2. 勇者といえども 人の子です
スヴェンは、剣士だった。
どこかの 洞窟で発見したという 《雷鳴の剣》 …… 雷をまとった剣を 軽々と操る。 なかなかの腕前は、王でなくても褒めるだろう。
金の髪に、青い瞳。 整った顔は 町の女性から熱い視線を送られるほどで、イーサンなどは「よっ 色男!」と からかってはいたが。
自分は、知っている。
当の本人は、おそらく ちっとも嬉しくはなかったのだろう。
――― 彼は、女性よりも 男性の方が好き。
そう、いわゆる ゲイとか ホモとか呼ばれる部類の 剣士さまなのだ。
性格的には、真面目で、正義感にあふれ、これぞ 《勇者》というに相応しい。
だから、何も 問題はない。
性癖なんて、その人の自由 ――― そんな彼は、当然 乙女の気持ちなど まったく理解もせず、泊まる宿では 必ず 《一部屋》しか取らなかった。
寝るときも、朝 起きてからも、四人が 同じ部屋に、ずっと一緒。
ある意味、セクハラとして訴えても 通るだろう。 あの男は、そのあたりの感覚が鈍すぎる。
※ ※ ※
イーサンは、武闘家だ。
歳は 二十八と 同じ歳なのに、自分のことを 《お嬢ちゃん》と呼ぶ。 どこか オッサン臭くて、でも 憎めない。
明るくて、意外に 気遣い屋さんで、女一人の 自分のことを、いつも 気にかけてくれていた。
武器を持たず、己の肉体のみを使う彼は、当然 たくましい体をしており、豪快で、力持ち。
緑の髪に、茶色の瞳。 彼を嫌う人は、おそらくいないというくらい、気持ちが真っ直ぐな男だった。
隣に 色男・スヴェンが並ぶため、女性の視線は すべてスヴェンに集中して、「俺は どうせモテない……」とぼやいていたが。
断言しよう。 イーサンは 絶対、男としては かなりイイ物件だ。
たとえば、下世話な話、《恋人》や 《旦那》として考えても、彼なら絶対に 女性を大切にするだろう。
顔の造作が、なんだ。 スヴェンが なんだってんだ。
男は カオじゃない、中身だ。 その 心意気だ。
「異世界の 住人じゃなければ ……」
――― 好きになっていたかって?
「…… それは、ないな!」
イーサンの むさくるしい 《ふんどし姿》を見てしまったからには、百年の恋も覚めるだろう。
うん、ある程度の 《見た目》は、大切だよ。 思い知ったわ。
※ ※ ※
ファイは、僧侶だ。
戦う僧侶 ――― と本人が言っていただけあって、ああ見えて 戦闘に慣れていた。
神への祈りをささげつつ、身長よりも長い 《錫杖》で、敵を蹴散らすのが得意だったのだ。
自分と変わらない背に、華奢な 体つき。
角度によっては 白にも見える、アイスブルーの髪と 菫色の瞳。 文句なしの 《美少年》なのだが、中身が とにかく問題だった。
神に仕え、神に祈りをささげるのは いいとして …… 彼の場合、口調が丁寧なだけで、性格自体は かなりの 《過激派》だ。
《やんちゃ》とか 生ぬるい言葉ではなく、ある意味 《どS》 ――― 優しさという言葉を、彼は 忘れて生まれてきたに違いない。
邪魔だからと、女性を平気で 放り投げるなんて、甘い方だ。
彼に 敵だと認識されたが 最後、文字通り 《ぎったん ぎったん》にされる。 敵とはいえ …… 同情を隠せない 惨状なのだ。
誰が、あの子に 戦いを教えたのかは 知らないが、その人物は おそらく、天国へは行けないだろう。
「私のことだけ、名前を呼び捨てだし ……」
僧侶は、修行を積むと 《神官》へと クラスチェンジするらしい。
彼は 戦う神官を目指して、日々 修行中らしいが、肉は食べるし 酒は飲むし、とんでもない 修行僧もいたものである。
※ ※ ※
「書置きだけして …… 飛び出して来ちゃったけど ……」
この世界から、どうすれば日本に帰れるのかは わからないが、とりあえず 歩くしかない。
「なんか …… 夜は冷えるな」
こんな、ファンタジーぶっちぎりの話、本当は 信じられない。
自分自身が、一番 信じたくはなかった。
「魔法使いになれたの、ラッキー …… って、喜べる歳でもないしね」
まして、自分は 魔法が発動できないときている。
こんな時、小説なら、どういった展開が 予想できるだろう。
「うーん …… だいたいが、そろそろ 事件が起きて、次のイベントに ……」
―――― ん? ちょっと、待て。
事件は、どこで 起きる?
「現場で 起きてんだ …… とか、ふざけてる場合じゃなくて」
勇者ご一行さまは、いくつも存在する。
主に 剣士がリーダー格となり、《勇者》の称号を受けるのが 大半だと聞いた。 スヴェン一行の 勇者は、もちろん スヴェンになる。
この町に 滞在している勇者は、今日は スヴェンたちだけだ。
勇者の目の前で、事件なんか 起こらない。
起こるとすれば、人があまり いないところ。 寝静まった時間帯。 町はずれ。
自分は、この世界が 何かの物語とするならば、間違えなく 《脇役》だ。
その他 大勢。 間違っても、《主役》ではない。
脇役とは、ときに 作者の意志で簡単に、命を落とす。 物語を、より盛り上げるために。
「おい おい おい …… 冗談じゃないぞ ……」
異世界に飛ばされ、あっさり死にました ~ 。
「そんな展開 …… 絶対やだ!」
ならば、どうする?
