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先輩と夏  作者: みょこすけ
1/3

1、電子ジャーを買いに

始まりました新シリーズ。


先輩と後輩のひと夏の物語。

それはたいして甘くも切なくもない。


これからお話しする物語はどこにでもある家出騒動なのです。

 電子ジャーを買いに



 うだるような猛暑の一日。

 ひまわりのよく似合う快晴の空と、天より降り注ぐ直射日光。わずかに傾斜のついた登り坂を歩きながら、僕はふと上空に目を向けた。きつい日差しが顔を正面から突き刺してくる。その眩しさに溜らず、僕は呻き声を漏らした。

「はぁぁ~。なんでこんなクソ暑い日に外出なんてしているんだか……」

 僕としては家に引き籠っていたかった。

 せっかくの夏休みだ。

 溜まりに溜まったゲームや漫画、小説、プラモに映画! 今年の夏はそれらを消化するために費やすつもりだった。そもそも僕はインドア派なのだ。子供のころから友人がやれサッカーやら野球やらで汗水流しているときも、ゆったり室内で遊んでいたのだ。そんな由緒正しいインドア高校生が炎天下の下町を歩き続けていることには、もちろん理由があった。

 僕はちらりと隣に目を向けた。

「なに?」

 運動靴に短パンTシャツというおしゃれとは縁のない女の子がこちらを見つめ返した。

 このひとの名前はユカさん。僕の先輩にあたる。顔や体形はそこそこいいと思うんだけど、本人がぜんぜん他人の目を気にしないから、毎度微妙な服装で現れる。以前、ダムを見に行ったときもサンダル、Gパンに麦わら帽子というチグハグな組み合わせだった。

 そしてファッションセンスよりも問題なのが、その性格である。


『りょうちゃん。明日は電子ジャーを買いに行くよ!』


 これが昨日の放課後に言われたセリフだ。

 何の前置きもなく、出会いがしらにポンと一方的にそう宣言されて、こちらの抗議の声も聞かずに集合時間と場所を伝えて、そのままユカさんはどこかへ消えてしまった。一緒にいた友人たちもポカンとユカさんを見つめていたが、僕だって同じ気分だった。戦争ゲームでステルス爆撃機に襲撃された気分だ。わざわざ言われた通りに集合場所で待機していた僕も僕だけど、ユカさんの約束を無視すると後が怖い。

 それにしても、どうしてユカさんは僕を連れ回したがるのだろうか……

 暇そうな奴なら他にいくらでもいるだろうに。

「ん? どうした。りょうちゃん。反応がなくなってるよ」

「何でもないです。ユカさんは今日も元気ですね」

 ――僕は疲れました。さっさと休ませてください。

 胸中でそう念じてみたけど、ユカさんには伝わらなかったようだ。先輩は嬉しそうに頷いてから歩くペースを速めた。

「今日は天気が良くて助かったね。もし雨だったらりょうちゃんが大変だったよ」

「どうして俺が大変になるんですか?」

「電子ジャーを持ったまま傘さして歩くなんて大変でしょ?」

 先輩は平然とそう言った。

 このひとの脳内には電子ジャーを郵送するとか、市営バスに乗るとか、そういう発想はないのだろうか。――いや、たぶん一瞬くらいは頭の片隅を過ったかもしれない。しかし、楽するためにかかる料金を思い浮かべて即座に切り捨てたはずだ。

 ――『お金を使うくらいなら、りょうちゃんを働かせよう』

 いかにもユカさんの言いそうなセリフである。

 僕は路傍の石ころを蹴り飛ばしながら、口を尖らせて言った。

「それで、今回はどうでも電子ジャーなんですか?」

「んー。説明してなかったっけ?」

「いつものことながら、ただ『電子ジャーを買いに行く』って言われただけで説明どころかヒントすらもらっていませんよ。今どきゲームにだってチュートリアルがありますよ。昔の死に覚えゲーじゃないんですから、いい加減ちゃんと事前に説明することを覚えてください」

「ええー。私はレトロゲーも好きだけどなぁ……」

「そういう話じゃないです! ああもう。いいから説明してください!」

 先輩と一緒にいるときはいつもこんな調子だ。

 ユカさんのペースに合わせていると、グダグダになるだけでほとんど話が進まない。ときたま物凄い怒涛の勢いで事態が進んでいくこともあるけど、だいたいはユカさんが暴走していて、僕は置いてけぼりを食らわされる。

