VRMMOプレイヤーの悲劇と喜劇
「どこが神ゲーだよ! チクショウ!!」
俺の叫びがプライベートルームにこだまする。
事の起こりは、先月オープンβの始まった、VRMMOでのプレイ結果だった。
俺は一般的に見て、キモオタデブと呼ばれる人間だ。
完全なインドア派、スポーツなんて学校の授業以外ではまったくやらない。会社に勤めるようになってからは最低限の身だしなみは整えるし、清潔な服装を心掛けている。周囲仲良くできるかといえばオタク趣味が通じるかどうかというハードルはあるものの、大きな軋轢ができるような真似はしていない。理解されにくい趣味だとは分かっているし、多少バカにされても心の中で抑えつけるだけの分別はある。
そんな俺だが、人に誇れることはある。
頭の回転の速さ、事務的なデータの処理能力だ。俺は総務部に勤めているが、仕事の速さと正確さで周囲の信頼を得ている。
大きなミスなど一切しないし、周囲のミスをフォローするだけの余裕がある。来年あたりは班長に、と上司も認めてくれるところまで頑張っている。
これはゲームで培った能力で、リアルタイムSLGであれば何でも手を付けてやってきたことで磨かれた能力だ。
タクティクス系のゲームではゲーム内の情報を短時間で把握し、有効に活用するかが求められる。俺はその分野のエキスパートという事だ。互いの兵の配置からその相性、地形と天候の状態、小さな戦場と全体において目指すべき勝利条件。そこから導き出す一手を、ゆっくり考える時間のない中で選びうる最善を考えるゲームであれば、世界ランクは言い過ぎでも国内では確実に「ごくわずかな一握り」に数えられるだろうという自負が、俺にはある。
だが、VRMMOで、俺は全くの無力だった。
やったゲームはレベル制のゲームで、剣と魔法のMMO-RPGだった。
RPGに挑戦したのは初めてだが、それなりに俺は期待していたのだ。
クローズβをやった奴らのレビューを見る限り、このゲームは「神ゲー」だったらしい。
美しいグラフィックや臨場感などはどこのVRゲームでもある話。
だが、RPGとなると『広い世界』を作る努力に採算が合わないという理由で、今まで見送られ続けてきた分野だ。ダンジョン物がせいぜいだったこの分野に、広大な大地を駆ける事の出来るRPG。誰しも期待が高まるのはしょうがないだろう。俺も「もう一つの世界に――」などという陳腐な言葉に胸を焦がす日が来るとは思っていなかったしな。
そんなわけで、オープンβが始まった時から俺は参加し、ゲームをがんばった。
別ジャンルではあるが、他ゲーの仲間を誘い、みんなでいろいろやった。
――モンスターと戦い、
――アイテムを集め、
――武具を自分で作り、
――ダンジョンを踏破する。
――宝を探し、
――仲間とともに、ボスを倒す。
ひと月の間に、俺たちは40レベル――ボリュームゾーンの中なら上位――ぐらいまで強くなり、能力値は始めた当初の5倍まで増え、雑魚相手なら無双ができるところまで進んだ。
はじめは恐怖心が強かった戦闘も何とか耐えれるようになり、スキルや魔法の使い方にも慣れだした。
確かに、強くはなっていたんだ。
だけど、現実はそんなVRを駆逐する。
相手はその時レベル20だった。
腕試しにと、高レベルプレイヤーと戦いたいと言い出す奴がいたのだ。
PKは忌避されるべき行為だが、PvPはゲームを楽しむための行為だ。こちらが格上だったこともあり、お互いペナルティーなしで戦う事になった。
結果は、惨敗。
俺たちは誰も、そいつに勝てなかった。
レベルは高くなった。
ステータスも相手の倍あった。
なのに、勝てない。
根本的なところで、プレイヤースキルが足りないのだ。
後で知ったが、そいつは格闘技を小さい頃からやっていて、すでに敵なしとまで言われるプロの格闘家だった。
たとえ能力的に劣っていても、目は変わらない。
見切りも上手く、こちらの攻撃はことごとく躱された。
攻撃パターンを見切られ、能力差に慣れられてしまえば後は逆に蹂躙されるだけである。
俺は当時剣士で、『兜割』という、剣道の面を強力にしたような技を使って攻撃した。
相手はタイミングを合わせて俺の方に一歩踏み込み、剣を持つ俺の手を打ち据えて攻撃をキャンセル。そのまま俺の手を取り自分に引き付け、体勢が崩れた俺の顔面に膝蹴りを入れた。
その流れるような動きはゲーム内のスキルなどでは無く、プレイヤースキルであった。
そのままボコボコにされた俺たちは、しばらくVRMMOから離れた。
結論だけ言ってしまえばたったこれだけの事だ。
「現実で弱い奴は、現実で強い奴に勝てない」
VRとは、結局はRの延長線上。
ゲーム的に強くなったところで、現実で強くなければ意味がない。
プレイヤースキルだの長くやればそのうち出来るようになるだの、そんなのは妄想だ。
相手はそれよりも長く積み重ねてきた人間なのだ。相手はもっと、頑張ってきたのだから。
俺はVRMMOでトッププレイヤーになりたかったわけでもない。
俺はただ、ゲームの中では「強い剣士」を演じる奴になりたかっただけだ。
だけど、それも叶わない。
VRMMOなんてクソゲーだ。
努力しても、たいして意味がないんだからな。
そう思っていたんだが。
「ミルたん、今日はどこに行こうか~?」
「みずうみのほうにいきたいです、ましゅたー」
「あぃ、じゃあ行こっか」
とあるアプデ後に、俺はまたVRMMOをやっていた。
「ミルたんは俺が守る!!」
「ましゅたー……ありあとー」
導入されたのは「サポートキャラクター」。
プレイヤーの行動全般をフォローする、バランス調整NPC。
プレイヤースキルが低いと判断された場合サポートキャラクターが強化され、レベルに見合った活躍が出来るというシステム。色々と物議をかもしだしたが、高いプレイヤースキルを持った奴にもそれなりの恩恵があり、能力的な意味では多少批判もあるものの、おおむね肯定的に扱われている。
それよりも。
「ましゅたー、おひるごはんのじかんでし」
「おお、もうそんな時間か」
「ましゅたー、あーん」
「あーん」
設定できる外見は自由で、幼女から爺まで、好きな外見のキャラを連れ回せる。
AIも課金すればだが、それなり以上に会話のできるモノを使える。
関係も設定できるし、豊富な会話パターンは人格が本当にあるかのようでとても楽しい。
運営さん……。あんた達、いい仕事したよ…………。
俺、このゲームが正式リリースされたら、絶対プレイするんだ……。そんで、ミルたんを引き継ぐよ…………。