液晶パネルの、白いふくらみ
撮影終了後に行われた発表会は、時間の都合上、講師のミスダツと映像学科の生徒十二人だけで行われた。
結論から先に言うと、ダントツに受けた作品は、僕とPの共同作品『傘とレインコートを持ってきたか』だった。
他の生徒が一回ずつの再生だったのに対して、僕たちの作品は六回。そのうちの四回はアンコール。再生のたびに湧き上がる歓声。ヒューヒューと鳴り響く口笛の音。
「これはいい。健康な若者の精神状態を捉えた映像の見本として、教材でも使えるぞ。プロダクションと、交渉してみようか」
ミスダツは真剣な顔で、何度もそう言った。
と言えば、たいていの人は、僕とPの作品は、撮影技術が高く、映像内容が優れていたと、想像すると思う。
しかし、事実は、そうではない。その真逆。作品とも呼べない代物。
分かりやすい言葉を使えば、映画倫理委員会(映倫)から呼び出しを受けてもおかしくない映像。
僕は、Pの立てた策略に、まんまと引っかかってしまったのだ。
「うちの女の子たち、自由に使ってもいいわよ、作品、楽しみにしているからね」
片目をつぶって、部屋を出て行くインストラクターを見送ったPは、体の向きを変えた。
「じゃあ、みなさん、この線のうしろに座ってくださいますか」
言葉づかいは丁寧。声も小さかった。にも関わらず、タレントコースの生徒全員が、機敏な動きで、その指示に従った。
緊張した面持ち。かたく結んだ唇。体育座り。固唾をのんで、Pの動きを見つめる女の子たち。
私のタレント人生の鍵を握っているのは、この人かもしれない。
彼女たち全員が、そう思っているんじゃないだろうか。もしここでPが、
「今夜、僕と一夜を共にしたい人」
と言ったら、どれくらいの手が上がるだろう。
Pの背後に隠れるような恰好で立っている僕の脳は、そんな不謹慎なことを、勝手に想像した。
「このカメラはいらないから、あそこに置いてきてくれ」
とつぜんの呼びかけに、我に返って、あわてて右手を差し出そうとしたが、僕の右手にも、Pと同じ機種のカメラがあった。
そういえば、今回は、共同作品。となると、当然、ビデオカメラは一台でいい。
「ちょっと、待ってくれ」
と言って、二つのカメラを見比べてみると、どちらも電源が入っていなかった。
ということは、どのカメラを選んでも、一緒。テープ残量も、バッテリーの電圧も、学校で渡された状態と変わらない。
だったら、Pのカメラを使うべき。彼の体温が宿っている。そのほうが未来のスターたちも喜ぶ。それに、オート機能を使わないPのことだ、僕のしらない間に、自分が撮影しやすいマニュアル設定にしているかもしれない。
そんな結論に達した僕は、自分が持っていたカメラを壁際の長椅子の上に置いて、大急ぎで元の位置に戻った。
「スタンバイ、オーケー」
と言う僕の声で、レッスン室のざわめきが消えたことに、僕自身が驚いた。
「録画時間の、三分以内だけは、守ろうな」
確認するように言ったPは、液晶パネルを開いたカメラを、僕に手渡した。
ちなみに、そのハンディカムは、液晶パネルの開閉が電源スイッチを兼ねていた。
と言っても、録画のスタート、ストップボタンは別にある。つまり、そのボタンを押さない限り、録画は始まらないわけだ。
受け取ったビデオカメラを、床に落とさないようにと、両手でそっと挟み込むように持った僕は、あることに気づいた。
斜め上に向けた3・5インチの画面一杯に、一人の女の子の、胸のふくらみが映っていたのだ。
当然のように、僕の胸の鼓動は速くなり、同時に、喉の乾きを覚えはじめた。
言わなくても、分かってもらえると思うが、その時点で、すでに録画が始まっているなんて、夢にも思っていなかった。




