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捜し物は何ですか?

「ああ、すっきりした」Pは、ニコニコしながら戻ってきた。「じゃあ、誰かさんを、がっかりさせてやりましょうかね」

「もう、分かったってこと?」

 と訊くと、Pはそれには答えず、笑顔のまま、ビデオが詰まった棚を見上げた。

「ざっと見て、三千本ってところだな」Pは片目をつぶってみせた。「でも、心配することなんかない。ここの家主のことだ。大事なものは、すぐ取り出せるようにしてあるはずだからさ」

 Pは、わざと大きな声で言いながら、ミスダツを見た。

「そうだよね」

 僕たちの様子をみていたミスダツが、ニヤリと笑った。

「能書きはいいから、はやく探せ。せっかくのコーヒーが、冷めてしまうぞ」

「ところが、俺は猫舌なんだ」減らず口を叩いたPは、入り口正面の棚に親指を向けた。「あの棚だろ」

「おやま」ミスダツは、さも驚いたように、大げさに目をむいた。「お前なら、どこの探偵事務所でも雇ってくれるよ。現代の明智小五郎君」

 クックックッ、Pはおかしそうに笑った。

「これだから団塊世代のオヤジは、いやなんだ。せめてシャーロック・ホームズと言ってくれよ」

 友達をからかうように言ったPは、真顔になって僕を見た。

「三分以内に見つけようぜ」それから僕の耳元でささやいた。「俺たちでも知っている映画に決まっている。まず、激突と、七人の侍を探せ。その二つが見つかれば、その近辺にあるはずだ」

 Pの狙いが、どこにあるかが分かった。

 確かにPの言うとおり。僕だって、いざというときのために、大事なものは、ひとまとめにして、目立つところに置いておく。

「たぶん、腰の高さから、目のあたりの棚にある。ふたつ並んでいるかもしれない」

 Pの推理力はするどい。

 理由を聞けば、何と言うことはないことばかりなのだが、僕はいつも感心していた。発想力に乏しい僕には、彼の二番煎じが精一杯。

「じゃあ、俺は入り口側を調べるよ」

 頭に浮かんできたこと言うと、Pは嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「なるほどな。入り口に近いところということもあり得るよな」

 ミスダツが講義中に話す映画の傾向は、決まっていた。

 だれでも知っている大ヒット作品。テレビで何度も放映された古い映画。

 邦画では、幸せの黄色いハンカチ、寅さん。蒲田行進曲、天国と地獄など。

 洋画は、E・T、タイタニック、荒野の七人、2001年宇宙の旅、猿の惑星、ローマの休日、太陽がいっぱい、地獄の黙示録といったところ。

 洋画が多いのは、ミスダツの好みというより、生徒の食いつきが良かったからだろう。

 中でも回数が多かったのが、スティーブン・スピルバーグが無名時代に撮った『激突』と、黒澤明の『七人の侍』

「あったか?」

 背後から、Pの声がした。

「いや、まだ」

 と答えてミスダツを見ると、余裕の表情でコーヒーをすすっていた。

「時間ならたっぷりあるからな。ゆっくり探せ」

 ミスダツ以外の人間に言われたとしたら、カチンとくるところだろうが、僕たちは笑って聞き流すことができた。

「あったぞ」十分ほどして、Pが小さな声で言った。「でも、あれじゃなさそうだな」

 彼が指差したのは、視力の弱い人間には、タイトルが判別できないようなところ。天井から二番目の棚の端っこにあった『激突』

「ざんねんでしたね、シャーロック・ホームズ君」ミスダツは座椅子を倒しながら言った。

「お前たちが探し出すまで、一眠りしましょうか」

「くそっ」

 Pが悔しそうに舌打ちする音が聞こえた。

 三十分ほどで、『七人の侍』と、講義に出てきた映画のほとんどが見つかった。

 僕たちはそのたびに、何も言わずにミスダツに視線を送った。

「ざんねんでした。またどうぞ」

 訊かれもしないのに、ミスダツはそう言って笑った。

 たぶんこの調子では、徹夜しても見つからない。

 そんな予感がした僕は、ミスダツに言った。

「何か、ヒントをください」

「ああいいよ」スルメの燻製を肴に、ワインを飲み始めていたミスダツが体を起こした。

「ヒントは、素直。お前たちに足りないものが、ヒントってわけだ」

 皮肉を含んだミスダツの声に、Pが口をとがらせた。

「おいおい、今は授業中じゃないんだ。そんな話は無しにしてくれないか」

 しかし、ミスダツは笑顔でつづけた。

「人生を楽しく過ごしたければ、素直が一番。その映画のビデオが、この部屋にあるなんて、俺は一言も言ってないぞ」

「きったねぇな」

 Pは本気で怒ったようだったが、確かにミスダツの言った通り。完全に、僕たちの早とちり。

「つまり、時間の無駄だったわけですね」

 僕がそう言うと、ミスダツは首を振った。

「いや、人生に無駄っていうものは何もない」そこで言葉を切ったミスダツは、照れたような表情を浮かべながらつづけた。「と、言ってもいいんじゃないかと思うんだ……」


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