21、600÷20
と、そこまで思い出したところで、とつぜんヘンな関西弁が聞こえた。
「どないしたんねん、にいちゃん。そんな顔をして」
びっくりして顔を上げると、目の前にあったのは、おじさんとおばちゃんの顔。
頭の中の映像が瞬時に切り替わったせいなのか、目の焦点がぼやけ、頭がふらつく感じがした。
「どうしたの?」
心配そうな声で、おばちゃんが訊いた。
えーっと、
僕は、あたりを見回した。当然ながら、ミスダツもPもいなかった。
いま自分が居るのは、十年前のミスダツのマンションではない。ここは、開店準備中の地べた里庵。
それを確認した僕は、頭を下げた。
「すみません。話の途中で寝てしまいまして」
すると、二人は、わけが分からないというような表情を浮かべた。
「寝てしもたって、誰のことやねん?」
「もちろん、僕です」
と答えたところで、素朴な疑問が湧いた。
「どれくらい寝ていたんですか、僕は」
「意味がわからへん」
おじさんが困ったように首を傾げると、おばさんが続けた。
「寝てなんかいなかったわよ、ただ、ぽかんとしていただけだった」
それからおばちゃんは、同意を求めるような顔で、おじさんを見た。
「20秒くらいだったわよね」
「そやな」おじさんは、大きくうなずいた。「正確なところは分からへんけど、確かに、それぐらいのもんやったで、にいちゃんが固まっていたのは」
20秒という数字と、固まっていたという言葉で、ある閃きが走った。
「ちょっと、待ってくださいね」
僕は携帯を取りだした。
むかしからそうだが、僕は簡単な暗算もできない。携帯の待ち受け画面に、計算機のアイコンが置いてあるのは、こんなときのためだ。
ええと、1時間は60分。1分は60秒。ということは、1時間は、3600秒。
携帯のボタンを押しながら、頭の中で独り言を言った。
十年前のあの日、ミスダツのマンションが見つかったのは、夜の7時前。Pがトランプをばらまいたのは、もう少しで午前一時というところ。つまり、ミスダツの家に着いてから約6時間後のことだった。
だったら、3600秒に6をかければいい。
「何の計算をしてんねん」
僕の手元を覗き込むようにして、おじさんが訊いた。
まさか、記憶の中と、現実の時間の速さの違いを計算しているんですとは言えない。
「今月の食費の計算です」
適当にごまかしながら、画面に現れた数字を、20で割った。