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僕に取り憑いたもの

 お婆さんによると、僕には霊が取り憑いているらしい。

「その鳥は、昔からこの辺りに棲んでいるんだ。赤い鳥と、青い鳥。赤いほうが取り憑くと、誰もがおしゃべりになるんだ。と言っても、人間に対してじゃない。道端の石ころ。草花。動物。洗濯機。月。星。太陽。とにかく、人間以外のものに喋りかけるようになる。青い鳥の場合は、その逆。何も喋らなくなる。何に対しても、反応を示さなくなる。というような話を、何度も聞かされたもんだよ」

 話しぶりからすると、お婆さんは、僕のような体験も、そんな鳥を見たこともないらしい。

 科学が進歩した昨今、そんなおとぎ話のようなことが起きるとは思わなかった。だが、僕のおしゃべり相手は、古いノートパソコンだった。熱心に耳をかたむけないわけにはいかない。

「あんたの場合、赤い鳥に間違いないと思うよ。時々、わけの分からないことをわめいていたからね」

 お婆さんは湯飲みを手に取り、半分ほど残っていた緑茶を美味そうに啜りながらつづけた。

「参考のために教えてほしいんだけど。心当たりのようなものはないのかい?」

 トリエステの話を持ち出すタイミングをはかっていた僕は、ひとつ咳払いをしてから「たとえば、どんなことですか?」と訊いた。

「鮮やかな羽の鳥を見たとか、聞いたこともないような鳴き声を聞いたとか、そんなことだよ」

 僕はしばらく考えてから答えた。

「たぶん、あの日聞こえた『ロック、オン』という言葉が、それだと思うんです。天井から聞こえてきましたから、間違いないと思います」

「違うと思うよ」お婆さんは自信ありげな声で言った。「うちの姪っ子に会う前からそうだったんじゃなかったのかい」

「あ、そうか」僕は頭を掻いた。「さっき、あの子が言っていました。歴史の話なんか一言もしなかったって」


 それから三時間くらい、お婆さんと話をした。

 僕はその一部始終をICレコーダーに吹き込んだ。もちろん、承諾は得た。

 その中身を簡単に紹介すると、こうなる。

 コンビニの女の子が、お婆さんを紹介したのは、僕が「この辺りにパソコンショップがあるはずですが」と言ったから。

 お婆さんの家はショップではないが、古いパソコンが十数台あった。

 家電量販店に勤めていた末娘が、店の売り上げに協力するため自費で購入したものを、次々に実家に送っていたのだ。

 だがある日、娘から電話がきた。

「思い出すのも嫌、全部捨てて」

 しかしお婆さんは、それを聞き流した。購入時の価格を聞いたことがあったからだ。 

 計算機のボタンを押してみると、娘が支払った総額は、小さな家が一軒建つほどの金額。

 昔人間のお婆さんには、価値が下がったのは理解できても、勿体なくて捨てきれなかった。

 大事に保管してくれる人が、どこかにいないだろうか。と思っていたとき、僕が現れた。

「どれでも持っていきな。なんなら全部でもいいんだよ」

 ショーケースを覗きこんだ僕は、一番小さなノートパソコンを指差して言ったらしい。

「むかし、これとそっくりなプロトタイプのパソコンを見たことがあります」

 この部分は、僕の記憶と似通ったところがあった。だが、それ以外のことは、すべて食い違っていた。

 集荷係の女性はいなかった。

 コンビニから映像は送られてくるが、お婆さんの家に監視カメラはない。つまり『声だけオンナ』に翻弄される僕の様子を捉えた映像は存在しなかった。

それと、この辺りに『だらだら坂の消え女』という民話はない。あの日、そんな話自体が出なかった。

 と、そのようなことが、お婆さんの話で分かったわけだが、確認しなくても分かったことがあった。

 そう、あのことだ。

 僕に一目惚れする女の子なんているはずがない。


 帰る前に、お婆さんが真面目な顔で言った。

「でも、大丈夫だよ」

 今度こそ気休めだと思った。

「頭から塩をかければ、いいんですよね」

 と僕は笑いながら言った。

「それもいいかもしれないね」笑顔を浮かべてそう言ったお婆さんは、すぐに真顔になった。「その症状が一ヶ月続いた人は、誰もいないらしいからね」

「治療法が伝わっているってことですか?」

 思わず身を乗り出して訊くと、お婆さんは、僕をじっと見つめたままで答えた。

「自己治癒力」


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