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料亭にて+祝・一周年

「そろそろだそ」

 Pはハンドルを左に回した。

 大通りから二本目の一方通行を右折。真正面に現れたのは、江戸時代の大名屋敷を思わせる料亭らしき建物。開け放たれた大門の両側に控えている侍の恰好をした大男は、不審者を取り押さえる衛兵にしか見えない。僕の体は自然にこわばっていく。

 しかしPは、余裕の笑顔で門をくぐると、顎をしゃくった。

「あれを見ろよ」

 玄関先に着物姿の一団がずらっと並んでいた。ざっと見て二十人。いや、もっといるかもしれない。全員髪を結い上げている。まるで、大奥のロケ現場。

「全員揃ってのお出迎えは、たぶん、今日が初めてだぞ」

 Pは大喜びだが、僕はそれどころではない。

「なあ、おい」僕は自分の服を指さした。「追っ払われる前に、退散しようぜ」 

 洗濯したてで、汚れてはいないが、ジャケットも、チノパンも、2980円。いずれも三年前のバーゲン商品。キャンバスシューズの値段は、覚えてもいない。

「服装なんか気にするなよ。人間は中身だぞ」

 Pらしくもない言葉に、戸惑いと怒りを覚えた。絶句しかかったが、何か言葉を返さないと、気まずい雰囲気になりそうだった。

「何だよ、お前。今どきそんな言葉、教師も使わないぞ」

 と言いながら、腹をくくった。

 こうなれば、どうにでもなれ。俺の服装を笑いたければ、笑うがいい。

玄関前に車を横付けしたPが、僕に顔を向けた。そして、にやりと笑った。

「あれより、お前の方が、ずっとしゃれた服装に見えるけどね」

 見ると、八の字に並んだ綺麗どころの真ん中から、小柄な老人がひょっこり姿を現した。

 その人物が、僕を招待してくれた人間だというのは一目で分かった。

 ごま塩の坊主頭。上下共に色あせたベージュ色の作業着。だが、その場を完全に圧倒的する存在感を放っていた。

 ドアを開けてくれた会長が、僕の顔をじっと見つめたあと「遠路はるばるお越し下さいまして、誠にありがとうございます」と言って、深々と頭を下げると、後ろに控えていた全員が、それに倣った。


 僕が案内されたのは、離れの間。

 美術館を想像させる掛け軸、壺類の数々。雪見障子の向こうの石橋のある大きな池。岩の間から流れ落ちる滝。ときおり水面を揺らす錦鯉。木の陰から聞こえるししおどしの乾いた音色。

 四十畳ほどの和室にいるのは、僕と会長とPの三人だけ。

「どうぞ、足をお楽に」

 会長に言われて、分厚い座布団にあぐらをかいたわけだが、上座に座らされたせいで、非常に居心地がわるい。

「私ども、別室で待機しております」

 ちょんまげに、袴とかみしも胸に、家老という文字のワッペンを付けた支配人が部屋を出て行ってから、約十分。誰も言葉を発しない。そのせいで、広い空間にいるのにも関わらず、息がつまりそうな感じがした。

 もう一度手洗いに行こうか。そして、そのまま裏口から逃げ出してやろうか。そうすれば、Pはどんな反応をみせるのだろう。

 そんなどうでもいいことを考えていると、襖が開いた。

 一人は年配、もう一人は朱色の盆を持った少女。二人は、黒を基調にした着物を着ていた。長い髪を垂らしているからなのか、先ほどの一団とは違う雰囲気を持っていた。

「遅くなりました」二人は、畳に両手をついた。年配の女性が頭を下げた姿勢で言った。「いつもご贔屓、ありがとうございます」

 会長は目を細めた。「無理を言って、すまなかったな」

 後ろに控えていた女の子が、すっと立ち上がった。彼女が、音も立てずにテーブルに置いたのは、蓋付きの湯飲み三組。

「どうぞ。お召し上がり下さい」

 会長の言葉で蓋を取ると、ほんのりとした匂いが漂ってきた。薄いピンクの花びらが浮いていた。祖母の大好きな桜茶のようだ。

 喉が渇いていた僕としては、ペットボトル入りのお茶を、ゴクゴクと喉を鳴らして飲みたいところだったが、仕方ない。

 会長の手つきを真似て両手で持ち、押し頂くようにして飲んでみて、驚いた。二口ほどの量なのに、喉の渇きが瞬時に消え、気持ちがすっと楽になった。

 二人が部屋を出て行くと、会長は座布団から降りて姿勢を正した。気がつくと、いつの間にかPは、畳の上で正座していた。あわてて座布団から降りようとする僕を、会長が手で制した。

「どうぞ、そのままで、お聞き下さい」それから、伺いを立てるような声で「いくつかお願いがあるのですが……」と言った。

 会長のお願いとくれば、あのことしかない。

 両親が映っている映像のすべてが欲しい。そういうことだろう。

 だが、あの日の映像はすべてDVDに入っている。会長がそのことを知らないのは、Pが、伝えていないということ。しかしそれを言えば、彼の立場がなくなる。

 大丈夫、初めて聞いたことにするよ。

 そんな思いを込めてPを見ると、笑いをこらえるような目で、僕を見ていた。

 顔になにか付いているのだろうか。さっき手洗いの鏡をみたときは、なんともなかったのに。そんなことを考えながら、会長に視線を戻した。

「僕にできることでしたら、なんでもおっしゃって下さい」

 会長の表情が少し緩んだ。会長は、僕のフルネームに、様を付けてから「今日から、あなた様と呼ばせていただきたいのですが」と言った。

 あなた様? 億万長者の会長が、この俺を、あなた様?

