を集め、床掃除を実行する。