「ひょっとして先輩。また何かマズイことでもやっちゃいましたか?」

「私はいい子だよ」

 そう言って先輩は笑って見せた。

 ただ、その笑い方が少しぎこちなかったというか、無理をしているような気がする。でも、わざわざ指摘することでもないから、僕も笑ってごまかした。ユカさんの考えは分からない。相手が隠したがっているなら暴きたてるのは野暮だろう。

 先輩は道の先を眺めながら言った。

「りょうちゃんは将来の夢とかあるの?」

「まだないですね」

「そうだよね! 普通はまだ夢とかないもんだよね!」

 ユカさんが横からガシッと肩を掴んできた。

 男子に比べて小さい手だけど、意外に力が強い。ちょっと肩が痛いくらいの力で掴んだままユカさんは喋りつづけた。

「たかだか高校生のうちから進路だどうだって、私にどうしろっていうんだか! まだ大人の社会のことなんて全然知らないし、大人の世界なんて魑魅魍魎の蔓延る異界にしか見えないじゃん!」

 要するに、先輩は進路のことで鬱憤が溜まっていたらしい。

 しかし、進路がどう電子ジャーと繋がるのか。さっぱり関係性が見えてこない。

僕は先輩の手を引き剥がしつつ、話の続きを促した。

「それで、どうしたんですか?」

「親と喧嘩した」

 ひゅううううぅ……。

 夏休みに入って、初めて外で涼しいと思った。

「決めろ決めろってうるさいから怒ったら、逆ギレされて追い出された。まったく、じゃあどうしろっていうんだか。テキトーにダーツで決めても怒るくせに! 真剣に悩んだら、さっさと決めろって!」

 いや。涼しいどころの話じゃない。寒気、しかも悪寒のような骨に染み入る冷たさを感じた。そしてなぜか先輩の話が読めてしまった。進路、親と喧嘩とくれば、その次に来るのはだいたい相場が決まっている。

「あの……先輩。追い出されたって――」

「うん。家に帰れなくなっちゃってね。最近は部室に泊まっているんだ」

「それ、家出じゃないですか!」

 ユカさんの言う『部室』とはジャーナリズム研究部の部室である。

 部員が僕とユカさんの二人しかいない弱小部であるが、開校当初から存在する由緒正しい部活動なのでおいしいことに学校から部室を宛がわれている。普段ジャーナリズム研究部はこれといった活動もしていないし、僕が部室に顔を出すことも滅多にない。そのため、事実上ユカさんの個室のようになっていたのだが……

「いつから泊まっているんですか?」

「三日前くらいからかな。授業はちゃんと出てるよ」

「ゴハンはどうしていたんですか?」

「食堂とコンビニに頼っていたけど、ちょっと高くついちゃってね。コストパフォーマンスが悪いから自炊したほうがいいと思ってさ」

「――だから『電子ジャーを買おう』ってわけですか」

 僕は大きく溜息を吐いた。

 ようやく事情が分かった。

 しかし、それにしてもユカさんは大変なことをやってくれる。怪しいバイトとかに手を出さない分だけマシだけど、家出中の宿泊先として学校を選んで、そのうえ自炊までしようとするとか……。ずいぶんと危険を冒すものだ。

「警備員に見つかったらどうするつもりですか?」

「んー。そのときは一巻の終わりだね。どうしようもないでしょ」

 ユカさんはさらりとそう言った。

 まだまだ聞きたいことはたくさんあったけど、先輩が不機嫌そうだったからこれ以上の質問は控えておいた。しばらく無言で歩いているうちに僕たち二人は小さなリサイクルショップにたどり着いた。


お読みくださりありがとうございました!!


まだ第1話で何も始まっちゃいませんが、

たぶんずーっとこんなようなペースで物語が進むかと思います。


(ダレてきたら先輩を暴走させるつもりです)


こちらは完全に趣味なんで更新は遅くなるかと思います。

「それでも付き合ってやんよ!」という方がいらっしゃったら嬉しい限りです。これからもよろしくお願いします。


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