無責任な言葉で思い出したこと
言われてみると、数え切れないほどの自覚症状があった。ここ一ヶ月くらいの間に起きた出来事の殆どが、そうだ。
それをどう伝えれば、理解してもらえるだろうか。
メビウスの帯と、マトリョーシカ方式の夢が、合体したようなもの。
いや、それだと逆に、分からなくなる。もっと単純に。
夢と、現実と、妄想の区別が、付かないんだ。
そう言おうとしたとき、立ちくらみに似た症状を覚えた。
目の前が暗くなり、体中の力が抜けた。ソファにもたれているのがやっと。目を開けているつもりなのだが、何も見えなかった。口を大きく開けて、肩で息をしているのが、自分でも分かった。
「なあ、おい」そのときPの声が聞こえた。遠くで聞こえたのもそうだったが、内容に驚いた。「コーヒーを淹れようか」
落ち着いた声というより、僕のことが目に入っていないように聞こえた。
コーヒーどころじゃないだろう。俺の体を心配するほうが先なんじゃないか?
自分ではそう言ったつもりだった。だが、口から出たのは、違う言葉だった。
「俺も飲みたいと思っていたんだ」
淹れたての熱くて香ばしいコーヒーと、冷たい水を飲んだところで、いつもの僕が戻ってきた。
「こんなこともあるだろうと思ったんでね」Pはスマホをテーブルに置いた。「順番に聞くのもいいかもしれないけど、まずは、ここから」と言って、通話記録を呼び出した。「職業柄、大事な電話は残して置くんだ。ちょっとした勘違いや、聞き間違いが、数億円の損害になることだってあるからな」
最初に再生したのは、Pの項目で言うと『恋のアドバイス』から『相性の悪い自販機との再会』の前半部分までだった。
「なっ」Pは同意を得るように言った。「これで分かっただろう」
Pの言葉に間違いはなかった。
鹿児島は城下町だと指摘したのは、Pだった。それを忘れていたことだけでもショックだったが、三日続きの夢の話をしたことまで、記憶から抜け落ちていたことに愕然とした。
「でも、心配はいらないと思うよ」
Pは慰めるように言った。
ありがとう、の後に、でも、鹿児島に帰ったらすぐ病院に行ってみるよ。
と続けるつもりだったのに「どうして、そう言い切れるんだ」と言ったのは、彼の言葉の中に、強い確信のようなものを感じたからだ。そう、僕は、それにすがりたかったのだ。
だが、Pは軽い調子で答えた。
「感だよ、感。俺の感。そのままで、いいんじゃないかな」
予想もしていなかった言葉。何の裏付けもない、無責任な言葉。
しかし、不思議なことに、怒りのような気持ちは起きなかった。と言うより、それとはまったく逆の気持ちが、起きたのだ。
急に体のこわばりがなくなった。頭の芯がすっきりしてきた。心が、すーっと落ち着くと共に、これと同じような経験をしたことを思い出した。
祈祷師のお爺さんの家に行ったときのことだ。