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1. 勘違いは もっとも危険な始まり方

  正直に、告白しよう。


  確かに、マンガや小説、ゲームが好きだった。

  特に、《冒険》とか 《魔法》とか、そういう類の言葉が出てくると背中がゾクゾクとし、《勇者》とか登場したら、バンザイものだ。


  …… 若干、意味がわからないかもしれないが、一応 《オタク》ではない。

  別に、オタクを軽視しているわけではなく、むしろ 《尊敬》しているからこそ、自分は 違うと断言できる。

  彼らは、凡人には 計り知れない能力を持っていて、さらには研究熱心であり、努力家だ。

  『ただ好き』と ほざいているだけの自分など、到底 足元にも及ばない。 それくらいは、わかる。


  だから、自分は ただのファン ――― 異世界に憧れる、ごく普通の、人間だった。



  ほんの、二週間前までは。


※ ※ ※


「そっち行ったぞ!」

「周りを囲まれる前に、早く!」

「被害を 最小限にとどめなくては!」


  町はずれの草原に、響き渡る声。


  ここは、《ヴェイグラード》という世界で、四番目にできた国・アスィール。

  日本で生まれ育った自分には、どちらも 発音しにくい名前 …… ということは、この際 どうでもいい。

「くそっ、雑魚ばかりとはいえ、数が多すぎるぜ!」

「しゃべってないで、集中しろ! 雑魚だからって、一匹たりとも 逃がすなよ!」


  大量の 魔物 …… というべきか、モンスターというべきか。

  とりあえず、人間の生活に害を及ぼすばかりか、襲い来る 《敵》。

「グゥワァァッ」

「ぼーっとするな!」

  安価な武器では、簡単には倒せない ――― 住民は 逃げるだけで精一杯で、あとは 《専門の人》に退治を依頼する。

  それが、この世界の 今の 《現状》だった。


「どうした、リオ! 君は 《魔法使い》だろう! 早く 魔法を!」


  先頭で戦っている男が、顔だけ 振り返りながら 叫ぶ。

  …… おいおい、無責任なことを言わないでほしい。

  できるならば ――― もっと前に、やっているっつうの。


「そう、《嬢ちゃん》を急かすな、スヴェン。 まだ新入りなんだから、もう少し時間をやれよ」


  スヴェンの隣で 戦っている男 ――― イーサンは、今日も優しい。

  ただし、《嬢ちゃん》はやめてくれないかな。 実年齢を考えると、かなりイタイ。


「……… リオ、邪魔です」


  人が 何とかしようと唸っていると、問答無用で 背後から首元を掴まれ ―――

「ぎゃあ!」

  あろうことか、後方へ ぽーいと投げられた。

  何の迷いもなく、ためらいもなく、遠慮もない …… ここまでくると、いっそ あっぱれな行動だ、ちくしょう。

  犯人は、線の細い 少年、ファイ。


  彼は 教会から派遣された《僧侶》であり、神の名のもとに、敵に殲滅 …… もとい、浄化する、戦う僧侶だった。


  何の役にも立たない 自分を置き去りに、三人の男たちは 次々と敵を倒していく。

  仲間であるのは 心強いのだが。

「ああ …… やっぱり今日も、出番なし …… 」


  男たちの戦いぶりを見ているだけで、一日が終ろうとしていた。


※ ※ ※


  この世界は、危機に瀕している。

  そして、そんな世界に、自分は 巻き込まれてしまったのだ。

「なんだぁ、嬢ちゃん。 元気ないな。 そう落ち込むなって。 最初は 誰でも、うまくはいかねぇって!」

「ははは ……」



  その昔、この世界を 我がものにしようと企んだ 魔物の親玉 ――― つまり 《魔王》を、一人の 《勇者》と その仲間たちが倒したという。

  しかし、本当は 魔王は倒せなく、神殿に 封じただけだった。


  魔王は 言った。

『いずれ、この封印を解く 《若者》が現れるだろう』


  魔物を従え、先導し、世界を手に入れようとする ――― ひとりの 人間。

  そう、人間は人間によって、食らいつくされる運命なのだ、と。

『そして、その時こそ …… 真の闇が訪れるだろう』


  魔王の予言が当たったのか、人間の持つ 《欲》のせいなのか。

  神殿の封印の 《一部》が 何者かに解かれ、魔物たちが 世界へと飛び出してしまう。

  仕方なく 各国は互いに協力し、ある 《方針》を打ち出した。


  腕自慢の 戦士たちを、王宮に集める。 そして、王が選別する。

  選ばれた者は 四人一組にし、各地へと 派遣 ――― 住民に代わり、魔物退治を行うこと。

  名付けて、《勇者 ご一行・魔物 撲滅計画》だ。


  早い話が、勇者ご一行様は、王に雇われた 《派遣社員》だと表現できる。

  しかも、その契約は とんでもなく 曖昧 …… というか。


  賃金 …… 特に規定なし

  終業時間 …… 場合による《徹夜や 深夜あり》

  休日 …… あるわけがない

  派遣期間 …… 魔物が絶滅するまで

  健康保険等 …… あってたまるか。 死んだとしても それっきりだろう

  その他 特記事項 …… たまに 住民の厚意により 宿代がタダになる


  どんなブラック企業も 真っ青の 《労働条件》を聞かされたとき、初めは 思わず噴き出したくらいだ。 こんな仕事、引き受けるヤツが いるのかと。

  けれど、世界はすでに 《混迷の時代》へと 突入し、魔物を退治しなければ 安心して暮らしていけないのも現実であり。

