パタン
ズームレバーの動きにつれて、カメラの画角は徐々に狭くなる。
レバーを半分ほど動かしたところで、液晶画面に映っていたのは、タレント志望の女の子。少し前屈みの姿勢。バストショット。
もっと近くまで寄れる。だが、そこでズームレバーから指を離してフィックス。
もしこれが本当の生放送だとすると、ほとんどの人が、次はこの子の顔へのアップだろうと思うはず。
なぜなら、その子には、どこかしら人を惹きつけるものがあった。無垢な感じ。愁いに満ちた横顔。一昔前の人気歌手に似ていた。
この子のように、一見特徴がないように見える女の子が、案外、大化けするのかもしれないな。
そんな思いで、画面を見ていたせいで、三秒と決めていたのに、十秒近くその子を映し続けてしまった。
カメラマンが被写体に見とれてちゃ、いけないでしょ。
自分にダメ出しをして、気合いを入れ直したところで、聞こえてきたのが、Pの声。
「では、僕が考えた作品のタイトルを発表したいと思います」
一瞬、ざわめきが起き、緊張感が解けた。
ラッキー、
それに乗じて、カメラをほんの少しだけ右に振ると、そこに待ち構えていたのは、マドンナの脚。
画面映っているのは、ジーンスの脛の部分だけ。なのに、それだけでも、どきりとするものを感じた。
自分のイメージ通りの「絵」だったことに、嬉しくなったが、ここでまた気持ちを引き締める。
手持ち撮影で、気をつけなければならないのが、場面のブレ。
十二倍くらいの倍率になると、カメラがほんの少し動いただけで、被写体は大きくぶれる。大型テレビで見ている人たちに、船酔いに似た症状を起こさせる場合もある。
画面を安定させる方法。
カメラを両手で持ち、体にしっかり押しつける。カメラを左右に向けたいときは、そのままの姿勢で、腰をゆっくり捻り、上下方向は、腰の傾きで決める。
ここに来る前、ミスダツから教わったばかりの方法を、さっそく試してみることにした。
カメラを腹に強く押し当てると同時に、腹筋に力を入れた。そして少しずつ上体を起こしながら、ズームレバーを押した。
画面に、横向きになったマドンナの胸の部分が現れはじめたところで、Pがタイトルを口にした。
「タイトルは、傘か、レインコートを持っているか、です」
一瞬の沈黙の後、部屋中に、戸惑いの声が流れた。
「えーっ? 傘? レインコート、何? それ」
「なかなか良いタイトルでしょう」
Pが、余裕たっぷりな声で、そう言ったところで、記憶の扉が、パタンと閉じた。
「あのぉ」
声が聞こえてきたと同時に、目の前の景色が切り変わった。
目の前にいたのは、青いスーツの女の子。
僕は、あわてて周囲を見回した。
今まで、ビデオカメラを構えていたはずなのに……
ここはどこ?
マドンナは?
プロダクションの女の子たちは?
そういえば、Pもいない。
一瞬、自分がどこにいるのか、分からなかった。
しかし、目の焦点が合ってくるに従って、自分の置かれている状況が分かってきた。