心優しきスキンヘッド
突然の関西弁に笑ってしまったのは、アクセントが、めちゃくちゃだったからだ。
鹿児島には、カライモ標準語というのがある。
言葉自体はそんなにおかしくはない。だが、イントネーションとアクセントは、こてことの鹿児島訛り。まさしく、それの関西弁版だった。
外国人タレントのボビー・オロゴンや、コメンテーターとしても有名なデーブ・スペクターが使う日本語のような感じ。と言えば分かってもらえるだろうか。
東京での二年間。何度もその手の話し方をしている人とすれ違った。
そんな人間から、道を訊かれたこともあった。
「ここらあたりに、英会話教室があると聞いたんですが、知りませんか」
油のにおいのする作業着。丸坊主に近い髪型。その年高校を卒業したばかりというような男の子。しかし堂々とした態度。僕の目をはっきり見て訊ねた。
たぶん本人は完璧な標準語を喋っているつもりなのだろう。だが、それがよけいに可笑しかった。
でも、僕は通りすがり。しかも去年上京してきたばかり。英会話教室がどこにあるかなんて分かるはずがない。
しかし、そこは同郷のよしみ。彼の相談に乗った。
「最近、あちこちにビルが出来ちゃってさ」僕は自分でも寒気が来るくらいの、言葉を使った。「東京生まれの人間でも道に迷っちゃうくらいなんだ。でも大丈夫。おれが聞いてきてやる。ここで待ってな」
と言い残して、近くの呉服屋に飛び込んだ。老舗の店員は、結構地理に詳しいと思ったからだ。僕の勘は当たった。
「ああ、それなら、ほら、そこ」
年配の女性が指差したのは、目の前のビルの三階だった。
「自転車関係って、まさか、競輪選手じゃないでしょうね」
笑ったついでに冗談を言うと、またヘンな関西弁が返ってきた。
「そんなこと、あるわけおまへんやろ」
ひょっとすると、この、関西弁。
と思ったのと、店のドアが勢いよく開いたのは、ほとんど同時だった。
「はしご、借りてきたで」
やっぱり、そうだった。
顔を出したのは、スキンヘッド。TSUTAYAの向かいの自転車屋さん。僕が落としたレンタルDVDを拾って、わざわざ届けてくれた親切な人。
あわてて椅子から降りた僕は、姿勢を正して一礼した。
「先日は、ありがとうございました」
「どなたはん?」
おじさんは、眉間にしわを寄せて僕を見た。
僕は二、三歩前に進んで言った。
「先日、店の前で転んだところを助けて頂いた者です」
「店の前?」
おじさんは、少し考えるような顔をした。でも僕のことが思い出せないような感じだった。
「それから、DVDも拾って頂きました」
と笑顔で付けくわえると、おじさんは納得したような表情を浮かべた。
「ああ、思い出した思い出した。そやそや、あのときのお方や、昭和残侠伝」
そのお礼と言う訳ではないが、僕は看板の取り付け作業を手伝った。
と言っても、おじさんが登ったのは、はしごの三段目まで。僕がしたことといえば、はしごが倒れないように、両手で支えていただけ。
「あんたが、おらへんかったら、どなんなっとったか、わからへんで」
おじさんが大げさな感謝の言葉を口にすると、おばちゃんも、それに乗っかった。
「ほんまやな。おおきに。ありがとさん」
結局その日、僕は晩飯までご馳走になった。
「これも、何かの縁でっしゃろさかい」
おじさんの一言で、そうなったのだ。