このまま トンズラして、世界を さ迷い歩くか。 …… いや、冷静に考えてみると、途中で 魔物に出くわし、死亡する確率の方が高いだろう。
「じゃあ ………」
戦えるように ―――― 修行する、とか?
「むっ …… ムリムリ、だいたい 魔法なんて、誰が教えてくれんの!?」
そもそも、今から 教わったとして、魔法が使えるようになるのだろうか。
「その前に …… 死んでないか?」
魔物は、神殿から あふれ出ているという。
このままでは、魔王が 解放されるのも時間の問題かもしれない。
その時も まだ、自分が この世界にいたとしたら?
「マズイ …… よね、確実に」
戦えないということは、この ヴェイグラートという世界においては、致命的だ。
魔法使いでは ないにせよ、何かしら、戦う術がないと 困るのは自分なのだ。
「どこかへ逃走するくらいなら …… いっそのこと、修行してみる?」
あっちに ウロウロ、こっちに ウロウロ。
暗闇の中、一人で 行ったり来たりをしていると、ぽんと肩を叩かれ 絶叫してしまった。
うぎゃあぁぁぁぁぁっっ
ああ、この声が武器になるならば、今のは おそらく 《かいしんの一撃》というやつだろう。
魔物が目の前にいたら、きっと 仕留めていたに違いない。
なんとなく満足していると、肩をたたいた人物の、怒りの声が 聞こえてきた。
「………… イタイ目に、遭いたいんですか?」
「いいえ …… 滅相もゴザイマセン ……」
※ ※ ※
にっこり笑った ファイ少年ほど、恐ろしいものはない。
「こんな所で フラフラしていないで、帰りますよ?」
腕を掴んで、当然のごとく 引っ張ろうとする。
ぐぬぬ …… ちびっ子とはいえ、やはり男の子だな。 けっこうな 力だ。
「悪いけど …… 私は、戻らない。 魔法使いが必要なら、王様にお願いして、他の人を入れてもらってよ」
「リオ …… ?」
「置手紙 …… 読まなかったの?」
自分は、魔法使いではない。 戦うことはできない。
だから、一緒に行くことは できない。 みなさん、さようなら。 お元気で。
「……… っていうような内容のことを、書いて ――――」
「リオは、僕が 嫌いですか?」
「えっ、だから そういうことではなくて ……」
「僕を置いて、どこかへ 行くんですか?」
「いや、だから ……」
―――――― 誰だ、お前ぇぇぇ!
目にウルウルと 涙をためて、「本当は、寂しいの ……」と言わんばかりの、この表情。
魔物を容赦なく 退治していく、いつものファイとは、キャラが違う。 違い過ぎだ。
でも …… 本当は、これが真の姿だったとしたら?
あり得ないとは、言いきれない。 彼は、まだ 十六歳。 親元を離れ教会に属し、修行を積んできた反面、情緒の面で 著しく発達が遅れている …・なんてことも、あるかもしれない。
ここで、冷たく 接することで、今後の彼に 悪い影響を与えるとしたら?
責任、重大だ。
どSなのも 寂しさの表れ。 心が満たされれば、《ちょいS》くらいには 改善できるかも ――― 。
「僕を ひとりにしないでください、リオ。 僕は、実は、ずっと あなたのことを ――――」
「………… いや、無いわ、やっぱり」
掴まれていた手を、ぱしんと 払いのける。
出会って、二週間。 メンバーの 性格からクセまで、すべてを知っているとは いえない。
それでも、朝から晩まで 一緒に過ごした時間は、伊達ではないから。
「あんた …… 誰? あんたは、ファイじゃない。 ファイなら ……」
そんなセリフ、言わない。
ためらいもなく、人を 真後ろに放る人間が、よもや 自分のことを好きでした …… なんて。
「いくらなんでも、そんな物語じゃ 《先は短い》でしょうが」
そんな展開、誰も 望んでいない。
もし、ラブの要素が必要ならば、もっと それにふさわしい《ヒロイン》が、ちゃんと用意されているものだ。
「そうじゃないと、脇役キャラとの 恋なんて、誰も見たくないでしょうが」
「………」
何が できるわけでもなし。
とりあえず、ヤツから距離を取る。
ファイでない以上、魔物なのは 確かだ。 エサになる気など 微塵もない。
「もう一つ 付け加えると …… あんた、ファイの姿を かたどったつもりでいるみたいだけど、根本的に、間違ってるよ」
彼の、目じりの下にある ホクロは、向かって右 …… つまり、彼の左目の下だ。
「それに、性格の把握も いろいろ不完全だね。 あんたは、ファイの恐ろしさを知らないんだ」
彼が 《魔王》だと言われても、 納得できてしまう。 それが、ファイ少年なのだ。
「――――――― よくぞ見破ったな、人間の小娘」
「褒められても、嬉しくありませーん ……」
少年だったカタチが、みるみるうちに変化していく。
魔物の姿に 戻った相手は、凶暴な牙を見せながら、ゆっくりと近付いてきた。
「こういう時に、勇者さまって かっこよーく、現れるのが定番だけど ……」
使い捨ての 脇役に、そんな オイシイ役が回ってくるとは思えない。
「あー …… これは、うん。 《自力》で 何とかしないといけない場面だろうねぇ……」
もう、自分は 仲間を捨てて、宿を出てきたのだ。
いまさら 助けてほしいだなんて、言う資格はない。
「だいたい …… 私は 王宮で、魔法使いの長を 倒したわけさ。 あれには きっと、何か 《意味》があるはずっ ……って、ぎゃあっ」
「ふははは、喰らいつくしてやる!」
「わーん、本当に、ヤバイかもっ!」
戦うには、力量差が あり過ぎるとき。
「……… 逃げるしかないっ!!」
人は、選べる 《選択肢》というものが、けっこう少ないのである。
脇役ならば、なおのこと。