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偶然を装ったプレゼント

 もちろん胸が、露わになっていたわけではない。

 紺色の水着の縁から覗いているふくらみは、ごくわずか。わいせつさもなければ、いやらしさもなかった。医学書に載せても良いような健康的な形をしていた。

 しかしそれでも、自分が犯罪者になったような気持ちになった。

 いくら偶然映っていた映像だとしても、こんなものを見てはいけない。

 あわてて画面から目を逸らそうとしたが、そこで思いとどまった。

 僕の頭の中に、浮かんできたものがあったからだ。

 神様は時々、偶然を装って、プレゼントを届けてくれる時がある。その偶然をどう活かすかで、その人の人生が大きく変わる場合がある。センスだけで、人生は決まらない。

 最初の講義で、ミスダツが口にした言葉の中の、一つだ。

 それが、どのような話の中で、どのようにして出てきたのかまでは、覚えていない。

 たぶん、ミスダツの話が、あっちに飛び、こっちに飛んだか。まだ東京の空気に慣れていなかった僕に、話の内容を把握するだけの余裕がなかったか。その、どちらかだろう。

 もしかすると、と僕は思った。

 今のこの状況は、神様からのプレゼントではないだろうか。

 もしお前が、テレビ番組の、メーンカメラを任されたとしたら、このあと、どんなふうにもっていくかな。

 そんな問いかけを、神様から受けたような気がしたのだ。

 よし、やってやろうじゃないか。

 とたんに、気持ちが切り替わった。

 僕は頭の中で、自分が置かれている状況を設定してみた。

 これは編集なしの生放送。時間枠は、ゴールデンタイム。番組スポンサーは、若者向けのゲームソフト開発会社の、一社のみ。

 レンズの向こうにいるのは、今をときめくアイドルグループ。でも、彼女らは、自分たちを狙っているカメラの存在を知らない。

 僕が映像を届けるのは、テレビの向こう側で、息を殺し、ことの成り行きを見守っている全国の若者たち。

 その設定ができ上がったときには、僕の気持ちは静まりかえっていた。

 もしかすると、俺は、ハプニングに強いカメラマンとして業界に名を残すかもしれないぞ。そんな気持ちさえ抱いた。

 まずは、物事を客観的に見ることから始めよう。

 これもミスダツの言葉。

 僕は自分の思考を、視聴者側にシフトする。

 このふくよかなふくらみの持ち主は、誰だろう。早く顔が見てみたい。

 視聴者の大部分は、そう思うはず。

 民間放送で大事なのは、視聴率。このことは、常に念頭に置かなければならない、

 番組の途中で、チャンネルを切りかえさせないためには、視聴者の要望に、即、応えること。

 でも、あわてるのは禁物。

 相手の心を焦らすことも、必要。少し意地悪をするくらいのカメラワークが、視聴者の満足度を、さらに高めることにも繋がる。

 僕の脳裏には、次にとるべき動作が浮かんでいた。

 ここは、ゆっくり、ゆっくり、ズームアウト。

 胸の辺りで抱きかかえたカメラに、目を落としたまま、カメラの上部についているズームレバーを、静かに動かした。

 画角が徐々に広がり、女の子の顔につづいて、その子の全身が現れる。という映像をイメージしていたのだが、それとは違うカメラワークになってしまった。

 しだいに、画面一杯になっていく胸元。やがて水着のラインが消え、白い肌だけになっていた。

 どうやら、ズームレバーを逆方向に押してしまったらしい。しかし、ここで、急激に反対側にレバーを動かすと、カメラワークを間違えたことに気づかれる。

 いち、にぃ、さん。

 頭の中で、ゆっくり数を数えながら、ズームボタンをアウト側に押すと、徐々に、女の子の顔が現れた。

 ここでも僕は、自分の幸運を感じた。

 Pが、最初から注目していた女の子。新入生の中でも、一番存在感のある子だった。

 僕自身としては、そこで一旦ズームを止めたかった。緊張した目で、Pを見つめているその子の顔に、なにか神聖なものを感じたからだ。

 しかし、そうすると、他の女の子を応援するファンたちから反感を買う。画面の両端に前列の六人ほどがバランス良くおさまったところで、ズームレバーから指を離した。

 僕の横では、Pが女の子たちに、これからのことについて説明をしていた。

「テープに記録できる映像は、三分以内となっています。三分以内ということは、一分でも二分でも構わないということです。極端な話、一秒でもいいし、三秒でも良いわけです。でも、大事なことは、三分を一秒でもオーバーしたら失格になるということです」

 僕に言わせれば、そんなことはどうでもいい話だ。ひょっとすると、Pの頭の中では、まだ考えがまとまっていないのかもしれない。そのための時間稼ぎかな。

 そんなことを考えながら、次の被写体を探すために、再びズームボタンに指をかけた。

 画面の左端に、映像学科の仲間の姿が現れたのは、画面が一番広角になったときだった。

 全員が興味深そうな顔で、こちらを見ていた。マドンナを中心にした女子数人は、何やら、こそこそ話をしているようだった。

 僕の頭の中にあった、視聴者に対する思いは、その時点で消えた。

 だれもカメラを構えていなかったからだ。

 ということは、全員、三分の映像を撮り終わったのだろう。だとすると、みんなは、今のこの状況を、どのような思いで見ているのだろう。


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