持ちつ持たれつ
その言葉に気をよくしたのか、おばちゃんは、カウンターの後ろから大皿を二枚取りだした。
「嫌いな食べものがあったら教えて」
こういうとき、何でも食べられると、返事が短くてすむ。
「アルコール以外なら、何でもいけます」
「あらら」
おばちゃんは、珍しい生き物でも見るような目で僕を見た。そしてそのあと、何度も聞いたことのある質問をしてきた。
「ビールも、焼酎もダメっていうこと?」
東京にいた頃は、鹿児島出身なのに? という言葉が付いていた。
こんなとき、僕はいつも同じセリフを返すようにしていた。
「どこにでも例外はあるみたいですね」そこで笑顔を浮かべた。「奈良漬け二枚で二日酔いします」
これは、おばちゃんにも大受けだった。
「そうよね。あなたみたいな人もいないと、世の中、酔っ払いだらけになるものね」
と言って、ひとしきり笑ったおばちゃんが、何かを思い出したように真顔になった。
「あぶなく忘れるところだった。ありがとう」
お礼の意味が分からなかったが、僕はとりあえず「いいえ、どうしまして」と言った。
「ちょっと、ごめんなさい」
おばさんが取りだしたのは、スマホ。
「あぶない、あぶない」
小さくつぶやきながらスマホを耳に当てたおばちゃんは、すぐに小さな舌打ちをして、再び画面をタッチした。
相手が話し中だということは分かったが、まさか、森伊蔵に電話しているなんて思ってもいなかった。
同じ動作を五分ぐらい続けていたおばちゃんの目が、急に輝いた。
「あっ、繋がった」
と、びっくりしたような声をだしたおばちゃんは、子供が喜ぶときのように、バンザイの恰好をして「やった、やった」と言った。
他人を気にせずに、喜びを態度に表せるものって、何だろう。
考えようとする僕に、おばさんはあわてたような声で「どこかにメモ用紙があるはずなんだけど」と言った。
メモ用紙は見つからなかったが、事なきを得た。
機転を利かした僕が、おばちゃんが口にした番号を、近くにあった段ボールに爪楊枝で刻みつけからだ。
「ありがとう。助かった。あなたが飲めるんだったら、今からでも乾杯したい気分」
心のこもった感謝の言葉から推測すれば、結構価値のあるものを手にしたらしい。
「宝くじに当たったんですか?」
冗談半分で言ってみた。
ハハハハ、声に出して笑ったおばちゃんは「それだったら、言わないと思う」と言って、カウンターの下にしゃがみ込んだ。
「これ」
にこっと笑ったおばちゃんの手にあったのは、ネットで見た森伊蔵の一升瓶。
今度は、僕が礼を言う番だった。
「あぶなく忘れるところでした。ありがとうございます」