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自分の記憶を信じて

 パソコンデスクの前に座るのは、ずいぶん久しぶりのような気がした。

 クーッ、

 僕は背もたれに体をあずけて、大きく背伸びをした。

 背骨がこきこきと鳴った。とても心地よい音だった。肩こりとは縁のない体質だが、ついでに肩と首も回してみた。こんどは何の音もしなかった。だが血の巡りがよくなったような感じがした。

「ちょっとここを借りるよ。トリエステ」

 ノートパソコンを両手で持ち上げたまま、少し待ったが返事はなかった。

 本当にどこか遠くに行ってしまったのか、単に音声を発しないだけなのかよく分からなかった。でも、どっちでもよかった。僕にはいくつかやらなければならないことがあったからだ。

 トリエステを左上のスペースに移した僕は、帰りがけに買ってきたコーラをコップに注いだ。

 僕はむかしから炭酸の弾ける音に耳を傾ける癖がある。しかし、いつでもというわけではない。気がついたら耳を近づけている場合が多い。

 でも、その日の僕は意識してプチプチ音に聞き入った。

 今の自分は、現実の世界でコーラを飲んでいる。という実感を得たかったからだ。

 僕が飲む炭酸飲料はコーラだけではない。ジンジャーエール、レモンスカッシュ、サイダー、オロナミンC、リアルゴールド、何でも飲む。

 しかし、やっぱりコーラが一番だと思う。

 特にその日は、そう思った。とんこつラーメンのあとだったからかもしれない。鼻から脳に抜ける炭酸の刺激が何とも言えなかった。

 油の浮いた洗い桶の中に洗剤を一滴垂らすと油膜がスッと消える。あの現象が自分の消化器官や頭の中で起きているような錯覚を覚えた。

 コーラを半分ほど飲んだところで、頭がすっきりしてきた。僕はパソコンデスクの引き出しからコピー用紙三枚とサインペンを取りだした。

 そして一枚ずつ気持ちを込めて項目を書き入れた。

『現状』

『夢とおぼしきもの』

『自分の勘違い』

 しかし、その三枚を横一列に並べたところで気が変わった。

 記録は必要ない。夢は所詮夢。検証のしようがない。自分の勘違いも、夢に準ずる。

 自分の記憶を信じるしかない。

 僕はコピー用紙を三枚重ねてビリビリに破いて、ゴミ箱に投げ入れた。

 今もそうだが、普段の僕はそんなことはしない。裏白のチラシと同じように、メモ用紙代わりに使う。

 だが、その時はあえてそうした。せっかく書いたものを破いて捨てることで、これから何をすればいいかが、はっきり見えてくるような気がしたからだ。

 僕はもう一度声に出して「自分の記憶を信じるしかない」と言った。


 現実と夢の仕分け作業の様子を事細かに書くと、例によって文章が長くなりそうな気がする。ということで、自分の部屋の検証は簡単に書くことにする。

 まずパソコンから調べた。

 検索履歴に残っていたのは、マリアナ海溝。バチスカーフ。それと森伊蔵酒造の公式ウエブサイトと、それにまつわるブログ。

 次が携帯電話。

 着信履歴。今日もらった人材派遣会社からの一件だけ。

 発信履歴。森伊蔵酒造と、リダイヤルした人材派遣会社の二件。

 室内。

 冷蔵庫の前にあった蜂蜜は間違いなく僕が買ったもの。冷蔵庫の後ろに割り箸が落ちているかもしれないと思ったが、爪楊枝一本落ちていなかった。

 湯船に浸かっているときトリエステの声を聞いたような記憶があったが、浴槽は空だった。しかし僕が風呂の栓を抜いた可能性もある。

 気になったことがあった。

 ソファの下に夢でみたものと同じコーススレッドが一本と、ナフコの建設資材のチラシが置いてあったことだ。

 他にも何か変わったところがないか調べようとしたが、急に眠気を感じた。

 壁時計の針は相変わらず、3時19分6秒を指したままだった。たぶん電池切れだろう。でも、交換は明日にしよう。

 パジャマに着替えた僕は、ノートパソコンに声をかけた。

「これ以上夢はみたくないんだ。できることなら僕がぐっすり眠れるように祈ってほしいんだけどね、僕のトリエステ」

 だが今回も返事はなかった。



友人から「第2章になってから検索しにくくなった」という指摘を受けました。そこで今日から『腹式七回シネマ館』の『腹式』をひらがなにして『ふくしき七回シネマ館』に変更いたします。誠に申し訳ありませんが、お許しください。

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