表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/106

無責任な言葉で思い出したこと

 言われてみると、数え切れないほどの自覚症状があった。ここ一ヶ月くらいの間に起きた出来事の殆どが、そうだ。

 それをどう伝えれば、理解してもらえるだろうか。

 メビウスの帯と、マトリョーシカ方式の夢が、合体したようなもの。

 いや、それだと逆に、分からなくなる。もっと単純に。

 夢と、現実と、妄想の区別が、付かないんだ。

 そう言おうとしたとき、立ちくらみに似た症状を覚えた。

 目の前が暗くなり、体中の力が抜けた。ソファにもたれているのがやっと。目を開けているつもりなのだが、何も見えなかった。口を大きく開けて、肩で息をしているのが、自分でも分かった。

「なあ、おい」そのときPの声が聞こえた。遠くで聞こえたのもそうだったが、内容に驚いた。「コーヒーを淹れようか」

 落ち着いた声というより、僕のことが目に入っていないように聞こえた。

 コーヒーどころじゃないだろう。俺の体を心配するほうが先なんじゃないか?

 自分ではそう言ったつもりだった。だが、口から出たのは、違う言葉だった。

「俺も飲みたいと思っていたんだ」

 

 淹れたての熱くて香ばしいコーヒーと、冷たい水を飲んだところで、いつもの僕が戻ってきた。

「こんなこともあるだろうと思ったんでね」Pはスマホをテーブルに置いた。「順番に聞くのもいいかもしれないけど、まずは、ここから」と言って、通話記録を呼び出した。「職業柄、大事な電話は残して置くんだ。ちょっとした勘違いや、聞き間違いが、数億円の損害になることだってあるからな」

 最初に再生したのは、Pの項目で言うと『恋のアドバイス』から『相性の悪い自販機との再会』の前半部分までだった。

「なっ」Pは同意を得るように言った。「これで分かっただろう」

 Pの言葉に間違いはなかった。

 鹿児島は城下町だと指摘したのは、Pだった。それを忘れていたことだけでもショックだったが、三日続きの夢の話をしたことまで、記憶から抜け落ちていたことに愕然とした。

「でも、心配はいらないと思うよ」

 Pは慰めるように言った。

 ありがとう、の後に、でも、鹿児島に帰ったらすぐ病院に行ってみるよ。

 と続けるつもりだったのに「どうして、そう言い切れるんだ」と言ったのは、彼の言葉の中に、強い確信のようなものを感じたからだ。そう、僕は、それにすがりたかったのだ。

 だが、Pは軽い調子で答えた。

「感だよ、感。俺の感。そのままで、いいんじゃないかな」

 予想もしていなかった言葉。何の裏付けもない、無責任な言葉。

しかし、不思議なことに、怒りのような気持ちは起きなかった。と言うより、それとはまったく逆の気持ちが、起きたのだ。

 急に体のこわばりがなくなった。頭の芯がすっきりしてきた。心が、すーっと落ち着くと共に、これと同じような経験をしたことを思い出した。

 祈祷師のお爺さんの家に行ったときのことだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