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僕の口から出た意外な言葉

 階段を降りる途中で、Pが「あのな」と言った。「会長のスケジュールが空いたのは、先方の飛行機が欠航になったからなんだ。でも、こんなことは珍しいことじゃない。年に数回は起きる」そこまで言うと、彼は急に声を変えた。まるで小学生のような幼稚な声で「では、ここで問題です。そうなったとき、会長がすることは決まっていますが、さて、それは何でしょう」と言った。

「愛人宅に直行」

 自分の口から、そんな言葉が出たことに驚いた。しかも反射的に。だが、そうなった背景については、心当たりがあった。

 社長を一目見たとき、最初に頭に浮かんできたのが、94パーセント以上という言葉。これは、日本の法人企業における同族経営の割合を示す数字なのだ。

 それを基本にしながら社長を見たわけだが、美しすぎる顔立ちと、日本人離れしたプロポーションの中に、会長と共通するようなものは、何一つ見いだせなかった。

 だとすると、母親のDNAだけを受け継いだのだろうか。だが、年齢差からすると、親子ではなさそうだった。

 じゃあ、孫かな?

 と思ったところで、Pが、社長のことに一言も触れていなかったことを思い出した。

 これは、おかしいぞ。何かが変だ。女に目がないPにしては、あまりにも不自然過ぎる。彼なら最初にそのことに触れる。

 俺の会社の社長を見て、鼻血を出すなよ。

 それぐらいのことは、絶対に言う。社長が女性だということさえ、匂わさなかったのには、それなりの理由があるはず。部外者には言えない理由とは、一体、どんなことなのだろう?

 自問自答を繰り返すうちに、次のような言葉が浮かんできた。

 社長と会長は、怪しげな関係。

 不意の質問は、その言葉が、頭の中をぐるぐる回っていた真っ最中に投げかけられたのだ。

 しかし、僕の答えに驚いたのは、Pも同じだったらしい。

「お前が、そんなことを言うなんて珍しいな」眉をしかめたPは、僕の顔を横から覗きこんだ。そして、しばらくすると、合点がいったような笑顔を浮かべて「まさか、会長の愛人が、うちの社長だなんて思っているんじゃないだろうな?」と言った。

 むかしからそうだが、Pは勘が鋭い。Pの目を見て話をするのが怖い、という人間が何人もいた。

 時として、彼の勘が相手の心を傷つける刃となることがあったからだ。でも僕に対するとき、それは思いやりという形に姿を変えた。

 今のセリフの最後に、疑問符を付けてくれたのが、その見本だ。

 彼の優しさをありがたく受け取った僕は、見え見えのウソをついた。

「なんで俺が、そんなことを思わなきゃならないんだ。お前じゃあるまいし」

「確かにそうだな」

 Pが素直に引き下がったのは、男女間の心の機微を僕に吹き込んだのは、自分だという意識があるからだろう。

 玄関ロビーに着いたところで、Pは言った。

「時間が空いたとき、近くの映画館に飛び込むのが習慣になっていたんだけど、どうしても、お前に会いたくなったらしい」

 これが、若い女の子からの要望だったら、と思ったが、声には出さなかった。

 僕の反応がないのに、Pは少しがっかりしたような表情を浮かべながらつづけた。

「このあと、お前が案内されるところを、俺たちは迎賓館と呼んでいるんだけど、会長はそうは言わない」

 えらく勿体をつけたような口調だった。「なぜ?」と言わせるためのセリフのようにも聞こえた。僕は聞こえなかったふりをして、無視することにした。

「これまで、迎賓館を訪れた人は結構いる。でも、会長自身が、招いたことは一度もない。つまり、こんなことは、お前が初めてなんだ」

 ずっと黙っていると、Pの気分を害してしまう恐れがある。

「要するに、あれだな」と僕は言った。「俺が送ったあのDVDは、会長にとって、かけがえのないものになったということなんだな」

 と言ってはみたものの、そんなことは、どうでもよかった。僕の関心は、迎賓館を出た後の、社長との昼食の方にあったからだ。


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