早めの就寝
赤い鳥の話は、最初から信じていなかった。
しかし、もうすぐ僕の身に何かが起きる。そんな確信を持った。
あの日の記憶が途絶えたのは、甘い声を聞いた直後に間違いなかった。視界の中が揺れたような感じを受けたあのあたりからだ。そのせいで、お婆さんの家を出てから帰り着くまでの記憶が残っていないのだ。
冷静になって考えてみれば、それは思い込みに過ぎないのだが、そのときの僕はそう思った。
たぶん、今も同じような状況になっている。どこからか、声が聞こえているはず。
僕はゆっくり立ち上がって両手を耳に当てた。そして四方に耳をすませた。
その声がどこから聞こえてくるかで、声の主の正体を絞り込むことができる。
自分の頭の中から聞こえてくれば、僕の妄想が作り出した声。
だが、それ以外の場所からだった場合、やはり病院で脳を含めたあらゆるところを診てもらったほうがよさそうだ。
しかし、いくら神経を集中しても、声らしきものを捉えることはできなかった。
ひょっとすると、発熱の予兆?
体温を計ってみた。36度5分。こちらも異常なし。
念のために、頭を左右に振ってみた。どうもなかった。揺れのようなものも感じなかった。
やっぱり、気のせいだったらしい。
安心したような、がっかりしたような妙な気分。
食事を再開して、最後の肉団子を口に入れたところで、ふと思った。
あの場面も、脳が勝手につくりだした妄想だったのかもしれない。
僕の記憶の中では、あの日お婆さんの横に集荷係の女性が立っていた。しかし、パソピアという会社がこの世に存在していない以上、あそこに集荷係がいるはずがない。
だとすると、甘え声も聞こえなかった。視界も揺れなかった。と考えるほうが自然な感じがする。
食事がおわり、後片付けをすませ、熱い緑茶を飲み終えても、変わったことは何も起こらなかった。あやしげな音もしなかった。
来ないものを待っていてもしょうがない。少し早いが、今日はもう寝よう。
シャワーを浴び、着替えをすませて、ベッドに入った僕は、思わず笑ってしまった。
僕の周りは、ウイダーインゼリー。カロリーメイト。栄養ドリンク。スポーツ飲料。それに、着替えとタオルで埋め尽くされていた。
備えあれば憂いなし。でも、ちょっと大げさすぎ。
もう一度熱を計ってみたが、相変わらずの平熱。
お婆さんが言ったように、赤い鳥の霊が取り憑いていたとしても、微熱ですむタイプなのかもしれない。昨日は夢をみなかったけど、今夜はどうなんだろう。
僕はそんなことを考えながら、枕元の明かりを消した。