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美しい脚の持ち主

 液晶場面をよくみて見ると、みんなに緊張感はなさそうだった。たぶん、自分なりの映像が撮れたからだろう。しかし、その中の数人が、ハラハラドキドキといった表情を浮かべているように見えた。

 疑問が湧いた。

 どうしてだろう。Pは、この場の空気を、こんなに上手に操っているというのに。

 じゃあ、その理由を探ってやろうじゃないか。

 さっそく映像学科の生徒にレンズを向けようとしたが、それではまずいことに気づいた。

 さっきから僕は、俯くような姿勢で立っている。

 タレント志望の女の子たちには、自分の足もとを眺めているようにしか見えないだろう。でも、映像学科の生徒の中には、僕が液晶画面を凝視していることを知っている人間がいるかもしれない。

 今の状態から、彼らを画面の中心に捉えるには、カメラを30度以上、左側に振らなくてはならない。となると、その生徒は当然、気づく。

 あ、レンズがこっちを向いた。

 テープが回っていようがいまいが関係ない。そいつは、反射的に身構える。一人がそうなると、それは周囲に伝わる。あわてて、Pの話を熱心に聞くふりをする生徒も出てくるだろう。

 その変わり様を撮るのも面白いかもしれない、でも、今の場合、自然な姿を撮る方法を考えるべき。

 再び、僕の頭が切り替わった。

 相手にレンズを意識させないように撮るのも、カメラマンの腕。

 Pの話に、熱心に耳を傾けるプロダクションの生徒たち。それを壁に寄りかかって眺めている映像学科の生徒たち。その対比を「切り撮る」のも面白いかもしれない。それに、視聴者は生放送にハプニングを期待する。レンズを向けたその先に、それが待ち構えている可能性は零ではない。

 気づかれずに、カメラを動かす方法はないだろうか。

 とすぐに、頭に浮かんだことがあった。

 ビデオカメラの画面に、ミスダツの姿が一度も映っていなかったのだ。

 そのとき、閃きのようなものが走った。

 これを利用しない手はない。

 生放送は、時間との闘いでもある。思いついたら、即実行。

 僕は何気なさを装って、顔を上げた。そして、部屋の中を見渡した。

 やはり、ミスダツはいなかった。多分、二階の会議室で映像発表会の準備をしているのだろう。

 そんなことを考えながら、カメラの角度をすっと変えた。

 視線を戻すと、うまい具合に、画面の中心に映像学科の生徒の集団がきていた。

 全員がPに視線を向けている中で、マドンナだけは、相変わらず隣の女の子の耳元で何ごとか囁いている。囁かれた女の子は、くすぐったそうな顔で、何度も小さくうなずく。

 そうよね、そうそう。あなたの言うとおり。

 ワイドの映像からも、そんな感じが伝わってくる。

 カメラマンとしては、マドンナがどのような話をしているのか、明確なかたちで視聴者に伝えなければならない。

 直感的に、話の内容は、Pに関するものだと思った。

 その頃から、マドンナとPのあつれきがはじまっていたからだ。

「何よ、あの男、調子に乗って」

 あるいは、

「女の子たちに協力を頼むなんて、反則なんじゃないの」

 多分、そんなところ。そしてその声は近くの生徒の耳に届き、その生徒から落ち着きを奪ってしまう。

 読唇術。

 という言葉を思い出した。唇の動きから 言葉の内容を読み取る技術。口元をアップすれば、素人でも分かるかもしれない。

 マドンナの口元が横を向いているのは残念。だが、いずれこっちを向く。彼女の口に向けてズームを開始しようとした僕の目が、あるものを捉えた。

 それは、膝を抱える恰好で座っているタレント志望の女の子の向こう側にあった。

 すらりとした、長い脚。

 その美脚の持ち主は、これからアップにいこうとしていたマドンナだった。

 もちろん彼女は、水着姿ではない。細いぴっちりとしたジーンズを穿いていた。

 にもかかわらず、今ここにいる女性の中で、一番美しい脚の持ち主はマドンナだ。

 そんな確信めいたものを感じた。

 ズームレバーに置いた親指が、勝手に動いた。

 画面が少しぶれた。画面を揺らさないように撮るのもカメラマンの努め。

 無駄な力が伝わらないように、親指の腹の部分をそっとレバーに押し当てて、マドンナの足元にズーム。

 だがここで、ひとつ問題が起きた。

 彼女が立っているところは、タレント志望の女の子のうしろ。本当ならマドンナだけを狙いたいところだが、カメラの位置を変えることができない。

 となると、どうしても、最初の絵柄は、水着へのスローズームになってしまう。しかも、美脚は、その女の子の胸の横あたりにあった。何も知らずに見ると、とてもいやらしいカメラワーク。

 でも、限られた条件下での撮影。それはしかたない。ここは、自分に都合のいいように考えよう。

 これは、視聴者に対するプレゼント用のカット。

 水着姿の女の子の胸元にアップにいくと見せかけて、マドンナの美脚に。

 一つのカメラワークの中で、視聴者は、二度よろこぶ。この前後にコマーシャルを流せば、視聴率はそのまま維持できる。親しい友人に「おいおい、お宝映像が流れているぞ」とメールする人間や、あわてて録画を開始する試聴者が続出。コマーシャルタイムに視聴率がぐんと上がり、スポンサーも大満足。

 自分でも納得できる考え方に、僕の頬は独りでに緩んだ。

 と、そこで思い出したことがあった。マドンナの魅力は、脚の形だけではない。顔もスタイルも、十人並み、いや、それ以上。

 ときどき辛辣なセリフを吐くから、僕たち男子生徒は、彼女を女性として見ていなかったが、知らない人が見たら、新進気鋭の女優だと思うかもしれない。


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