映画鑑賞の前に
ミスダツの一番大切な映画が昭和残侠伝だと聞いたとき、聞き間違えたのかと思ったが、そうではなかった。
「あらま、人は見かけによらないっていうけど、あんたは高倉健のファンだったの?」
またしても、Pは友達口調で言った。
「まあな」ミスダツは小さく笑った。「でも、それだけじゃない。色んな思い出が詰まっているんだ」
「ふーん」
Pが、何か考えるような目でミスダツを見ると、ミスダツが、それに反応した。
「何だよ、その目は」
Pは、しばらくミスダツの顔を見つめてから言った。
「オヤジの先輩に、あんたと同じ年代のやんちゃな奴が何人かいるんだ」
「それで?」
ミスダツは、興味深そうな声で訊いた。
「そのジジイたちが酔っ払うと、よくその映画の話をするんだ。どこそこの映画館でみたとか、何回見たとか、スクリーンに向かって、健さんと叫んだとかね。あんたもゲバ棒持って暴れていた口じゃないの?」
ミスダツは、意味深な笑みを浮かべて答えた。
「確かに俺はあの当時学生だった。でも生活費を稼ぐのが精一杯で、ゲバ棒なんて持ったことはない」
二人のやりとりは、僕には意味不明だった。
ゲバ棒の意味を訊こうとしたとき、ミスダツが話を変えた。
「そんなことより、映画が先だ。いま持ってくる」
「え?」Pが大げさに顔をしかめた。「これから見るの? 昭和残侠伝を」
「俺は毎年同じ日に見るようにしているんだ。それが嬉しいことに、今日なんだ」ミスダツは笑いながら付けくわえた。「運が悪かったと思って諦めるんだな」
「だったら、俺たちが帰った後で見ろよ」
口を尖らせるP。その言葉を聞き流すように、ミスダツは言った。
「毎年午前零時の時報とともに見ていたんだ。お前たちのおかげで一時間遅刻したじゃないか」そのあと、ミスダツは命令口調で「スピーカーを用意しとけ」と言った。
「スピーカー?」
互いに顔を見合わせる僕たちに、ミスダツは笑いながら言った。
「お前たちは、一つのことしか考えられないタイプみたいだな」
「おやまた、するどいご意見ありがとうございます」Pが冗談っぽい口調で言った。「私どものどこが、そのように見えるのでございましょうか」
「お前たちの視力はいくらだ」
僕とPは両眼とも1・2だった。
「だったら、あれが見えるだろう」
ミスダツはそれだけ言って、部屋を出て行った。




