キーワードは昭和残侠伝
携帯電話の音で目が覚めた。
普段僕は、液晶画面で相手の電話番号を確認してから電話に出る。
でも、その日はそのまま通話ボタンを押した。
まだ目が覚めきっていなかった。着信音で電話帳に登録してある相手からの電話だと分かった。その二つの理由からだ。
「失礼ですが、○○様でしょうか?」
どこかで聞いたような声だった。しかし、人材派遣会社の女の子ではなかった。
「あ、はい」
僕は、携帯を耳に押し当てたまま体を起こした。
「こんな朝早くから申し訳ありません。私は」
意外なことに、TSUTAYAからだった。
本当ならこの時点で『昭和残侠伝』のDVDに関する電話だということに気づかなければならないところだ。だが、以前も言った通り、その件は僕の記憶からこぼれ落ちていた。
「TSUTAYAさん?」
わけが分からないまま時刻を確認すると、午前7時を少し回ったところだった。常識的に言えば、たしかに申し訳ない時間帯だ。
「どうしたんですか、こんな時間に」
自分では不機嫌な声を出したつもりはなかった。でも、起きたばかりの声は、そんなふうに聞こえたのかもしれない。
少し間があって、申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「すぐ連絡を差し上げるようにと言われていたんですが、つい忘れてしまって……」
口調からすると、僕に何か落ち度があっての電話ではなさそうだ。でも、どうしてこんな朝早く、TSUTAYAから電話が来るんだ。
「だれかと間違えているんじゃないですか。今は何も借りていません。調べてもらえば分かるはずです」
「おっしゃるとおりです。現時点ではゼロになっております」そこで言葉を切った彼女は、納得がいかないというような口調でつづけた。「と言うことは、他のスタッフから連絡があったということでしょうか?」
「いいえ、先日別の件で携帯履歴を調べたんですが、お宅からの電話は一件もありませんでした」と言ってから、僕は「結局、今朝の用件は何なんですか?」と言った。
「あ、失礼しました」彼女はあわてたような声で言った。「貸し出したその日のうちに、昭和残侠伝が、戻ってきたことをお知らせするためです」
昭和残侠伝。
その言葉を耳にしたとたん、頭の中で、パチンという小さな音がした。
目の前で火の玉が弾け、七色の火花が散った。