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芸者&佐々木小次郎の正体

 となれば、どこをどう勘違いしたのか、冷静に考える必要がある。

 文中に、僕と、あのホテル、という文言が出ていた。ということは、メールの相手は絞られる。今日僕と会った三人のだれかだ。会長とPを除けば、支配人しかいない。

 だいいち、家老のワッペンを付けていた。ホテル業界に詳しかった。部外者の僕がたまにもらす素朴な質問や感想のすべてを、熱心にメモしていた。年齢は、たぶん四十代後半。男の働き盛り。跡継ぎの話は出なかったが、父親がホテルのオーナーなのだろう。

 これのどこが勘違いというのだ。

「そのメールは、支配人からきたんじゃないのか?」

 自信を持って訊いた。しかし、即座に否定された。

「いや、違う」

 すぱっと言われたせいか、頭の中が白くなってしまい、どうして、の言葉も出てこなかった。

 Pは、スマホを持ったままテーブルに肘をついた。そしてしばらく僕を見つめた後で「もう一人の方だよ」と言った。

 その一言で、自分の勘違いに気づいた。僕の頭の中で、跡取り、イコール、男という図式が出来上がっていたのだ。

 と同時に、彼女の高飛車な立ち振る舞いの背景も分かった。彼女はオーナーの娘。だから、みんなは、あの子に遠慮していたんだ。

「なんだよ、おい」体中の力が抜けたような気がした。「それならそれと早く言ってくれよ」僕は、コーラを飲んでからつづけた。「あやうく、あの子の口調を注意するところだったよ」

 俺としても、ほんとは、そうしてもらいたかったんだ。

 Pからそんなような言葉が返ってくるかと思った。だが、まったく予想もしていないものだった。

「女の子って、誰のことだよ」

 背筋が一瞬ひやりとした。

 ひょっとすると、あの子の姿が見えたのは、僕だけかも知れない。古い旅館やホテルには、たまに怪奇現象起きると聞く。あの子は、怨念の塊だったんじゃないだろうか。

 本気でそう思った。

 だが、それを言えば、頭がおかしいんじゃないか、と笑われる。しかし、黙っているわけにもいかない。そこで僕は、冗談に聞こえるように言って、反応をうかがうことにした。「ほら、あれだよ。最初は芸者で、後から佐々木小次郎に化けた女狐」

 すると、またしても予想外の言葉。Pは笑いをこらえるようにして言った。

「へー、お前には、あいつが女に見えていたわけだ」


 Pの説明によると、先ほどの芸者&佐々木小次郎は、ホテルのオーナーの一人息子。

 小学生の頃、祖母と一緒に観に行った全国座長大会がきっかけとなって、大衆演劇の世界に魅せられた彼は、中学卒業と同時に、ある一座に入門。

 息子は人並み以上の容姿の持ち主。たちまちその一座の花形スターになった。ところが数年前、座長が病に倒れて他界。一座が解散の危機に見舞われたとき、救いの手を差し伸べたのが会長。しかし、会長が息子の元に、直接出向いたわけではない。

 ホテルの売却先を相談しに行ったオーナーと、会長のやりとりの中で、大衆演劇の話が出てきたことが、それに繋がった。

「思いついたことはすべてやり尽くしました。ホテル業界に未練はありません。長年苦労をともにしてくれた社員の退職金だけでも捻出できればと思っております」

 と切り出したオーナーに、会長が言った。 

「長年温めていた考えがあるんですが、聞いていただけますか」会長が語ったのは『プロジェクトEDO』の原案。「と言うようなわけで、御社のようなホテルや、旅館などが抱える弱点を、強みに変えることができます」

 会長の話を聞き終えたオーナーは、思った。

 目から鱗が落ちるとはこのことだ。発想を変えるだけで、世の中が、まったく違うものに見えることに気づかされたオーナーの体に、力が漲ってきた。

 よし、死ぬ気で頑張ってみよう。

 会長の提案を受けることを決心したオーナーは、息子にその内容を話した。大衆演劇の頂点を目指す息子と、座長を失った団員たちにとって、それは渡りに舟だった。


「すると、あれか」僕はコーラを飲みながら、質問した。「あの芸者たちは、息子が連れてきた団員なのか?」

「そう言うこと。あの息子にも常識っていうのはあるからな。あいつは俺のことを、兄貴と思っているらしい。あんな口の利き方をするのは、一座の人間と、俺の前だけなんだ。」

 そこで僕は話題を戻した。

「それにしても、あの女の子、じゃない。あの息子、女にしか見えなかったけどな」

「実を言うと、最初にあいつが芸者姿で出てきたとき、俺も騙されたんだ。化粧の仕方で女は変わるというけど、男も変わるんだな」そこでPは、思い出したように言った。「八人の芸者の中に、男は何人いたと思う?」

 あやうく口の中のコーラを吹き出すところだった。ということは、他にも男が混じっていたということになる。

「あ、分かった」と僕は言った。「最年長者の芸者だろ。今思えば、声が太かった」

「残念でした」

「じゃあ、三味線」

「違う。あの方は、元座長の妹さん」

 僕はしばらく考えてから言った。

「会長の横にいた体格のいい芸者」

 だが、それも違った。正解は、踊りの一番上手な、きゃしゃな体つきの芸者だった。

「恰好だけじゃ、分からないもんだな」と言ったところで、もしかすると思った。「あの七人の女忍者は、全員本物の女の子だったんだよな」

 本物の女の子、と言った自分がおかしかった。

「いい質問だな」

 Pが笑ったということは、あとは聞かなくても分かる。

「ちょっと待て、当ててやるよ」

 自分の名誉回復のために、まだ記憶に新しい七人の忍者を頭の中に並べた。明らかに怪しいのが二人いた。

「引っ捕らえて、打ち首に致すぞ」の黄と、「でも、打ち首にするには勿体ないような、いい男」の緑。どちらも筋肉質だったし、いかにも作ったような声だった。

「少なくとも、二人いた」

 とだけ言って様子を窺うと、Pは、さも感心したというような表情を浮かべた。

「案外、観察力はするどいんだな」

 それを褒め言葉と受け取った僕は、自信満々で「黄色と緑だろ」と答え、その理由を付け足した。

 しかしながら、僕が男だと思った二人だけが、女だった。


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