七人のくノ一
続きを聞かなくても、分かったような気がした。
「つまりこういうことだな」僕は先回りして言った。「このホテルのコンセプトは、江戸時代へのタイムスリップ。スタッフ全員が、江戸時代の服装で接客するんだろ」
話を遮られたPは、複雑な笑みを浮かべた。
「確かにその通り」と、つぶやくように言ったあと、しばらく僕を見ていたが、なぜか、急におどろいたような声を出した。「すげぇな、お前」
後から考えると、分かる。
Pは、その時点で作戦を変えたのだ。
潰れかかったホテルが、V字快復するまでのプロセスを説明をするのは、やめた。こいつが、どんな反応をするか、見てやろう。
そう思ったはず。
Pは、参りました、と言うように首を振りながら続けた。「どうして、そんなことが分かったんだ」
自覚したことはないが、僕はけっこう調子に乗りやすいタイプらしい。そのときも、そんな性格が出てしまった。
「簡単なことだよ。支配人の胸のワッペン。刺繍で「家老」と入っている。それと門の両側に立っていたガードマン。あの二人も、侍の恰好だった。その流れの後で、プロジェクト江戸の垂れ幕を見せられれば、誰だって見破るさ」
「さすがですなぁ」
支配人は、本当に感服したような声で、そう言った。しかしPは、どこかに電話をした後、クスクス笑いながら「じゃあ、さっそく俺たちも着替えにいこうぜ」と僕の背中を押しただけだった。
僕も着替えるということは、スタッフの目線で、ホテル内を見て欲しいということだろう。
となると、これから行くのは、地下のどこかにある従業員用の衣装部屋。残っているのは、かび臭い衣装だけかもしれない。でも、文句は言わずに着ることにしよう。
見学が終わった後、何か気づいたことがありませんでしたか、と言われときだけ、匂いに敏感なお客様もいらっしやると思いますので、と前置きした後で、そのことを注意すればいい。
そんなことを考えながら、二人の後に続いたわけだが、案内されたのは、別棟の一階にあるホテルの受付だった。
「これから、どんなことが起きると思う?」
Pが訊いた。
見たところ、江戸情緒の欠片もない極普通のビジネスホテルのカウンター。それに、受付には誰もいなかった。
「たぶん」僕は頭に浮かんだことを口にした。「スタッフの姿が見えないのは、客を驚かせるため。ここで手を叩くか、もう少し待てば、和服姿の女性が現れる」
今度は、支配人だけでなく、Pも驚いたような表情を浮かべた。
「そこまで読まれるとは、考えてもみなかったよ」
パン、パン。
Pが手を叩くと同時に、カウンターの下から現れたのは、色違いの衣装をまとった七人の、くノ一。
江戸時代の女忍者が、どんな恰好をしていたのか知らない。でも、こんな衣装だったら、人の目を欺くことなどできない。
左から順に、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫。
蛍光色のど派手なレオタードの上に、キラキラ輝くラメが散りばめられた黒いベスト。後ろで束ねた長い髪の飾りは、赤いかざぐるまの付いた黄色い手裏剣。まるで、アニメの世界から飛び出してきたような七人。
「お主、何者じゃ」と赤。
自分の名前を言えばいいのだろうが、声が出てこなかった。こっちも、時代がかった口調で応じなければいけないのだろうか、と考えたためだ。
「怪しい奴め」と橙。
「引っ捕らえて、打ち首に致すぞ」と黄。
いくら何でもこの業界で、そのセリフはNGだろうと思いながら、Pを見ようとすると、緑が、色っぽい声で「でも、打ち首にするには勿体ないような、いい男」と言った。
そこで、ふと、思った。
これは、男の一人客に対する接客マニュアルの一つ。
色気で惹きつけた後、少し脅す。そしてその後、一転して、鼻の下をくすぐる。
これで大抵の男の心は、揺れる。女の魔力に惹きつけられる。手玉に取られる。気がついたときは、財布の中身は空っぽ。
だが、僕には通用しない。
何か言おうとする青を無視して、Pに顔を向けた僕は、場の空気が冷えることを願いながら、わざと低い声で訊いた。
「いつも、こんな調子なのか?」
「まさかだろう」Pは苦笑いしながら答えた。「最初の部分は、お前だけのための特別バージョンだったんだけど、その後のことは、俺とは無関係」
すると間髪入れずに、背後から声がした。
「これだから、できる男は、やりにくい」