昭和残侠伝、一匹狼
「なんだ、その自信のなさそうな声は」
僕たちの間のぬけた声を、鼻で笑ったミスダツは、からかうような口調で続けた。
「ひょっとすると、お前たちが知っているのは、主演が高倉健だということだけなんじゃないのか」
「バカにすんなよ」
Pはふて腐れたような声で言ったが、僕は何も言えなかった。
僕の知識は、出演者の中に、若い頃の梅宮辰夫と、松方弘樹がいたんじゃなかったっけ、というあやふやなものだった。
昭和残侠伝が、シリーズ化されていたことを知らなかったことで、場の主導権はミスダツに移った。
「ゲバ棒が、どんなものかも知らないんじゃないの?」
調子に乗ったミスダツが言うと、Pはむかついたような声で「何が言いたいんだ」と応じた。
するとミスダツは、肩をすくめて話を変えた。
「ま、そんなことより、どれが見たい?」
たぶんこの質問は、僕に対してのものではない。
僕は、Pに視線を向けた。
するとPが「お前は?」と訊いてきた。
「そうだな」
僕は少し考えてみた。
その時僕が思い出したシリーズものと言えば、スター・ウォーズ 、インディ・ジョーンズ、007,ダイ・ハード、猿の惑星、等々。
でもどの映画も、一作目が一番面白かった。だからこそ、二匹目のドジョウを狙って、続編が作られたのだ。
「そりゃ、決まっているだろう」
僕がそれだけ言うと、Pがその後を続けた。
「だよな。こんなとき、二作目を見てみたいなんていう奴とは、付き合いたくないよな」
「おやま」ミスダツは、満足そうな笑みを浮かべた。「時と場合によっては、素直なんだなお前たち」
でも、その日僕たちが見たのは、第三作目の『昭和残侠伝、一匹狼』だった。
なぜそうなったのかというと、僕たちがミスダツの流儀に、素直に従ったからだ。
「毎年、これで決めているんだ」
と言ってミスダツは、テーブルの引き出しを開けた。
出てきたのは、トランプ。
だが、なぜか、枚数があまりにも少なかった。その理由を訊く前に、ミスダツが言った。
「お前たちで、ジャンケンをしろ」
僕とPは、訳が分からないまま、ジャンケンポン。
もちろん、僕の負け。
「じゃあ、勝ったお前が、これを持て」
ミスダツは、重ねたトランプをPに手渡した。
「え?」
ぽかんとした顔で、手のひらのトランプを眺めるPに、ミスダツは言った。
「あっちに向かって、放り投げろ」ミスダツの視線の先には、スピーカー。「思いっきり心を込めて投げるんだ」
質問しても無駄だと思ったのか、Pは何も言わずに、上方向に向かってトランプを投げた。
そんなに力を入れたようには見えなかったのに、すべてのトランプは、正面の陳列棚に当たって床に落ちた。
「どれが一番遠くまで飛んだか調べてこい」
ミスダツは、僕にそう言いつけた。
スペードの3と、ダイヤの7が、ほぼ一直線に並んでいた。
何も言わずに、自分で決めてもよかったのだろうが、伺いを立てた。
「あいよ」年に似合わない素早さで立ち上がったミスダツは、僕のそばまでやってくると、僕の肩をポンと叩いた。
「競馬で言えば、写真判定というところだな」と言ったミスダツは、何か思い出したような声で「明日は、③⑦で決まりだな」と付けくわえた。