  名声を上げたいとか、平和な暮らしを求めてだとか、理由は様々だが、戦士たちは 大勢 王宮に集まり、各地へと派遣されていった。


  そして、こんな自分も、その中の一人であったりして ――――


「そうやって イーサンは甘やかすが。 実際、これまでリオが倒したのは、たった 一匹だぞ?」


  本日の 魔物退治を無事に終えると、辺りは すっかり暗くなっていた。

  町の宿に戻って、やっと夕飯を …… と、食堂に落ち着いたところで、スヴェンが 余計なひと言 …… いや、事実を述べてきた。

「スイマセン ……」

「謝罪はいいから、もう少し 働いてほしい。 何のための 《魔法使い》なんだ?」

「それは ……」


  本当は 魔法使いではないから ――― とは、誰も信じてはくれなかった。

  王宮の 《選別試験》で、《あんな事》さえ なければ。

「とにかく、君は アスィール王に選ばれた者。 もっと自覚を持って 行動してもらいたい」


  そう言い捨てると、スヴェンは 宿泊する部屋へと引き上げてしまった。

「気にすんな、嬢ちゃん。 誰でも 初めはこんなもんだ。 そのうち慣れるさ」

「…………」


  そのうちって、いつだろう。

  何かの 手違いで この世界に入り込み、王宮の前に立っていたとはいえ。

  自分は ただの、一般市民だ。 魔法使いなんて、つとまるはずがない。

「はあ ………」


  支倉はせくら 里桜りお、二十八歳。

  もしかしなくても、人生最大のピンチが 訪れたようです。


※ ※ ※


  勤めていた会社が倒産し、退職したのは 二か月前のことだ。

  失業保険をもらいつつ、就職活動をしていた、ごく普通の 乙女である。


  景気回復とか、雇用の改正だとか、どこの誰が 言ったのだろう。

  今や インターネットでも 求人の応募ができる時代 ――― 職が無いとは、いわない。 確かに、職は ある。

  しかし、イイ職場ならば、誰も辞めたりはしない。 つまり、募集をしている所の 大半は、条件の悪いところばかり …… はっきり言って、応募したいと思えるところが無いのが本音だった。


  少ない 失業保険で食いつなぎつつ、人材紹介の担当者からは 「条件を絞り込まないでください」と言われ、ハローワークからは 「そろそろ本腰入れて活動してください」と煽られ。

  無職になって 二か月と少し ――― 心が 折れそうになっていたことは、認めよう。


「…… なのに、何で 突然、異世界に来るかなぁ ……」


  企業が集まる 合同説明会に参加した帰り、疲れた体を引きずりながら、川の横を歩いていたときだ。

  水面が チカチカと光ったような気がして、夜なのに おかしいな ――― と。

  深くは 考えずに、川の方に視線を移したら。


  強烈なチカラに 身体が吸い込まれ、息ができなくなり、気が付いたら この世界にぽつんと立っていたというわけだ。

  しかも、よりにもよって 王宮の前だったから、志願しに来た 《戦士》だと 誤解され、無理やり 中に連れていかれる始末。

「帰してくれと頼んでも、誰も 聞いてはくれないし ……」



  戦士を選ぶ試験とは、単純に 王宮の兵士たちと戦って 勝つことだった。

  剣士は 剣士と、武闘家は 武闘家と、魔法使いは 魔法使いと。

  自分の職業に合った兵士が 用意される中 ――― 剣を持たず、体格も普通の自分が 魔法使いと判断されたのは、まあ妥当だろう。

  誰も話を聞いてくれないまま、城の魔法使いと戦い、なぜか 勝ってしまったために、現在 ここにいる。


  あの瞬間、何が起こったのか、自分には わからない。 おそらく、その場にいた 誰も、わからないだろう。

  呪文を唱えたわけでもないし、杖を振ったわけでもないが、筆頭 魔法使いが気絶していたのは確かだ。


  まさか、自分が 倒してしまうなんて。

「あり得ない ……」


  あの後の騒動なんて、思い出したくもない。

  凄腕の 魔法使いが現れたと 王は大層喜び、今回の試験で 最優秀を取った スヴェンたちの組に、加えられたのだが。


  あれから、一度だって、魔法が使えたことはない。

  当然だ。 自分は 魔法使いではないのだから。

「私は、魔法使いなんかじゃない ……」


  何度 言っても、誰も聞かない。 誰も信じてはくれない。

  そして、期待だけする。 凄腕の 魔法使いなんだから、さぞ 役に立つだろうと。

「無理だよ ……」

  だいたい、魔法とは 何なのだ。

  何を 手本とし、何を 基準にすればいいのだ。 こんなこと、誰が教えてくれる?


  期待通りにならないと、人は 相手を責める生き物だ。

  勇者ご一行に加わってから、二週間。 そろそろ 潮時だろう。


「ここを、去らなきゃ ……」


  偶然とはいえ、倒した魔物は 一匹なんて、自分が この組に存在している理由などない。

  欠員が出れば、補充が認められるのが 勇者の制度だ。

  自分に代わり、もっと まともな、本物の 魔法使いを入れてもらった方が、誰にとっても いい話だから。


  みんなが食べ終わり、食堂から 出て行くのを待って。


  自分は こっそりと、宿を 後にしたのである。    

ふと 思いついたので、書いてみました。

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