 冗談はやめて下さい。

 と言おうとすると、Pが、片手で拝む仕種をした。

 黙って素直に受けろ、というサインらしい。

 気乗りはしなかったが、Pの頼みとなれば、仕方がない。

「この席だけ、ということにしていただければ……」

 僕の返事に、ほっとしたような表情を浮かべた会長は、もう一度頭を下げた。

「あの日の、二人の様子を教えていただけませんでしょうか」

「僕もそのつもりでした」

と答えると、Pが液晶画面付きのDVDプレーヤーを取りだして、テーブルの上にそっと置いた。

 再生ボタンを押すだけの状態になったとき、会長が質問をしてきた。

「撮影されたのは、いつ頃だったのでしょうか」

 このタイミングを待っていた僕は、そこで足を組み替えて、会長と同じ姿勢をとった。そして、いつもより低い声で「ちょうど、十年前です」と答えた。


【67話につづく】


 【祝☆一周年】


(ここからあとは、本編とは関係ありません。自分の気持ちを整理するため。後半戦を乗り切るための、独り言のようなものです)

『なお、口調は、登場人物のままになっていますが、お許しください』


 

 今日【66話】『料亭にて』をネットにアップ。

 このサイトへの初投稿は、去年の6月4日。つまり明日から、二年目に突入。

 それを記念して、先月から十円値上がりした500㎖入りのコーラで『縮排』をあげた。

祝杯ではなく、縮排、とした理由は、この物語を、第一章から読まれた方なら、お気づきだと思う。

 素人が初めて書いた長編とはいえ、あまりにも長すぎる。

『ふくしき七回シネマ館 1 それは誰も知らない映画館』が、約24万文字。

『ふくしき七回シネマ館 2 夢と現実と妄想が意味するもの』が、約11万文字。

 原稿用紙だと、もうすぐ900枚。

 なのに、第一章の冒頭にある『その現象が僕に起きたのは、東京から帰る飛行機の中だった』の場面が、まだ出てこない。

 今後の課題として、文章を縮め、無駄な話やエピソードを極力排除しなければならない。

 

(2)の34話。『久しぶりの高熱』に書いたように(高熱は事実。病院の先生が原因不明と言ったのも本当)しばらく頭を休ませれば、もう少しましな文章が書けるようになるかもしれない、と本気で思ったわけだが、世の中は、そんなに甘くない。

 書いている途中は、そうでもない。でも、アップ前に読み返す段になると、いつも、ガックリ。 

 アングルも決まらない場面を、くどくど、べたべた。しかもピントまでもが、外れている。 

 信じてもらえないかもしれないけど、頭の中には、全体像がある。だが、残念なことに、細部がはっきりしない。

 しかし、それを覚悟でこぎ出した舟。ここまできたからには、頭の中にある終着点にたどり着くまで、櫂をこぎ続ける。

 

 実を言うと、この物語を絶対に完成させてやるという原動力は、接岸したその先に、何が待っているのか自分の目で確かめたいという、好奇心だけになっている。

 ベスト100とか、ランキングとかいったものには、関心がなくなった。

 ちなみに、この物語の99・9パーセントは、ふとした拍子に頭に浮かんできた断片的なフィクションを膨らませ、それを繋ぎ合わせていく、出たとこ勝負形式。

 だから、話は、あっちにふらふら、こっちにふらふら。

 でも、その時点では、結構面白い挿入話だ、エピソードだ、と思い込んでいる。だが、文章にしてしまうと、ことごとく陳腐なものになっていく。

 そうなると、話を元に戻すための、無駄な労力が必要になる。

 はじめのころは、それには大いに悩んだけれど、最近では、それも楽しみの一つになった。ひょっとすると、僕は、自分をいじめたいタイプの人間なのかもしれない。

 

 次回から、もっともっと、短い文章で、ゴールへの最短距離を目指そう。

 最初の頃から、そう思っていた。でも、僕の中には、そのような才能はなさそうだということに気づいた。

 持っていないものは、どうにもならない。となれば、今まで通りでいくしかなさそうだ。

 と、自己弁護を繰り返しても、何の解決策にもならないようなので、このあたりでやめる。


 

 というわけで、この物語は、まだまだつづきます。

                            南まさき。


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